老後に備えてNISAでの積み立てを優先し、今の生活を切り詰める「NISA貧乏」という言葉まで生まれている。一方で、「DIE WITH ZERO(資産ゼロで死ぬ)」という考え方も注目されている。
では、老後にいくら残し、いくらなら今使っていいのか。消費経済ジャーナリストの松崎のり子さんは「大事なのは、老後に必要なお金を事前に把握しておくことだ。そうすれば、今を犠牲にするNISA貧乏も、将来必要な分まで使ってしまうことも避けられる」という――。
■日本の金融資産の6割を60歳以上が保有
「DIE WITH ZERO」、資産ゼロで死ぬ人生を目指そう――そんな考え方がブームだ。「老後に2000万円も4000万円も必要になるから、使わずせっせと貯めるべき」との、日本中に急速にはびこった主張とは真逆な動きだ。
誰だって「せっせと働いて老後に備えよう」とビシビシ尻を鞭打たれるより、「老後? そんな先のことより、自分の稼いだ銭は好きに使えばいいじゃない」と甘く囁かれた方が気分が上がるに決まっている。
日本人の多くは貯蓄は好きだが、使うのは不得意らしい。よく言われるのが、日本の金融資産の偏りだ。その6割を60歳以上の高齢者が保有しているとされ、70歳以上でも平均で2400万円以上だという(「家計調査報告・2025年/総務省」より)。
老後への不安は、若い世代にも広がっている。「老後のために今は節約して投資に回す」という考え方が強まり、「NISA貧乏」なる言葉まで生まれた。高齢者は貯めたお金を使えず、若者は将来のために今の消費を抑え、投資に夢中になっている。
一億総「老後が心配でお金が使えません」民と化しているのが、日本の現状かもしれない。
■お金を残して死ぬのは、後悔を残すこと
そもそもお金はモノやサービスとの交換ツールで、持っているだけでは意味をなさない。お金はいわば「あなたが望むこと」を叶える手段であり、もし人生の終わりに多額のお金が残っていたなら「やりたかったことができなかった」という後悔がたっぷり残っているのと同じなのだ。
「頑張って働いてきてお金も貯めた、でもそれだけで終わった」と嘆くより、「やりたかったことの9割は叶えた。いい人生だった」とほほ笑んで人生の幕を下ろす方が、ずっと幸福だろう。そのためにも、「お金は使ってこそ」となる。
「好きに使っていいお金の余裕なんてないぞ!」という方も少なからずいらっしゃるだろう。でも、「人生楽しかった」と幕を閉じるために、これからのお金の使い方を考えてみるのは大事だ。
いつまで貯め、いつから使うべきか。その答えは、住宅ローンが何歳まで残っているか、子どもの教育費がかかるのはいつまでか、という家族の事情によって異なる。まずは「いつまで大きな支出が続くか」を可視化すればいい。それだけでも、今後のお金の見通しは立てやすくなる。

■70歳まで「使う」のを待ってはいけない
高年齢者雇用安定法の改正により、希望すれば70歳まで働き続けることも可能な環境にある。周囲を見ても、70歳はともかく65歳までは働き続ける人は珍しくない。この年代までは、まだお金を使う時期ではないと考える人が多いようだ。
だが、70歳まで使うのを待つというのはリスクがある。夏休みシーズンということで、筆者も早々に沖縄方面に出かけたのだが、マリンスポーツの体験には明快な年齢制限があった。事業者にもよるが、シュノーケルのツアーに参加できるのは64歳までだったり、60歳以上のダイビングには医師の同意書が必要だという話も聞いた。
サービスを提供する側にとって、60代はすでに事故リスクを避けるために扱いたくない年齢なのだろう。「時間が出来たら挑戦したい」と長年楽しみにしてきた夢が、いくら健康状態に不安がなくとも年齢制限で叶わないこともある。「自分のためにお金を使いたい」なら、その現実を知っておこう。
さらに、この年代では親の介護が始まっているケースも多い。それによっては長期間の休みを取って――ということが難しくなる。「会社を辞めたら」「時間が出来たら」を引き延ばしているうちに、使うチャンスを逃してしまう。

そうならないために、60代を迎える前に「やりたいこと」をリスト化して、それにいくら必要かも計算してみよう。具体的な目標を立てると、使えるお金も明快になるし、何より使うことが楽しみになってくるだろう。
■年金で足りない生活費はいくらか
使う機会を逃さないことは大切だが、老後の生活費まで使ってしまうわけにはいかない。最初に確保すべきなのは、定年後の暮らしを支えるお金だ。
生活費の基本となるのはやはり公的年金なので、まず年金がいくら受け取れるかを調べ、企業年金や私的年金があれば受取額も確認したい。
次に、今の生活費を基準として、年金では足りない分(年間)×自分の余命をざっと算出する。そうすれば生活費として残しておくべき金額の目安が出る。「自分の余命なんてわかるか」と怒らず、100まで生きると思うならそれで計算してもいいし、厚生労働省が出している簡易生命表の平均余命を参考にしてもいい。
令和7(2025)年簡易生命表によれば、現在55歳の男性の平均余命はあと28.26年、女性は33.7年となっている。60歳の男性は23.86年、女性は29.07年だ。また、最も亡くなる人が多かった年齢は男性が約88歳、女性が約92歳。100歳まではなかなか生きられないようだ。

年齢を重ねるにつれて生活費は現役時代より2~3割減るとされる一方、そのぶん医療費が増えたり、今後インフレも加速する可能性もある。まずは現状の生活費を基準に算出するのがわかりやすい。
こうして算出した金額が、いわゆる「老後に2000万円必要」と騒がれたものに相当するが、実際に計算すればそれが一律の数字でないことはお分かりだろう。
■家電は老後に2回買い替える
「なるほど、では生活費以外の残ったお金は使い切っていいのか」と思いたいが、残念ながらそうではない。想定しておくべき大きな支出が、まだ3つあるからだ。
一つ目は「買い替え用のお金」だ。大型家電を買い替えた家庭における平均使用年数を見ると、エアコン13.4年、冷蔵庫13.1年、テレビ10.8年、洗濯機10.1年、掃除機7.4年であり、買い替え理由は「故障」が多い(消費動向調査・令和8年3月/内閣府より)。
つまり、老後生活に入っても、10年もたつと家電は故障がちになり、当然買い替えを余儀なくされるわけだ。先ほどの平均余命を見ても、60歳以降で平均2回は買い替えタイミングがやってくる。しかも家電価格は高額化が進んでおり、数十万単位の買い替え費用を想定しておかなくてはならないだろう。
生活家電だけではない。今や生活に欠かせないインフラとなったスマホやPCだ。
同じ調査によると携帯電話が4.6年、PCが7.7年で買い替えられている。スマホ端末は分割で購入する人が多いとはいえ、ご存じのように価格は右肩上がりだ。
情報収集にしろ手続きにしろ、すべてがスマホ経由で行われる世の中に向かう現在、これは一生払い続けなくてはいけないコストといえる。ちなみに乗用車は9.4年で買い替えとのこと。こちらも忘れてはいけない。
■老後の持ち家にはリフォーム費も必要
二つ目は「リフォーム・修繕用のお金」だ。マンションであれ一戸建てであれ、持ち家なら老後のためのリフォームが必要になってくる。老後は在宅時間が増えるので、冷暖房効率を上げるための断熱・省エネ改修や、段差をなくすバリアフリー化、玄関や階段への手すり設置などが欠かせなくなる。
自治体や介護保険からの補助が使えるとはいえ、数十万~100万円ほどの工事費用が発生するだろう。なお自然災害が頻発する昨今では、古い一戸建てなら耐震改修等も考えておきたい。
■有料老人ホームは入居時650万円
最後は、「介護に使うお金」となる。これは自宅介護か、介護施設に入所する場合かで異なるが、子どもと近居・同居でない限り最終的には介護施設に任せるケースが多いのではないだろうか。

全国の介護施設のデータを掲載しているLIFULL介護「全国の老人ホーム・介護施設の費用相場」によると、有料老人ホームの入居時費用の相場は650万円、月額費用の相場は26.6万円(入居時費用あり)となっている(※)。しかし、価格帯の分布で見ると、入居時費用で最も多いのは1000万円以上だ。

※LIFULL介護に2026年7月31日時点で掲載された全国の介護付き・住宅型有料老人ホームの個室料金プランから算出した中央値。入居時費用は0円プランを除き、月額26.6万円は入居時費用ありのプランが対象。
月額費用は文字通り毎月払うお金だが、これには年金を充てることになる。年金額を月17万円(老齢厚生年金受給者・男子平均の数字より)と想定すると月10万円が不足する。できれば先に調べた自分の年金額で計算してほしいが、もし10万円不足なら5年の入居で600万円を資産から補填することになる。
介護費用は利用する施設の種類や地域でも異なるので、もっと安く済むケースはある。とはいえ、それ相応のまとまった金額がかかるのが現実だ。なお、この金額は原則として施設利用者一人ずつにかかる。夫婦なら×2になる点も注意しよう。
■老後に残す額を決めれば、安心して今を楽しめる
「これでは自由に使えるお金などないじゃないか!」と再びお叱りを受けそうだ。資産を楽しく使い切って死ぬ、なんてファンタジーかもしれない。ただ、本当にそうなのかは、あなたの資産を正確に棚卸しすることが欠かせない。
60代が近づいてきたら、年金だけでなく、退職金の金額や積み上げてきた資産、生命保険で受け取れる金額を一覧にすることが肝心だ。
資産の棚卸しが出来たら、そこから老後のために残すべきお金を引いて、いくら使えるかを計算する。生活費がかなりかかっていると感じたら、サブスクや年会費等の支払いなど固定費を見直し、年金額から大きくはみ出さないように、できるだけサイズダウンをすることも必要だろう。
もし不動産などの資産がある場合は、子どもに残すより自分の老後のためにお金に換えることも選択肢になる。
現在NISAにせっせと給料をつぎ込んでいる若者たちも、夢のない老後を過ごすのは嫌だろう。彼らにはまだ時間がある。数十年先に使うお金ではなく、今の人生を楽しむために少しはお金を使ってほしい。
先にも書いたように、老いてはできないことばかり増えるのだ。日本の年金制度はとかく批判されることが多いが、それでも生きている限りずっと受け取れるありがたいお金だ。もらえる年金はゼロにはならない。それだけは信頼して、今を楽しんでほしい。

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松崎 のり子(まつざき・のりこ)

消費経済ジャーナリスト

『レタスクラブ』『ESSE』など生活情報誌の編集者として20年以上、節約・マネー記事を担当。「貯め上手な人」「貯められない人」の家計とライフスタイルを取材・分析してきた経験から、「消費者にとって有意義で幸せなお金の使い方」をテーマに、各メディアで情報発信を行っている。著書に『定年後でもちゃっかり増えるお金術』『「3足1000円」の靴下を買う人は一生お金が貯まらない 』(以上、講談社)ほか。

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(消費経済ジャーナリスト 松崎 のり子)

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