※本稿は、橋本之克『チームは「仕組み化」でうまくいく 組織力を高める行動心理学』(祥伝社)の一部を再編集したものです。
■“指示待ち部下”を動かすには
事例:「言われたことしかやらない」メンバーが多いチーム。どうすればもっと自走できるチームに変えられるか?
広告代理店のクリエイティブディレクター・浦野は、ここ最近の自分のチームに歯がゆさを感じている。
優秀なメンバーは揃っているはずなのに、誰もが「指示待ち」の姿勢になりつつある。新しい企画コンペが始まっても、誰かが「まずブリーフを読み込みましょう」と動き出すまで、皆が様子見。途中で止まったタスクは、声をかけない限り再開されない。
浦野自身は、メンバーに「もっと自走してほしい」と何度も口にしてきた。だが、檄を飛ばしても効果は一時的で、しばらくするとまた同じ状態に戻る。
「自走」はかけ声だけでは生まれない、ということは分かっているのだが、では具体的に何を仕掛ければチームは動き出すのだろうか?
冒頭のチームを「動かない」状態にしているものは、いったい何なのでしょうか。新企画が始まっても、誰かが動き出すまで皆が様子見。
「やり始めたものが途中で止まっている」のではなく、そもそも「最初の一歩を踏み出せていない」ところにあると仮定してここでは考えていきましょう。
■読み始めた電子書籍が気になる理由
人間は「終わった仕事」よりも、「途中で止まっている仕事」のほうが気になって仕方ない。そんな心理を説明するのが、ロシア出身の心理学者ブルーマ・ツァイガルニクが提唱した「ツァイガルニク効果」です。
ツァイガルニク効果とは、達成済みの事柄よりも、未完了だったり中断されたりした事柄のほうが、記憶に残りやすく、意識にのぼり続ける現象を指します。きっかけとなったのは、ウィーンのカフェで給仕係が「まだ会計していない注文」は正確に覚えている一方、支払い済みの注文はすぐ忘れてしまう様子を観察したことだとされています。
身近な例を考えてみてください。「3巻まで無料!」と電子書籍のキャンペーンを読み始めたら、続きが気になって4巻以降を購入してしまった、という経験はありませんか? 動画配信サービスで無料公開中だったドラマシリーズの第1話の続きが気になって、有料会員に切り替えてしまうのも同じこと。
「続きが気になる」という未完了状態が頭に残り続けるため、つい購入してしまうのもツァイガルニク効果を巧みに利用したマーケティング手法です。「途中で止まっている」という状態は、人を行動に駆り立てる強力なエンジンになるのです。
■「中断したものが気になる心理」を活用
さて、このツァイガルニク効果の応用版として、とくにビジネスの現場で力を発揮するのが、心理学者マリア・オヴシアンキーナーが提唱した「オヴシアンキーナー効果」です。
ツァイガルニク効果との区別が少々紛らわしいですが、ツァイガルニク効果が記憶に残るという「認知」の現象だとすれば、オヴシアンキーナー効果は実際の行動を促すという点でより実践的な「行動」効果を指します。
オヴシアンキーナーは興味深い実験を行ないました。被験者に粘土の人形作り、知恵の輪、パズルなど10種類の簡単な作業を指示し、合計280個の作業のうち、約半数の141個を途中で意図的に中断させました。
すると興味深いことが起きました。実験がいったん終わり、誰からも「続けていい」と言われていないにもかかわらず、多くの人が自分から中断された作業に戻って再開し始めたのです。しかも、その多くは中断からわずか20秒以内でした。
つまり人は、「途中までやったのに終わっていない」という状態を、そのまま放置するのが苦手なのです。中断された作業ほど頭に残り、「最後まで終わらせたい」という気持ちが自然に生まれる。この心理を示したのが、オヴシアンキーナー効果です。
■すぐに取り入れられる「2分ルール」
オヴシアンキーナー効果が示しているのは、「いったん始めてしまえば、人は続きをやりたくなる」ということ。逆に言えば、自走を阻んでいる最大の壁は「最初の一歩を踏み出すこと」だと言えます。
クリアーは、「新しい習慣を始めるときには、それは2分以内でできるものであるべき」「重要なのは、習慣をできるだけ始めやすくすること」と説きました。人は「続けること」ではなく「始めること」でつまずくことが多い。だからこそ、最初の行動を極端に小さくして、心理的なハードルを下げる。一度始めれば、オヴシアンキーナー効果が働いて、そのまま続いていくことが多い、という発想です。
2ミニッツ・スターターのポイントは3つあります。
第1に、「継続」ではなく「着手」にフォーカスすること。
第2に、完璧を目指さないと最初から決め、面倒という心理的バリアを外すこと。
第3に、いったん始めてしまえば、オヴシアンキーナー効果によって「完了するまでやめられない状態(一種の行動の慣性)」が生まれることを期待すること。
■変えたいのは「意識」ではなく「仕掛け」
冒頭の「なかなか動き出さないチーム」に当てはめてみましょう。メンバーが指示待ちになっているのは、能力の問題ではなく、「最初の一歩を踏み出すための心理的コスト」が高いからかもしれません。
「ブリーフを読み込んで企画を立てる」と言われると重く感じるが、「2分間だけアイデアを書き出す」と言われればもっと肩の力を抜いて始められるはずです。
自走するチームをつくるうえで、リーダーがまず手放すべきなのは「メンバーの意識を変えれば自走するはずだ」という幻想です。意識を変えるのは難しいですし、変わっても長続きしません。
それよりも、意識が変わらなくても自然に動き出してしまう「仕掛け」を組織に組み込むほうが、はるかに現実的で効果的です。ツァイガルニク効果やオヴシアンキーナー効果は、人間の心理に普遍的に備わっているエンジンですから、これを利用しない手はありません。
■まずは「2分でできる業務」を切りだす
最初に取り組みたいのが、業務の最小着手単位を「2分でできる」レベルまで小さくする工夫です。
「企画書を書く」ではなく「企画のキーワードを3つ書き出す」
「議事録をまとめる」ではなく「議題のタイトルだけ箇条書きにする」
こうした小さな最初の一歩の有効性をメンバー全員が知り、必要に応じて活用できること。それだけで、業務が動き出すスピードが大きく変わります。重要なのは「完璧を目指さない」ことを最初から認めて、メンバーの心理的ハードルを下げることです。
次に有効なのが、「中断点を意識的に残す」働き方の習慣化です。多くの人は「キリの良いところまで終わらせて休もう」と考えがちですが、行動経済学的にはむしろ逆。あえて中断点で区切ることで、再開時の着手コストが大幅に下がります。
そして、これらをチームで活用する方法のひとつが「始めるタイミングと内容を合わせた共同のアクション」を取り入れることです。
「毎朝9時30分に全員で5分間アイデア出し」「会議の冒頭2分間でその日の課題を書き出す」など、タイミングと内容を明示したアクション。それによって、チーム全体に自走の慣性が生まれていきます。
オヴシアンキーナー効果は個人だけでなくチームでも働きますし、加えて同調効果も影響して「みんながやるから自分もやる」という流れが生まれやすくなります。
■「始めやすくする」「中断する」工夫を
【POINT1】業務の最小着手単位を「2分でできる」レベルまで小さくする
「企画書を書く」ではなく「キーワードを3つ書き出す」。「資料を作る」ではなく「タイトルだけ決める」。最初の一歩を極端に小さくし、完璧を目指さないと宣言する。これだけで心理的バリアが消え、メンバーは動き出せるようになる。一度始まれば、オヴシアンキーナー効果が続きを促してくれる。
【POINT2】「中断点を残して終わる」働き方を習慣化する
キリの良いところで終わらせるのではなく、あえて作業の途中で区切る。途中まで進んだ状態を残しておくことで、再開時のハードルが大幅に下がる。
【POINT3】チーム全体で「始める時間」「始める内容」を揃えたアクション
個人で行なうよりも、チームで一斉に行なうほうがオヴシアンキーナー効果は強く働く。同調効果も加わり、離脱しにくくなる。「毎朝9時半に全員で5分のアイデア出し」「会議冒頭の2分でその日の課題を書く」など、タイミングと内容をセットで決めたアクションが、チームの自走を仕組みとして支える。
■リーダーは「仕掛けの設計」に注力しよう
「もっと主体的に動いてほしい」「自走するチームになってほしい」——多くのリーダーが望むこれらは、メンバーの意識への期待として語られがちです。しかし、ツァイガルニク効果やオヴシアンキーナー効果が示しているのは、人間の行動は意識よりも「心理の仕組み」によってずっと強く方向づけられているという事実。
だとすれば、自走するチームをつくるためにリーダーがやるべきは、メンバーの意識を変えることではなく、自然と動き出してしまう仕掛けを設計することなのです。
最初の一歩を「2分以内」にまで小さくする。中断点を意識的に残す。チームで始めるタイミングと内容を揃える。こうした小さな仕組みの積み重ねが、いつの間にかメンバーを「動き出すのが当たり前」の状態に変えていきます。檄を飛ばしたり、精神論で迫ったりする必要はありません。
自走とは、メンバーの根性ではなく、リーダーの設計力から生まれるものなのです。「うちのメンバーは指示待ちだ」と嘆く前に、自分が用意している「最初の一歩」が大きすぎないか、まずそこを点検してみる価値はあるはずです。
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橋本 之克(はしもと・ゆきかつ)
マーケティング&ブランディングディレクター
昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。東京工業大学工学部社会工学科卒業後、大手広告代理店を経て1995年、日本総合研究所入社。1998年、アサツーディ・ケイ入社後、戦略プランナーとして金融・不動産・環境エネルギー業界等多様な業界で顧客獲得業務を実施。2019年、独立。現在は行動経済学を活用したマーケティングやブランディング戦略のコンサルタント、企業研修や講演の講師、著述家として活動中。著書に『9割の人間は行動経済学のカモである 非合理な心をつかみ、合理的に顧客を動かす』『9割の損は行動経済学でサケられる 非合理な行動を避け、幸福な人間に変わる』(ともに経済界)、『世界最前線の研究でわかる! スゴい! 行動経済学』(総合法令出版)、『モノは感情に売れ!』(PHP研究所)などがある。
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(マーケティング&ブランディングディレクター 橋本 之克)

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