約70年ぶりに、売春防止法が大きく見直されようとしている。セクシュアリティやジェンダーに詳しいライターの三浦ゆえさんは「改正の内容によっては、性風俗業界を大きく揺るがす可能性もある」という――。

■70年ぶりに「売春防止法」改正か
性風俗はとかく、イメージで語られがちだ。街には風俗店があり、ドラマや漫画にも登場する一方、「風俗店摘発」「スカウト業者逮捕」といったニュースも流れる。風俗に関する法律があることは知っているものの、「アウトなのかセーフなのか、よくわからない」というのが大方の見方だろう。
今、法務省では、約70年ぶりに「売春防止法」の見直しを進めている。「売買春に係る規制の在り方検討会」を経て、今秋の臨時国会で改正法案が提出される見通しだ。これまで処罰対象ではなかった“買う側”に罰則を設けるか否かが、焦点のひとつになっている。
1956年に制定された売春防止法は、金銭等の対価を伴う不特定の相手との性交を「売春」と定義し、禁止する法律である。制定当時は、社会の風紀や性道徳を守ることに重点が置かれ、売春する女性は補導・更生の対象だった。2024年に女性への支援は別の法律に移されたが、売春防止法には現在も「性道徳」「社会の善良の風俗」という理念が残っている。
ただし、売買春そのものに対する直接の罰則はない。そのため意外に思われるかもしれないが、売春防止法では、“売る側”だけ処罰される場合がある。公衆の目に触れる形での勧誘や客待ちなどは「勧誘等罪」にあたるからだ。
一方、買う側には対応する罰則がない。「それは不公平では」と感じる人が多いのも当然だろう。
■見直しのきっかけになった事件
今回の法改正への議論を後押しした事件のひとつが、東京・大久保公園周辺のいわゆる「立ちんぼ」の逮捕だ。2025年、過去に公園周辺に立って客待ちをくり返した容疑で女性4人が逮捕され、メディア各社は顔出し、実名で報道した。買う側は逮捕されることなく、女性だけが社会的に“晒された”ため、「おかしい」という声が多数上がった。そう感じるのも無理はない。
さらに同年、タイ国籍の少女が、東京都内の個室マッサージ店で客の男性相手に性的な行為を強いられていたことが発覚した。少女はわずか12歳。その後、店の経営者と従業員は逮捕され、母親もタイで人身取引などの罪で実刑判決を受けた。しかし、70人といわれる“客”はひとりも逮捕されていない。SNSを中心に「なぜ客が逮捕されないのか」という怒りの声が噴出した。
これらの件が同年秋の臨時国会でも取り上げられ、高市早苗首相が売買春に係る規制について「必要な検討を行う」と答弁。
2026年3月から法務省の有識者検討会で議論が続けられてきた。
■買春そのものの犯罪化は見送り
そして8月24日、法務省は第8回目の検討会を開催し、これまでの議論を踏まえた報告書案を示した。新たに買う側の「勧誘」に罰則を設けることについては意見が分かれていたが、報告書案では「何らかの規制が必要」とまとめられた。
性風俗を男性から女性への構造的な暴力と捉える人たちからは、これまで繰り返し「買春そのものを処罰すべきだ」という主張がされてきた。買春者に刑事罰を与えることで需要を減らし、市場を縮小し、性風俗そのものの廃絶を目指す考え方だ。
しかし報告書案では、成人同士の合意に基づく買春そのものの「犯罪化」、つまり法律で犯罪と定めて刑事罰の対象とすることは見送られた。検討会で、性行為のプライバシー性や、売る側への悪影響などから慎重な意見が多く出たからだ。
実際、売買春自体の犯罪化、買春者の処罰は、世界的潮流とも言いがたい。国連人権理事会の作業部会やアムネスティ・インターナショナル等の国際人権団体は、売る側だけでなく買う側も含めた「全面的な非犯罪化」を推奨している。
■加害者は既存の法律でも処罰できる
そもそも、買春者を処罰すれば、性風俗をめぐる問題は解決するのだろうか。
まず、性風俗の現場だからといって、特別な法律がなければ加害者を処罰できないわけではない。タイ国籍の少女の場合、同意のない性的行為などを処罰する刑法の「不同意性交等罪」「不同意わいせつ罪」があり、16歳未満の子どもとの性交やわいせつな行為は、原則として本人の同意の有無にかかわらず処罰の対象となりうる。
また、金銭などの対価を伴えば、18歳未満の子どもの買春などを禁じる「児童買春・児童ポルノ禁止法」による処罰の対象にもなりうるのだ。
成人の場合も、違法なスカウトによる搾取は「職業安定法」などで摘発できる。客から望まない性行為や暴力を受ければ、不同意性交等罪、不同意わいせつ罪のみならず、「暴行罪」や「傷害罪」などが適用されうる。また、刑罰ではなく福祉や支援で対応すべき問題もある。経済的困窮や住居の不安定、虐待・性暴力のトラウマなどを背景に性風俗に就く人もいる。これは、その前の段階で必要な支援につながりにくく、セーフティーネットが十分に機能していないことが原因のひとつとなっている。買春者を処罰しても、こうしたセーフティーネットの問題は解決しない。それどころか、じつは買春の犯罪化が売る側を危険にさらす可能性も指摘されている。
■売買春の「地下化」がもたらす危険
買春行為そのものを処罰する制度は、1999年にスウェーデンが導入したことから「北欧モデル」と呼ばれ、現在はフランスなど11の国や地域に広がっている。
スウェーデンでは導入後、主要都市の路上の売春者が減少した。しかし、取引がオンラインやプライベートな空間など、統計に現れにくい場へ移っただけとの指摘もある。これを売買春の「地下化」という。
客が逮捕を恐れて身元を明かさない、客が減って危険な相手でも断りにくくなる、暴力を受けても警察に相談しづらくなる――市場が縮小したように見えても、そこで働く人たちの安全が脅かされるなら、それは「成功」とはいえない。
フランスでは、買春者処罰法の導入後、42.3%のセックスワーカーが暴力の増加を報告している。施行10年を迎えた今年4月には、緑の党など左派から買春者の非犯罪化を求める法案が提出された。
買う側を処罰すれば、需要が減り、性風俗の市場が縮小し、そこで被害を受ける人も減る――そうしたイメージどおりに事が運ぶとは限らないことを、海外の事例ははっきりと示している。
■「社会の風紀」より「人権」重視を
そして今回の報告書案には、もうひとつ見過ごせない点がある。売る側の勧誘や客待ちなどへの罰則を残す方向性が示されたことだ。理由として検討会で挙げられたのは、「社会の風紀」や「公衆への迷惑」という観点だった。
検討会では、性風俗の現場には困窮や搾取などを背景に、支援を必要とする当事者が多数いることも認識されている。もちろん、すべての当事者がそうであるとは限らず、みずから職業として選ぶ人もいる。働くに至った事情が何であれ、当事者自身が犯罪者として扱われうる仕組みが維持されれば、2025年の大久保公園と同様に逮捕され、報道される可能性も残る。
買う側への罰則を新たに設ければ、地下化によって当事者を危険にさらす懸念がある。一方、売る側への罰則を残せば、当事者自身が引き続き犯罪者として扱われうる。
しかも後者では、安全や人権より「社会の風紀」や「公衆への迷惑」が優先されているように見える。こうした懸念を残したまま、国会への法案提出が進められることには、強い危機感を抱かざるをえない。
■他国の例も検証して慎重に行うべき
先にも述べたように、今回の議論が大きくなった背景には、大久保公園やタイ国籍少女の事件をめぐる世論の高まりがあった。しかし、12歳の子どもに性的行為を強いた事件は、そもそも成人が働く性風俗と同列に扱えるものではない。また、「立ちんぼ」も、性風俗を生業とする人たちの全体像ではない。当事者のあり方はもっと多様で、女性が売る側、男性が買う側とも限らない。
世論が法改正の議論に影響を与えることはある。だからこそ、目立つ事件から生まれたイメージだけで制度を考えるのではなく、実態に目を向ける必要がある。多様な当事者の声を聞き、すでに制度を導入した国で何が起きたのかを検証するべきだ。
これまでの法務省での検討会では、被害者支援団体や性風俗の経験者、セックスワーカーの権利擁護団体、専門家などへのヒアリングも行われた。買春者の処罰をめぐっては立場が異なっていても、売る側の非犯罪化を求める意見はおおむね一致していた。買春者の処罰に反対する側からは、犯罪化によって売る側へのスティグマが強まり、当事者が警察や行政、医療から遠ざかって孤立することへの懸念も示された。
こうした声が、今回示された方向性にどこまで反映されているのか気になるところだ。
検討会では、委員からも当事者団体からも、日本国内で公的予算による実態調査が行われていないことが指摘された。まず国レベルで詳細な実態調査を行ってからでも、制度の見直しは遅くないのではないか。
性風俗の従事者は、イメージのなかの存在ではなく、そこで働き、生活している人たちだ。その安全と人権を第一に考えた議論であってほしい。

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三浦 ゆえ(みうら・ゆえ)

ライター

1975年、富山県生まれ。フリーの編集者&ライター。出版社勤務を経て、独立。女性の性と生をテーマに取材、執筆を行うほか、『うちの子、発育が早いかな?と思ったら読む本 思春期早発症の受診・治療・対策』(今西洋介監修、日東書院本社)、『小児科医「ふらいと先生」が教える みんなで守る小児性被害』(今西洋介著、集英社インターナショナル)、『性暴力の加害者となった君よ、すぐに許されると思うことなかれ』(斉藤章佳・にのみやさをり著、ブックマン社)、『50歳からの性教育』(村瀬幸浩ら著、河出書房新社)などの編集協力を担当する。著書に『となりのセックス』(主婦の友社)、『セックスペディアー平成女子性欲事典ー』(文藝春秋)がある。

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(ライター 三浦 ゆえ)
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