戦後初にして唯一の国産旅客機YS-11。その開発においては数々のエピソードが生まれましたが、その一つに「土井のくさび」と呼ばれる部品の伝説があります。
伝説の部品が現れたのは、YS-11試作1号機の恒久的な展示に向けた修復作業、その事前調査の最中でした。主翼付け根の傷み具合を確認するため、作業スタッフが左主翼手前のパネルを外したところ、そこに“伝説”の部品が姿を現したのです。
「土井のくさび」は、戦前から戦後にかけて活躍した元川崎重工業の設計者、故・土井武夫氏が提案した応急処置のための部品です。実際に目の前にしたその部品は細長い台形で、主翼と胴体の接合部へ挿入された様子は、まさに「くさびを打ち込んだ」という表現がぴったりだったといいます。
博物館職員や作業スタッフが測った寸法は、「上底(上の幅)2mm、下底(下の幅)28.85mm、高さ600mm」でした。奥行きは目視確認のみで計測されていません。土井氏は旧陸軍戦闘機「飛燕」を手掛けた名設計者としても知られており、このエピソードはYS-11開発史の中で語り継がれてきました。それだけに、発見した職員やスタッフは思わず写真を撮るほど感慨深いものがあったそうです。
では、この「土井のくさび」はどのような目的でつけられたのでしょうか。
土井氏の回想録をたどると、この「くさび」は天才的なひらめきというより、地道な経験の積み重ねから生まれたものだとわかります。
「うちわ」に代わる応急処置だった土井氏がくさびを提案したのは、YS-11が初飛行してから約1年後の1963年7月頃のことです。
当時、YS-11は試験飛行中でしたが、離陸時に片方のエンジンが故障した場合の機体の安定性(横安定)に課題がありました。その対策として、主翼の端に「うちわ」のような部品を上へ約30度傾けて取り付ける案が計算されていました。
もちろん緊急時の備えは重要ですが、根本解決のために主翼の中心部品から作り直せば試験に多大な時間がかかります。しかし、「うちわ」案ではスタイル的に航空会社に受け入れられたかどうかは疑問です。そこで土井氏が提案したのが、主翼そのものの取り付け角度(上反角)を2度変えるというアイデアでした。そして、「うちわ」に代わる別の応急処置として、主翼と胴体の接合部に部品を挟んで傾きを変える方法がとられたのです。この部品こそが、後に「土井のくさび」と呼ばれるようになりました。
一見すると大胆な発想に思えますが、これは土井氏の失敗を含む経験から生まれたものでした。土井氏は戦前から戦後にかけて24機種もの設計に携わりましたが、その中には苦労した機体もありました。その一つが、旧陸軍向けに試作されたプロペラ戦闘機、キ5です。
1934年に完成したキ5も、YS-11と同様に横安定の改善が必要でした。土井氏は回想録の中で、このキ5の改善のため、くさびを入れて主翼の上反角を変更したと記しています。
そして回想録には、「30年後のYS-11において役にたった」とも残されています。うまくいかなかった経験を決して忘れず、次の糧とする。まさに、30年越しの技術者としての“リベンジ”がこのくさびだったのです。
今回発見された「土井のくさび」は、パネルが再び閉じられたため、今はもう見ることはできません。しかし、航空科学博物館にある試作1号機には、土井氏をはじめとする多くの設計者たちが試行錯誤を繰り返した証である、数々の改修の跡が今も残されています。

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