「間違ったものを、すごいスピードで作れてしまう」
──まず、「AI要件定義」とは何でしょうか。
松本:要件定義は、お客さまが本当に解決したい課題を明らかにし、「何をつくるべきか」を関係者で合意するプロセスです。ビジネスと技術の両方を理解し、立場の違う人たちの認識をそろえる必要があるため、これまでは、経験のある人に仕事が集中しやすい工程でした。
生成AIが普及し、設計やプログラミング、テストは速くなりました。ただ、要件が曖昧なまま開発へ進むと、間違った要件で、間違ったものを、これまで以上のスピードでつくれてしまいます。AI時代は「どのようにつくるか」の前にある、「何をつくるか」の重みが増しています。
AI要件定義は、この前工程の情報整理や抜け漏れの確認にAIを使う進め方です。
──要件定義では、具体的にどのような仕事をAIに任せられるのでしょうか。
松本:AIに任せやすいのは、ヒアリング結果の整理、要件の抜け漏れ確認、改善案やプロトタイプの作成です。
一方、出てきた課題のどれを解くか、事業上何を優先するかまではAIに任せられません。例えば、A部長、B部長、C部長の合意をどう取るのかなど、最終的な判断は人が担います。
私自身、以前はヒアリング結果を抜き出してまとめ、報告資料をつくることに多くの時間を使っていました。AIに整理を任せることでその時間が減り、「なぜこの課題を解くのか」「どうすれば事業で勝てるのか」を考える時間が増えています。AIに任せられるのは、判断そのものではなく、判断材料をそろえるところまでです。整理作業を任せられれば、要件定義を担える人も増やせると考えています。
──要件定義の問題に向き合うようになった原点を教えてください。
松本:初めて大きなプロジェクトで要件定義を担当し、失敗したことです。納期が延び、最後は「つくったけれど、いらないもの」になってしまった。要件定義を外してしまうと、品質、コスト、スケジュールの全部に影響が及ぶことを身をもって知りました。
その後、SIerとして要件をまとめる側と、事業会社からSIerへ依頼する側の両方を経験しました。
私が働いてきた約20年間、この構造はほとんど変わっていません。要件定義書をつくり、レビュー会で合意する。ところが、できたシステムは業務で使えず、現場が別のExcelで仕事を続けていることもあります。文書を増やすだけでは、「合意したつもり」から抜け出せません。
一社のサービスではなく、業界の共通言語をつくる
──長年変わらなかった要件定義に、AIが活用できると感じた転機は何でしたか。
松本:手応えを感じたのは2024年10月ごろです。私の中では、同月にアップグレードされたClaude 3.5 Sonnetが大きかったですね。それまで人が担っていた要件定義のプロセスを一部任せてみると、100%ではないものの、調整すれば使える精度が出ました。
ROUTE06社内でも要件定義は属人性が高く、担える人が限られていました。
──自社サービスがありながら、なぜ主催者の色を消してまでサミットを開いたのでしょうか。
松本:単に自社ツールを売りたいのであれば、通常のセミナーを開けば済みます。しかし、私たちが目指しているのは単なるツールの普及ではなく、「AI要件定義」という新しい市場そのものを立ち上げ、長年変わらなかった日本のシステム開発の構造を変革することです。
新市場や新たなムーブメントを創るには、一社の発信では限界があります。発注側や開発を担う大手SIer、そしてルールを推進する行政や公的機関も一体となって動かなければ、「業界の新しい共通言語・スタンダード」にはなりません。
内閣府やIPA、NTTデータグループ、日立製作所といった皆さまに参加いただいたのは、そのためです。大手企業や行政もAI要件定義に向き合っていると伝われば、ほかの企業も「自分たちも始められる」と考えやすくなります。
システムを標準化し、業務をパッケージへ合わせる流れもありますが、私はカスタマイズ自体が悪いとは思いません。各社の業務や現場の知恵は強みでもあるからです。AIで要件定義の負荷を下げられれば、自社の業務に合う仕組みを速く整える道も残せます。
まず「AI要件定義」という領域を知ってもらい、実践する企業を増やす。市場ができた先で、Acsimを知り、使っていただければいい。自社製品の直接的な訴求より、業界全体の変革と市場の領域を広げることを優先しました。
──AI要件定義が広がると、SIerと事業会社の関係はどう変わりますか。
松本:ここ1~2年ですぐに仕事が変わるとは考えていません。多くの企業が試し始めた段階です。検証し、社内稟議を経て、現場で使われるまでを考えると、3年後くらいが一つの目安だと思っています。
その頃には、事業会社もAIを使って「こういうものがほしい」とプロトタイプを示し、SIerもプロトタイプをつくりながら話す形が増えるでしょう。要件定義書をただ読み合わせるよりも、動くものを見たほうが認識をそろえやすいからです。
発注する側とつくる側に分かれて文書を受け渡すのではなく、双方でつくり上げるプロセスへ変わっていく。私は、そのくらいの影響があると見ています。
主催者を隠し、「公式感」をどう出すか
──松本さんの構想を、多賀さんはどうイベントに落とし込みましたか。
多賀:最初から3つのホールに役割を持たせました。
考え続けたのは、このサミットを「ROUTE06のイベント」ではなく、「日本のIT産業の上流イノベーションを議論するための、オープンでパブリックな場」として設計することでした。社内では、それを「公式感」と呼んでいました。
──そのために、主催者であるROUTE06を前面に出さなかったそうですね。
多賀:私たちがスタートアップとしての自社色やプロダクトを前面に出してしまうと、参加者からは「結局は一企業の営業イベントか」と見られてしまい、業界を巻き込む大きなムーブメントにはなり得ません。だからこそ、「そういえば、このイベントの主催者は誰だったっけ?」と思われるくらい、徹底的に黒子になろうと決めました。
イベントサイトの主催者情報は最低限にし、当日のパンフレットや会場装飾にもROUTE06の名前を出しませんでした。ROUTE06としての講演もなく、主催挨拶もなし。Acsimの展示ブースは設けましたが、他社ブースと共通の装飾だけにしました。
一方、イベントサイトや広告で前面に出したのが、一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)の後援です。ROUTE06が経団連の会員であることが縁となり、後援に入っていただきました。「公式感」は、社名ではなく後援と登壇者の顔ぶれで出す、という判断でした。
私たちが黒子に徹して、フラットでオープンな「場」を提供することで、参画するすべての企業さまが主役となり、一緒に新しい市場を創っていける環境を整えたかったのです。
会場パネルにもROUTE06の社名は記載していない
申し込み700名から3,000名超へ。残り1か月の集客策
──開催までの準備で、最も難しかったことは何でしたか。
多賀:これほど大きなイベントを運営した経験がなく、ほぼすべてが手探りでした。なかでも大変だったのが集客です。会場は約1,000名規模で、当日の来場率を5割ほどとみて、まず1,500名の申し込みを目標にしました。集客を始めたのは開催2か月前の4月初めです。
プレスリリースを出し、毎週メルマガを配信し、登壇企業やスポンサーにも告知をお願いしました。それでも5月上旬の時点で申し込みは約700名。残り1か月で、少なくとも倍以上に増やす必要がありました。
そこで始めたのが駅広告とWeb広告です。駅は利用者数だけで選ばず、情報システム、DX、システム開発に関わる企業が多い大手町と豊洲を選び、ポスターとデジタルサイネージを出しました。名古屋では認知を狙いましたが、実際に一定数の申し込みがありました。Web広告はX、Google検索、Metaで配信しました。
当社集計で、最終的な申し込みは3,000名を超えました。5月上旬の約700名から、残り約1か月で約4倍になった計算です。
──当日はどのような人が集まり、どんな反応がありましたか。
多賀:当社集計では、約1,430社・3,000名超からお申し込みをいただき、当日は約1,400名が来場しました。当初想定していた来場率は約5割だったため想定どおりでしたが、会場のキャパシティを上回るほどの盛況となりました。参加者は情報システム、DX、開発部門を中心に、大手SIerや事業会社、製造、金融、通信など幅広い業種にわたり、管理職以上が約4割、部長級以上も約2割を占めています。
終了後アンケートでは、総合満足度は「満足」「非常に満足」を合わせて72%となりました。また、自由記述ではAIツールそのものへの関心に加え、「会社全体でどう活用すべきか」「業務へどう組み込むか」といった、組織への導入・定着に関する悩みや関心が多く寄せられました。個人でAIの活用方法を学ぶだけでなく、組織全体への展開を見据えて他社の事例を求める参加者が多かったのだと思います。
講演会場とは別に交流スペースも設けました。登壇者と参加者、スポンサーと参加者、参加者同士が話すための場です。実際、登壇者と参加者が個別に話している場面がいくつもありました。
反省点もあります。開催1週間前にはセッションの事前予約枠が埋まり、当日は立ち見が出てしまいました。会場へ来ても講演を見られなかった方もいらっしゃいました。運営面では、資料提出が当日直前になった登壇企業もあり、運営用PCへの反映が間に合うか、最後まで気を抜けませんでした。次回を開催する際には、会場のキャパシティ、動線、予約の運用を見直し、より多くの方に講演を届けられるようにしたいと思っています。
ネット上には見えにくい「ビジネス側の熱量」
──参加者の顔ぶれは、開催前の仮説と合っていましたか。
松本:AI駆動開発をテーマにすると、エンジニアの参加が中心になりやすい。今回は、PMや企画、情報システム部門など、ビジネス側の人がAIをどう使うかに焦点を当てました。参加者の構成はほぼ狙い通りでした。
この層は、Xなどで頻繁に発信する人ばかりではありません。開催前も、ネット上で大きく盛り上がっているようには見えませんでした。ところが、ふたを開ければ3,000名を超える申し込みがあり、会場では直接のやり取りが生まれた。数字と会場の様子を見て、表に見えない関心が広がっていたのだと感じました。
──サミットを通じて生まれた熱量を、今後どうつなげていきますか。
多賀:今回のサミットを通じて、「AI要件定義」という新しい潮流に対する業界の関心の高さと熱量を確信しました。サミットを一回限りのイベントで終わらせるつもりはありません。次回の開催はまだ構想段階ですが、今回より大きな規模に挑むことは選択肢の一つです。今後は東海や関西など、東京以外での開催も考えています。
また、登壇内容を深掘りし、参加者とQ&Aができるアフターイベントや、スポンサー企業とのセミナーも検討しています。「聴衆」として参加するだけでなく、登壇、協賛、共同での情報発信など、この新しいムーブメントを一緒に創り上げていく仲間として、ぜひ多くの方に参画していただきたいと思っています。
松本:サミットを通じて、「AI要件定義」という新しい市場を知っていただく土台はできたと思います。ここからは、実践したい企業と登壇企業、スポンサーをつなぎ、知見を発信し続けたい。AI要件定義は、まだスタンダードが固まっていない領域です。裏を返せば、いま参加する企業が、業界のルールをつくる側に回れる。サミットはその入口です。実践例を持ち寄り、ノウハウを共有し合いながら、日本のIT産業の上流工程を一緒にアップデートしていく。そんな熱いコミュニティをさらに広げていきたいと考えています。
「AI要件定義サミット2026」公式サイト
https://ai-requirement-definition-summit.com/2026
各セッションの講演内容は以下よりご覧いただけます。
https://ai-requirement-definition-summit.com/2026/report