はじまりは2024年、後継者のいない梨園を親子で継承することになったのがきっかけでした。それまで父・均さんは米作りをしており、梨の栽培は初めての状態。息子・亜久里さんは、プロ野球独立リーグの選手としてプレーしていましたが、農業をしていた祖父が亡くなったことを機に自身のキャリアを見つめなおし、21歳で農業への転身を決意しました。
その頃、父に聞かされていたのは、地域の農家の高齢化と後継者不足。幼い頃から目にしてきた、農地が広がる愛東の自然豊かな風景がなくなっていくことに寂しさを感じたことも、農業転身の決め手になりました。父とともに初めての梨栽培に挑戦し、3年目を迎えた鈴村 亜久里さんに、地域への熱い思いをうかがいました。
父・鈴村 均さん(左)と鈴村 亜久里さん(右)
●プロ野球独立リーグ在籍3年目に訪れた転機。人生の岐路に立ち、生まれ育った地で農業をすることを決意
・・・農業に転身された経緯を教えてください。
農業に携わるまでは、プロ野球独立リーグの外野手としてプレーしていました。高校は山梨県の日本航空高等学校で野球部に所属し、卒業後は「滋賀GOブラックス」で2年、神奈川県の「YKSホワイトキングス」で1年、プレーを続けながら日本野球機構(NPB)入りをめざしていました。3年目に入った21歳の春、もし次のドラフトに選ばれなかったら区切りをつけるべきか、将来に不安と焦りを感じていました。
ちょうど同じ頃、長年、公務員として働いていた父が、祖父の農業を受け継ぐため52歳で仕事を辞め、米作りを始めました。
鈴鹿山系の麓に農地が広がる愛東の自然豊かな風景
・・・そして、新たな歩みが始まったのですね。
農業を仕事にすると決め、引退後は滋賀県立農業大学で基礎を学ぼうと受験し、合格して4月から入学も決まっていました。ところが、その1月、知人を通じて、急な園主の他界で存続の危機に直面している梨園の話が舞い込み、進学をやめて父と一緒に挑戦する道を選びました。
「あいとう梨生産出荷組合」では、後継者がいない場合、梨の木を伐採するという決まりがあるんです。梨の木は病気に弱く、木を放置してしまうと雑菌が繁殖し、周辺の農園にも広がってしまうという理由からです。そのため農地の維持や耕作放棄地の増加も課題になっていて、引き継いだ梨園も、思い出のある木を切ってしまうことが辛くて困っておられたところでした。
梨、ぶどう、米を作っていた祖父も、高齢になって最初に手放したのが梨園でしたが、別の農家の方が引き継いでくださったという経緯があります。ぶどうは伯父が、米は父が引き継いでいます。
太陽の光をたっぷりあびて育つ「あいとう梨」
梨の花。
●手探りで始まった「あいとう梨」の栽培。近隣農家に学びながら経験を蓄積
・・・初めての梨の栽培は、どのような様子でしたか?
父も自分も知識ゼロからのスタートで、近隣の梨農家の方々から助言をもらいながら栽培に取り組む日々が始まりました。引き継いだ梨園は20アールあり、冬の時期だったので木の剪定作業から取り掛かりました。といっても、どの枝を残して、どの枝を切り落とすのか、見極めるにも経験が必要で、教えてもらって分かったつもりで帰ってきても、目の前の木の状態が違うので分からなくなったりで、父と相談しながら作業を進め、1年目はとにかく梨園にこもりっきりでした。
2年目は、猛暑や干ばつ、害虫被害の対応に苦労しました。雨が降らないと病気は広がりにくいのですが害虫被害が猛スピードで広がります。実も水分が少ないので大きくなりづらいなど、1年目にはなかったさまざまな試練があり、毎朝6時から農園を見回り、小さな変化を見逃さないように管理を続けました。
そんな中、嬉しい出来事もありました。別の方が管理をしてくださっていた祖父の梨園15アールを引き継ぐことになりました。その方も70代になり、「どうや」と声をかけてくださって。なによりも祖母がいちばん喜んでくれて、いまだに顔を合わせるたびに、農業をする姿を見て喜んでくれています。
冬の時期、父と剪定について相談する様子
・・・はじめて農業に携わった感想はいかがでしたか?
もともとスポーツをやっていて、体力には自信があったので「いけるだろう」と思っていたのですが、実際に仕事として始めてみると想像以上に大変で、かなりきつい仕事です。
毎日の練習が成果に直結するのは野球と同じで、日々の丁寧な手入れの積み重ねがあって、やっとおいしい梨ができるんだということを実感しています。自然相手の仕事は難しいですが、自分なりに試行錯誤を繰り返しながら、毎日、梨と向き合っています。
小さな変化も見逃さないよう状態を毎日チェック
●品種の違う梨の栽培に向けて梨園を新設。さまざまな品種の「あいとうの梨」を長く楽しんでもらいたい
・・・3年目を迎え、新たに取り組まれていることはありますか?
地元の「NPO法人 愛のまちエコ倶楽部」が、後継者のいない梨園を次世代につなぐ取り組みとして管理されていた梨園を、2026年の春に新たに引き継ぎました。また、祖父の田んぼだった土地に梨園を新しくつくり、これまで栽培していなかった品種に挑戦しようと、苗木を植えたところです。
「あいとう梨」には、「幸水(こうすい)」、「豊水(ほうすい)、「あきづき」の3品種があって、収穫時期は早くても8月中旬頃からです。それよりも早い時期に採れる梨があれば収穫期間が広がって長くあいとうの梨を楽しんでもらえて、知っていただく機会も増えます。そこで、数ある品種の中から条件に合う梨を調べ、「甘(あま)ひびき」と「香麗(こうれい)」という2品種を新たに植えました。8月初旬から収穫でき、リレー方式で既存の梨も順番に実っていくので、さまざまな梨を長く楽しむことができます。
新設した梨園で育つ苗木
・・・栽培方法で、あいとう梨ならではの特徴はありますか?
あいとう梨は、無袋栽培で、太陽の光をたっぷり浴びた高濃度でみずみずしい味わいが特徴です。あいとう梨生産出荷組合では、品質管理のため光センサーで糖度選別を行っています。
独自に工夫していることもいろいろありますが、例えば、いちばん大切な土づくりは、土壌診断を活用して施肥管理をしているほか、剪定した枝をチップ化し、ほ場へ還元することで資源循環型の農業にも取り組んでいます。
裁断した剪定枝を土に還元し、資源循環型の農業を実践
●観光農園の運営、高校生の研修の受け入れなど、愛東を訪れる人や地域と関わる「関係人口」の創出をめざす
・・・今後に向けて、どのような展望をお持ちですか?
安定した梨の生産を続けていくことはもちろんですが、「あいとう梨」の認知拡大にも取り組んでいきたいですね。その方法の一つとして、愛東に人を呼び込む仕組みづくり、関係人口の創出をめざしています。
生産する梨の面積も増えてきたので、次の目標としては観光農園を「あいとう梨」で実現することです。そして、いちばん出来たらいいなと思っているのが雇用の創出。例えば、高校生の研修の受け入れ先として、梨の栽培を体験してもらう、この経験が記憶に残り、将来の仕事を選ぶ時に「農業をやりたい」、「愛東で梨をつくりたい」という若い人が出てくるかもしれません。そのきっかけづくりができたらと考えています。
農業に興味のある人は少なくないと思うのですが、実際に始めようとすると初期投資の面でハードルが高く、諦める人も多いと聞いています。その「つなぎ役」になれるよう、今後も経験を積みながら地域に貢献していきたいと思います。
アグリん農縁の直売所
■アグリん農縁(アグリンノウエン)
代表者:鈴村 均
後継者:鈴村 亜久里
所在地:滋賀県東近江市鯰江町1253-1
TEL :080-2450-7539(鈴村 亜久里)
mail:agurin.nouen@gmail.com
インスタグラムで日々の活動を発信しています
https://www.instagram.com/agurin_official?igsh=dTVjN2ppazRqbW10&utm_source=qr
■「あいとう梨」が買える場所
・アグリん農縁(Googleマップで検索)
https://maps.app.goo.gl/T7DDqTfPYYBxPKPd6?g_st=ic
・道の駅あいとうマーガレットステーション
「あいとう直売館」 など