「俺の投げ方で投げろ」二人の指導者の板挟みになった私→新監督の一言で救われたワケとは

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中学時代、ソフトボール部に突如訪れたチームの分裂劇。新監督の着任によって芽生えた勝利への兆しと、それを面白く思わない古参コーチの理不尽な支配——。

大人の身勝手なエゴに振り回されながらも、自分たちの手で10年ぶりの県大会出場を掴み取った選手たちの葛藤と成長の記録。



新監督の着任で揺らぎ始めた私の「正解」



中学3年生の春、私の毎日はソフトボール中心に回っていた。最後の大会で県大会に出場することだけを目標に、ピッチャーとして冬の間も投げ込みを続け、外部コーチの指導を信じて練習に励んでいた。
そんなある日、チームに若い新監督が赴任した。高校時代にインターハイ出場経験を持つ指導者で、練習内容もチームの雰囲気も少しずつ変わっていった。選手たちは活気を取り戻し、勝利への一体感が生まれていた。
その変化を快く思わなかったのは、それまでチームを指導してきたコーチだった。
「監督の言うことは聞かなくていい。俺の投げ方で投げろ。」
そう言われた私は、反論できなかった。長く指導を受けてきた相手に「違います」と言えるほど、大人ではなかったからだ。
結局、コーチの前ではコーチのフォーム、監督の前では監督のフォームと、二つの投げ方を使い分けるようになった。当然、そんな器用なことができるはずもない。フォームは崩れ、自分でも何が正しいのかわからなくなっていった。



「お前の好きな投げ方でいい」その一言が救ってくれた



転機は練習試合だった。監督とコーチ、二人が見守るマウンドで頭が真っ白になり、思うような投球ができなかった。
その様子を見た監督は、私を呼び寄せて静かにこう言った。
「お前の好きな投げ方で投げなさい、何も考えなくていい」
その一言で、不思議なくらい肩の力が抜けた。迷いが消えると、ボールは自然とキャッチャーミットへ吸い込まれ、いつもの自分を取り戻すことができた。
今思えば、監督は技術より先に、私の心が縛られていることに気づいていたのだろう。



本当に良い指導者は「従わせる人」ではない



その後はコーチの助言を受け流し、自分が納得できる指導を信じて練習を続けた。やがてチームはまとまり、地区予選を勝ち抜き、10年ぶりの県大会出場を果たした。
「あの人の言うことは絶対」そんな空気に支配される場面は、部活動だけでなく社会にも少なくない。でも、本当に力を引き出してくれる指導者は、従わせる人ではなく、自分で考え、自分を信じられるよう背中を押してくれる人なのだと、あの日のマウンドが教えてくれた。



【体験者:30代・女性、回答時期:2026年7月】



※本記事は、執筆ライターが体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。



Qolyコラムニスト:kana
学生時代はソフトボールに打ち込み、現在も夫とスポーツ観戦を楽しむWebライター。

周囲にはさまざまな競技に携わってきた友人や家族が多く、選手たちの努力や葛藤、チーム内で生まれる人間関係に強い関心を持っている。試合結果だけではなく、その裏側にあるエピソードや思わぬ出来事に目を向け、スポーツの現場で生まれる感動や驚きを、読者にわかりやすく届けるコラムを執筆している。

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