浦和レッズに、アジアでは初の試みとなるプロジェクト参画の話が持ち込まれたのは2025年秋だった。プロジェクトの名は『FIFA Twinning Project』――2018年、イングランドとウェールズで始まった、クラブと近隣の刑務所が連携し、サッカーを通じて受刑者の更生と再犯防止を目指す取り組みである。


「根底にあるのは、サッカーを通じて、より明るい未来を築くために必要なスキル、自信、そしてマインドセットを育むことができるという信念です」

 そう語るのは、このプロジェクトのグローバルCEOであるヒルトン フロインド氏だ。ただ、このプロジェクトが目指しているのは、サッカーがうまくなることではない。「スポーツの楽しさを伝えることが目的ではありません。私たちが期待しているのは、怒りをコントロールする力(アンガーマネジメント)や、日々の生活そのものが変わっていくことです」



 チームワークやコミュニケーション、規律、レジリエンス(回復力)、責任感、自己肯定感。サッカーを通じて身につく力を、社会復帰の「きっかけ」にしたい。それが『FIFA Twinning Project』の理念である。

 開始翌年の2019年からはオックスフォード大学の協力のもと、プロジェクト参加者の変化について数年にわたって調査され、その有効性も検証されてきた。FIFA財団の支援を受けながら活動は世界へ広がり、2026年夏の時点でイギリスのほか、アメリカ、イタリア、オーストラリアをはじめとする5カ国に波及。イギリス本国を含めると80を超えるクラブが地域貢献活動の一環として参画している。

 日本での実施は、FIFAのカウンシルメンバーである日本サッカー協会の田嶋幸三前会長が「ぜひ日本でも実施したい」と提案したことがきっかけだった。法務省矯正局との協議を経て、若年受刑者への教育的処遇に力を入れる川越少年刑務所が実施先となり、日本サッカー協会を通じて、地域に根差した活動を続ける浦和レッズへの協力が打診された。

 浦和レッズからすれば、迷いはなかった。
「社会の一員として、青少年の健全な発育に寄与する」、「地域社会に健全なレクリエーションの場を提供する」というクラブ理念とも合致していたからだ。実際に指導にあたるのは、浦和レッズのハートフルクラブとアカデミーサッカースクールのコーチ陣。いずれも日本サッカー協会公認B級ライセンス以上を保有する指導者たちである。その中心となるのが、クラブの地域貢献活動を担う「ハートフルクラブ」だ。



 ハートフルクラブが設立された2003年以来、埼玉県内はもとより国内・国外を問わずスクールの開催や小学校の授業サポートなどを行ってきた。設立から20年を経た2023年には総活動回数1万回を超え、参加人数の合計も114万人以上を数えている。しかしながら、「スクール」と銘打ってはいても、彼らの主眼はサッカー技術の向上に当てられてはいない。活動開始以来、一貫して、スポーツが育む『こころ』をテーマにハートフルクラブの活動は継続されてきた。大切にしてきたのが4つの「こころ」だ。(1)何事も一生懸命やる、(2)お互いに楽しむ、(3)仲間を信頼しおもいやる、(4)考える、のそれぞれをキーワードとしている。

 こういった「こころ」を技術よりも重視するハートフルクラブ。こうした理念は、『FIFA Twinning Project』が掲げる「サッカーを通じた社会復帰支援」の考え方とも重なる。
サッカーを教えるだけではなく、人としての成長を支える。その姿勢が本プロジェクトとの参画につながった。

 浦和レッズアカデミー本部 本部長である須藤伸樹氏は、こう語る。「私たちは地域に生かされているクラブです。その地域のために何ができるか? ということを考えるのが第一歩。その意味では、今回の『FIFA Twinning Project』への協力を断る理由はありませんでした」

 ただし、このプロジェクトには、一般的な地域貢献活動とは一線を画す要素があることも、須藤氏は理解している。受刑者の更生を支援するということは、その先に被害者や被害者家族の思いがあるという現実から目を背けることはできない。

「受刑者の方へのサポートをするその一方には、被害に遭われた方の思いという問題もあることを考えなければいけませんでした。それでも、私たちが協力することによって、更生のお手伝いができたり、再犯率が下がるという効果があるのであれば、そういったことで地域に貢献できるクラブになりたいという思いは消えませんでした」

 その判断の根底には、須藤氏自身が世界の舞台で実感してきたサッカーというスポーツが持つはずの『力』への信頼があった。「これまでACL(AFCチャンピオンズリーグ)やFIFAクラブワールドカップに参加する中で、サッカーの『力』を何度も感じてきました。ボールが一つあれば、言葉が通じなくても分かり合うことができる。そんなサッカーの『力』に助けてもらった経験があるので、このプロジェクトでもサッカーの力を生かしたいと思いました」



 2026年6月、川越少年刑務所で『FIFA Twinning Project』が始まった。
対象となったのは20名強の若い受刑者たち。70分の講義と110分の実技のプログラムを担当したのは浦和レッズハートフルクラブの酒井友之コーチだった。



 ジェフユナイテッド市原(当時)でプロ選手としてのキャリアを歩みはじめた彼は、2000年のシドニーオリンピックにもU-23代表の一員として出場。その後、名古屋グランパス、浦和レッズ、ヴィッセル神戸などでプレーし、2013年に現役を退いて以降は、ハートフルクラブのコーチとなって若年層を中心に指導にあたってきた。

 だが、13年間コーチを務めてきた酒井氏にとっても、刑務所で指導するのは初めての経験だった。「もちろん不安もあったし緊張もありました」。そう振り返る一方で、指導そのものに迷いはなかったという。「いつも伝えていることと変わらない部分もあったんです。普段から子どもたちに伝えているようなことと同じ形で、ここにいる受刑者の方たちにも伝えています」



 講義では、ハートフルクラブが重視する「こころ」について、複数回にわたって説き聞かせてきた。実技では、基礎的なパスやシュート練習を中心にボールに慣れ親しむところからスタート。ボールを思うように扱えずにミスが起きても、根気強く克服することを求める姿勢が酒井コーチからはうかがえた。その積み重ねこそが、酒井コーチが伝えようとしている「こころ」でもあった。




 数回の指導を終えた今、酒井コーチは一定以上の手ごたえを得ていると口にする。「1回目で僕が伝えたいと思って講義で話したハートフルクラブの『こころ』に関するキーワードを、次に来たときにも、みんなはちゃんと覚えていてくれました」「彼らもいつか社会に戻るときが来るわけですけど、僕が伝えようとしたことが一つの手助けというか、何かの拍子に『あのとき、コーチがこう言っていたな』という感じで思い出してもらえたらな、と。それがちょっとでも心に残って、みんなの社会復帰の手助けになれたらうれしい。そう考えて、やっています」

 実際に講義と実技に参加した若い受刑者のひとりは、「今日の講義もそうですが、社会に出て役に立つことをここで身につけられるので、一生懸命取り組んでいきたいと思っています」と真剣な面持ちで語ってもいた。



 こうした取り組みに、川越少年刑務所の北川統之所長も、感謝の念とともにこう評する。「サッカーという世界中で行われているスポーツを通じて、コミュニケーションや思いやり、信頼、それから規律。こういった大事なことを学べるというのは、非常に素晴らしいことだと思っております」とその意義を語った。

 日本はもとより、アジアでも初となる試みの『FIFA Twinning Project』。このプロジェクトを主導する人々はもちろん、FIFA財団、法務省矯正局、川越少年刑務所、JFA、そして浦和レッズが手を取り合い、このプロジェクトは実現した。

サッカーには人を熱狂させる力だけでなく、人の人生に寄り添う力もある。サッカーを通じて、人と向き合い、仲間を信じ、自ら考える力を育むこと。その積み重ねが一人でも多くの若者の社会復帰につながることを願い、日本で始まったこの挑戦は、新たなスポーツの価値を示す一歩となるのかもしれない。


文=小齋 秀樹
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