劇団新派の女優・水谷八重子(みずたに・やえこ、本名・松野好重=まつの・よしえ=)さんが28日午後0時18分、肺炎のため、都内で死去した。87歳だった。

松竹が31日、発表した。葬儀は近親者で執り行う。後日お別れの会を開く予定という。

 水谷さんは5月の新派・松竹新喜劇合同喜劇公演「明日の幸福」(5月9~19日)を休演。昨年2月の京都・南座 二月新派喜劇公演「三婆」が最後の舞台となった。 

 水谷さんは歌舞伎俳優の14代目守田勘弥、初代水谷八重子のひとり娘。水谷良重として、1955年に16歳で新派・歌舞伎座で初舞台を踏んだ。同月、ビクターレコードからジャズ歌手としてデビュー。以後、映画「青い山脈」、「座頭市物語」、「悪名」などに出演。「花の吉原百人斬り」でNHK最優秀助演女優賞を受賞した。

 テレビでは「あなたとよしえ」「若い季節」などでお茶の間の人気者になった。舞台では新派だけでなく、東宝のミュージカルなど数多くの作品に出演。

新派の「佃の渡し」「深川不動」「滝の白糸」などが代表作として評価が高く、文化庁芸術選奨最優秀賞(73年)、菊田一夫演劇賞(78年)などを受賞した。

 95年に2代目水谷八重子を襲名。名実ともに新派の大黒柱となった。プライベートでは、59年にジャズドラマーの白木秀雄さんと結婚したが、63年に離婚した。

 2009年には旭日小綬章を受章した。受章を受けて「実感は本当にないです。これから先も伸ばせよ、と辞令をもらうようなものだと解釈しています。これからは次を間違っていない育て方をしたい。自然に勝る芸はないというのが一番難しいですから」と若手の育成に取り組む意欲を語っていた。

 熱烈な巨人ファンとしても知られた。かつて俊足巧打の外野手として活躍した与那嶺要(ウォーリー与那嶺)さんの大ファンだった。スポーツ報知の取材に「ウォーリー与那嶺さんは足の回転が本当に素早かった。

一度、関係者に頼み込んで後楽園球場で並んで写真を撮らせてもらったこともあるの」と語った。14年には始球式で東京ドームのマウンドに立ち、常に試合結果をチェックしていることを明かしていた。

 ◆水谷 八重子(みずたに・やえこ)本名・松野好重。1939年4月16日、東京都生まれ。歌舞伎俳優・守田勘弥と初代・水谷八重子との間に生まれた。55年の新派公演「相続人は誰だ」などで初舞台。ジャズ歌手としても活躍した。「佃の渡し」で芸術祭賞など受賞も多数。95年11月、2代目八重子を襲名。24年、日本俳優連合の理事長に就任。

編集部おすすめ