証券アナリスト・エコノミストの経歴を持ち、高齢者の課題解決に努めている黒澤史津乃が、現役世代に向けて「親の介護に直面する前の心がまえ」の第一歩を解説。今回のテーマは「ハラスメント」。

近年広く認知されてきましたが、介護現場などにおいて溝が生まれています。ケアする側、される側として感謝と敬意を持つ大切さをお伝えします。


介護施設「出禁」の現実。親、配偶者の「無自覚なハラスメント」...の画像はこちら >>

1.ケアする側・される側で広がる「ハラスメントへの意識の溝」

 ハラスメントに厳しい社会になりました。パワハラ、セクハラは、広く一般に認知されていると思いますが、それ以外にも、妊娠、出産、育児などに関するマタハラ、顧客から従業員に対するカスハラ、エイジハラスメント、テクノロジーハラスメント、さらにはまだ難しいからといって簡単な仕事しか与えないホワイトハラスメントなど、職場におけるハラスメントの種類は20を上回るといわれています。


 個人の尊厳を守り、誰もが働きやすい、そして生きやすい環境をつくるための法規制や意識改革が進んでいます。現代社会においては必要不可欠な、そして歓迎すべき価値観の変容であることは、誰も否定できることではないでしょう。


 しかし、現代社会においてこうした多種多様のハラスメント概念が当たり前のものとして急速に普及していく一方で、そのスピードに付いていくのが難しいのがシニア世代です。


 特に、社会全体のハラスメントに対する価値観の変容を認識するより前に現役を引退し、その後にケアを受ける側となった場合、ケアをする側は新しい価値観を当たり前のものとしているのですから、そこに大きな溝が生じやすいことは想像に難くありません。


 結果として、ケアを必要とする側とそのご家族が苦しくなってしまうケースを耳にすることが、目に見えて増えてきています。


2.介護現場におけるカスハラの現状

 近年、介護の担い手不足が深刻化する中で、介護の現場を支えるケアマネジャーやヘルパーから、利用者やその家族からのいわゆるカスタマーハラスメントに対して「もう我慢の限界だ」「介護スタッフの心と体の安全を守ろう」という動きが強まっています。


 2026年6月、埼玉県川口市で、女性ケアマネジャーが支援を担当している高齢女性の同居家族に殺害されるという痛ましい事件が起こったことにより、こうした動きはさらに勢いを増しました。介護業界では介護現場に携わる人々の安全を確保し、不安なく仕事をしてもらえるような環境を整備することが、他の何よりも急務だとされています。


 介護の現場で実際に起こっているのは、ケアマネジャーやヘルパーによる支援を受けているお年寄りが、支援者に対して高圧的な物言いをしたり、暴言を吐いたり、性的な言動を繰り返したりしてしまうケースです。


 具体的には、介護スタッフに「こんなこともできないのか!」と大声で叱責(しっせき)する、「お前のせいであざができた」「金を盗んだ」などと事実でないことを思い込みで言いがかりをつける、強い力で腕をつかむ、かみつく、突き飛ばそうとする、物を投げるなどの暴力行為をする、性的な話を執拗(しつよう)に繰り返す、何度も体に触ろうとするなどの言動が挙げられます。


 そして、ケアされる側だけでなく家族によるハラスメントのケースも発生しています。


3.お年寄りにハラスメントへの理解を促す難しさ

 家族によるハラスメントはともかく、介護を受けているお年寄り本人によるハラスメントの場合、現役世代と違って難しいのは、「その言動は、ハラスメントに該当しますよ」と警告したところで、その警告を理解し言動を改めることに期待できないケースが多いということです。


 さらにそうした言動が、認知症などの病気または障害の症状として現れた言動(BPSDなど)だとすれば、ハラスメントだと断罪することはできませんが、たとえ病気または障害に起因する暴言・暴力であっても、介護スタッフの安全を最大限に配慮する必要があることには変わりはありません。


 そのお年寄りのハラスメントに該当するような言動をしてしまう背景を分析し、その要因を一つ一つ取り除いていくことも大切です。


 しかし、それをする前に、繰り返される暴言や性的言動により支援する側の尊厳が傷つけられ、心身の安全を脅かされ、介護サービスの提供の中断や中止につながりかねないのです。


 このようなハラスメント言動(それが病気または障害に起因するものも含む)を繰り返してしまいがちなお年寄りに対して、これまではケアマネジャーやヘルパーが「ここまでは我慢できる」として個別に緩やかに描いてきた境界線を、介護業界全体で明確に線引きしようという動きが強まってきているように感じます。


4.カスハラに該当すると施設入居拒否の判断も

 実際に、在宅での生活が困難となり、家族が施設入居を希望した場合に、「易怒性(いどせい)あり」と診断されていると受け入れ先がなかなか見つからないというケースが頻発しています。


 介護保険の指定を受けた高齢者施設などの事業者は、原則として「提供拒否の禁止」が課されています。厚生労働省は、入居拒否が認められる「正当な理由」として


  • 入居申し込み者が当該事業所の通常の事業実施地域外に居住している
  • 人員配置基準などにより現員では入居申し込みに対応できない
  • 重度の医療ケア・専門性を超える対応・他害行為などにより入居申し込み者に対し自ら適切なサービスを提供することが困難
  • などを代表例として挙げています。このうち、実務上は(3)により入居拒否の判断がされるケースがほとんどです。


     具体的には、「医療依存度が高すぎる」、「感染症を罹患している」、「経済的事情」などと並び、下記のようなケースが入居拒否につながりやすいといわれています。


    • 職員・他入居者への暴言・暴力
    • 重度のひとり歩き(外出行動)で施錠管理を超える
    • 性的逸脱行動が頻繁
    • 大声・夜間覚醒で他入居者の生活に重大な影響
    • 自傷のリスクが高い

     ここで困るのは、家族です。在宅でのケアも困難となり、施設入居を目指したところで、「易怒性」や「性的逸脱行為」により入居を拒否されてしまう。その間、ケアが必要な本人は、同居の配偶者に対して暴言を繰り返してしまうことで、配偶者の側がうつ症状を発症して全てに対して気力を喪失してしまう。


     そして、そのような両親の状況に慌てふためく共働きの現役子ども世代という構図が、これから先、決して珍しくない状況になっていくことでしょう。


    5.他人事ではいられない介護現場のハラスメント

     いかがでしょうか。介護現場におけるハラスメントによって、生活を維持するために必要となるケアが円滑に受けられなくなるという大きすぎる代償を払わなければならなくなるという現実を知っていただくことで、トウシル読者の皆さまの親御さん、そして皆さまご自身も、決して他人事ではいられないと感じていただけたのではないでしょうか。


    「いまの現役世代は、いろんなハラスメントで大変だなぁ」
    「昔は寛容な世の中で良かったよ」


     こんなことを親御さんがおっしゃっていたら、要注意です。


     いずれ誰もが誰かにケアをしてもらわなければならないということを自覚すること、そしてケアをお願いする家族や介護専門職の方々への感謝とリスペクトの気持ちを醸成しておくことが、将来の介護リスクへの大切な備えとなることでしょう。


    (黒澤 史津乃)

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