「定年後、いくらあれば足りるのか」「退職金をどうすればいいのか」。この二つはリタイア期を迎える多くの方に共通したご相談です。

今回は60代のご夫婦の家計について、退職金の置き方によって資産寿命がどのくらい変わるか、95歳までのシミュレーションで検証していきます。


年金月23万円・退職金2,000万円の60代夫婦「もう安泰」...の画像はこちら >>

定年後の生活費、平均はいくらか

 定年後の生活費は各ご家庭によってさまざまですが、ここではまず平均値を確認してみましょう。総務省「家計調査報告」2025年平均によると、65歳以上の夫婦のみの無職世帯の家計は表のようになっています。


年金月23万円・退職金2,000万円の60代夫婦「もう安泰」のはずが…老後破産を招く「定年後の選択」【シミュレーション】
出所:総務省「家計調査報告 家計収支編 2025年(令和7年)平均結果の概要」注:▲はマイナスを示す

 実収入から社会保険料や税金を引いて、自由に使えるお金が可処分所得となります。毎月4万円強の赤字で、年間では約51万円、30年間で1,500万円ほどになります。かつて話題になった「老後2,000万円問題」とほぼ同じ構造の数字が、いまも続いていることになります。


 ただ、この平均値には見落としやすい点があります。同じ調査を年齢階級別に見ると、65歳以上の無職世帯の消費支出は65~69歳が29万6,997円で最も多く、75歳以上では24万8,460円と、約5万円の差があるのです。


「定年後は支出が減る」とよく言われますが、減り始めるのは10年ほど先ということになります。定年直後の10年は、現役時代とそれほど生活費は変わらないことになります。


 今回は、筆者が運営する情報サイト「資産形成ハンドブック ライフプラン&お金の計算ツール」で提供している、登録不要、無料で使える「 ライフプランシミュレーター 」を使って、実際に計算していきます。


60代夫婦の家計を入力してみる

 平均値が分かったところで、次は自分の数字に置き換えます。今回は次のようなご夫婦(モデルケース)を想定しました。


モデルケースの前提条件
年金月23万円・退職金2,000万円の60代夫婦「もう安泰」のはずが…老後破産を招く「定年後の選択」【シミュレーション】
モデルケースの前提条件

 初年度の支出は348万円、月にすると29万円です。

家計調査報告の平均とほぼ同じ水準で、特別ぜいたくでも切り詰めてもいない設定になっています。


 なお、リタイア期のシミュレーションでは、生活費のインフレ率と、年金額(手取り額)の変動率の設定が重要です。ねんきん定期便の金額は額面ですが、シミュレーションでは手取りで入力します。その上で、生活費にインフレを想定するなら、年金にも変動率を設定しないと、公平な試算になりません(今回は生活費1.5%に対し年金1.0%と設定)。


退職金全額を預貯金に置いて「運用しない」場合

 最初に、退職金2,000万円を全額預貯金(金利0.4%)に置き、投資などの運用は一切しないというケースで計算してみます。このような方も現実には多いのではないでしょうか。


年間収支の推移グラフ(1.運用しないケース)
年金月23万円・退職金2,000万円の60代夫婦「もう安泰」のはずが…老後破産を招く「定年後の選択」【シミュレーション】
年間収支の推移グラフ(1.運用しないケース)

 60歳から64歳までは、一時的な支出を除けば再雇用の収入で年40万~50万円の黒字を維持します。ところが65歳、年金生活に入ると赤字に転じ、初年度は約81万円の赤字となります。


 この赤字は年を追って膨らみます。収入は年金でほぼ固定される一方、支出は物価上昇で増えていくためです。80代には年150万円程度の赤字になります。


資産残高の推移グラフ(1.運用しないケース)
年金月23万円・退職金2,000万円の60代夫婦「もう安泰」のはずが…老後破産を招く「定年後の選択」【シミュレーション】
資産残高の推移グラフ(1.運用しないケース)

 そして金融資産は、退職金2,000万円を含めて3,000万円あった資産が87歳(2053年)で尽きる計算になります(あくまで計算上です)。


 グラフの折れ線が数年おきに大きく落ち込んでいるのは、リフォームや車の買い替えの年です。

日常の生活費だけでなく、こうした数年に1度の支出も資産の減り方に効いていることが見て取れます。


退職金を運用してみるとどうなるか

 では、次に預貯金のみではなく、一定金額を投資にまわしていく場合を考えてみましょう。生活費も収入も一切変えず、退職金の置き場所だけを変えて、「(1)運用しない」に加えて、「(2)手元200万円だけ残して投資」「(3)ダム資金方式」の合計3パターンを比較します。


シナリオ比較グラフ(3本)
年金月23万円・退職金2,000万円の60代夫婦「もう安泰」のはずが…老後破産を招く「定年後の選択」【シミュレーション】
「(1)運用しない」「(2)手元200万円だけ残して投資」「(3)ダム資金方式」比較グラフ

(2)と(3)の違いは、手元にいくら現金を残すかです。


「(3)ダム資金方式」とは、取り崩し予定額の数年分を先に現金でよけておく考え方です。ダムに水をためておけば、雨が降らない年も水を流せる、というイメージから、こう呼んでいます。


 今回のシミュレーションでは、今後5年間の取り崩し予定額を現金として確保しておく前提としています。リーマンショックのような大暴落が来ても、5年程度で回復することが多かったことから5年を目安としています。なお、この家計の場合、ダム資金は、65歳時点で692万円、その後も700万~900万円台で推移しました。


年金月23万円・退職金2,000万円の60代夫婦「もう安泰」のはずが…老後破産を招く「定年後の選択」【シミュレーション】
注:▲はマイナスを示す

(1)では前述の通り、87歳で資産が尽きてしまいますが、200万円しか預貯金に残さない(2)では95歳時点で5,619万円、ダム資金方式の(3)では3,736万円が残っていることになります。


シミュレーションの数字が教えてくれないこと

 ここで、本シミュレーション上で非常に大切なポイントがあります。上の表を見ると、(2)が(3)より1,883万円も有利です。ならば(2)を選ぶべき、と言いたくなりますが、そう単純な話ではありません。


 シミュレーションでは、あくまで値動きのない世界で計算しています。

投資資産が毎年きれいに5%ずつ増える前提であれば、現金を持つほど不利になるのは当たり前で、「現金を持たないほうがいい」という結論に見えてしまいます。


 しかし、現実には、資産価値が3割下がった年にも、生活費は同じだけ必要です。そのとき手元に200万円しかなければ、値下がりした資産を売って生活費をつくることになり、結果的に資産寿命を短くしてしまう可能性が高まります。


(3)は、その差額を「相場が落ち込んでも5年間は投資資産に手をつけずに済む」という安心と引き換えに払っている、と考えることができます。通常のライフプランシミュレーションで測れるのはリターンだけで、下落局面で自分がとる行動のリスクまでは測れません。


 数字を見た上で、数字に映らないものも考慮しながら判断していくことが、シミュレーションとの上手な付き合い方だと考えています。


お金は目的ではなく、使うためにある

 冒頭で家計調査報告の数字をご紹介しました。65~69歳の消費支出が最も多く、75歳以上で1割以上減る--この事実は、「定年後は節約しなければ」という思い込みとは逆を向いています。60代は、まだ元気に使える時期でもあるのです。


 今回の試算で(1)が87歳で行き詰まったのは、生活を切り詰めなかったからではありません。退職金を預貯金に置いたままにしていたからです。逆に言えば、置き方さえ整えておけば、60代の旅行や趣味を我慢する必要はなかった、ということになります。


 そこで、(3)のダム資金方式のまま、生活費だけを増やして計算し直してみるとどうなるでしょうか。95歳時点で2,000万円ほど残ればよい、という前提では、次のようになりました。


年金月23万円・退職金2,000万円の60代夫婦「もう安泰」のはずが…老後破産を招く「定年後の選択」【シミュレーション】
(3)のダム資金方式のまま、生活費だけを増やして計算し直した結果

 同じ「2,000万円を残す」でも、元気なうちに集中させれば、月当たりで倍近く増やすことができるという結果です。インフレ率や一定の介護費などは別途考慮が必要ですが、リタイア後の通常の生活費については、いつまでも一定と想定する必要性は低いと言えるのではないでしょうか。


 お金は目的ではなく、人生を豊かにするための手段です。リタイア後も比較的体力があり、しっかり使える時に使っていくという視点も大切だと考えています。そのためには、今後の収入と支出、そして長期的な見通しを立てていく、つまりライフプランシミュレーションがとても重要なのです。


 今回のモデルケースの計算は以下のリンクからご確認いただけます。このシミュレーションを基に、ぜひご自身の家計の数字に置き換えてみていただけたらと思います。


  • 運用しないケース
  • 手元に200万円だけ残して投資するケース
  • ダム資金方式(赤字ON・5年)
  • ダム資金方式(生活費を一生ずっと増やすケース:月+1万円)
  • ダム資金方式(生活費を60~74歳の15年間だけ増やすケース:月+約1.8万円)
  •  皆さまのファイナンシャル・ウェルビーイングの一助となれば幸いです。


    ※本記事のシミュレーション結果は、記載した前提条件の下での試算であり、将来の成果を保証するものではありません。投資にはリスクが伴いますので、ご自身のご判断と責任において行ってください。


    ※家計の数値は総務省「家計調査報告(家計収支編)2025年平均」に基づいています。


    【関連リンク】


    2026年8月19日発売「 50歳からのiDeCo 最短・最強の資産づくり 改正でトクできる!2027年最新版 」


    2025年4月30日発売「 増やしながらしっかり使う 60歳からの賢い『お金の回し方』 」


    10刷!続々重版「 新しいNISA かんたん最強のお金づくり 」


    著者・横田健一が監修した「 ファイナンシャル・ウェルビーイング検定 」が始まりました!


    (横田 健一)

    編集部おすすめ