風薫る五月晴れの日。青森空港の滑走路を西へ向けて離陸すると、すぐ目の前は黒石市内と津軽平野が広がります。
黒石市内と弘前市内を結ぶのは、弘南線です。黒石の街は弘前藩の支藩として栄えたものの、明治時代に開業した官設鉄道奥羽北線(現・JR奥羽本線)のルートから外れてしまいました。やがて、黒石には官設鉄道黒石軽便線(後の黒石線)が1912(大正元)年にいち早く到達。当初は弘前へ結ぶ予定でしたが、平川などを渡らずに五能線との分岐駅で知られる川部駅に接続しました。
とはいえ、黒石の人々にとっては、藩政の時代から繋がりの深い弘前への延伸が悲願でした。そこで地元有力者が中心となって、1927(昭和2)年に弘南弘前(現・弘前)~津軽尾上間を結ぶ弘南鉄道を開業させました。終戦後に電化し、1950(昭和25)年に弘南黒石(現・黒石)まで開業となりました。なお、黒石線は国鉄の赤字83線に含まれて弘南鉄道に譲渡されたものの、利用者増には至らず、1998(平成10)年に廃止されました。
もう1路線の大鰐線は、名湯の大鰐温泉へと足を延ばす路線で、弘南線が水田地帯を行くのに対して、大鰐線は弘前市郊外の街やリンゴ畑の中を行きます。
そのため、弘前電気鉄道は1970(昭和45)年に弘南鉄道へ吸収合併され、大鰐線と弘南線の2路線となったのです。そして2025年、弘南鉄道は大鰐線について、利用者数減少と経営環境により今後の運行継続が困難との判断を下し、休止とする旨を発表しました。2028年3月31日をもって運行を終了し、翌4月1日以降は休止となります。
弘南鉄道は奥羽本線を挟むかたちで2路線が線路を延ばしているものの、接続地点はありません。車両基地は弘南線が平賀駅、大鰐線が津軽大沢駅に併設されており、主力は元・東急電鉄の7000系電車2両編成です。また、アメリカ製の電気機関車2両、国鉄から譲渡されたキ100形ラッセル式除雪車2両がそれぞれの車両基地に配置され、厳しい冬に大活躍してきました。今や古豪のキ100形と電気機関車は、弘南鉄道のマスコット的存在となっています。
コロナ禍から生まれた幻想的な電車さて、弘南線と大鰐線は、地上では微妙な距離があって、一日に行ったり来たりするのは難しそうです。が、空からではあっという間の距離で、弘前駅と中央弘前駅の距離では1分もかかりません。
上空ならではの機動力の良さを活かし、青森空港から平川を越え、一気に大鰐線の石川駅付近へと出ます。その後は戻って弘南線の車両基地が併設されている平賀駅へ。さらに大鰐線へ戻って終点の大鰐駅を空撮し、車両基地のある津軽大沢駅へ。またもや弘南線へ戻り、途中で黒石行き電車を狙います。
文章で表すとピンと来ませんが、津軽平野を行ったり来たり、ジグザグに飛行します。両路線ともに日中は本数が限られるため、上空では効率良く巡りながら、初夏になりつつある弘南鉄道の沿線風景を捉えていきました。
水の張った田園地帯を弘南鉄道の電車がのんびりと走っていきます。まるで、厳しい冬が終わりを告げるかのような幻想的な光景でした。
ところで大鰐線では、りんごや金魚のねぷたで車内を装飾した編成を仕立て、夜間に車内照明を落とし、ねぷたの照明だけで走る「りんごねぷた列車」「金魚ねぷた列車」を、期間限定で走らせています。
きっかけは、2020年の新型コロナウイルス感染症の拡大でした。弘前ねぷたまつりが中止に追い込まれたときに、代替として「金魚ねぷた列車」が考案されました。
滅灯された車内では、吊るされたかわいらしい金魚ねぷたが淡く灯り、幻想的な空間を演出しています。
大鰐線はやがて運行休止となりますが、沿線の足として最後の活躍をしています。直近に運行する金魚ねぷた列車は、2026年7月4日から8月31日までで、土日祝および弘前ねぷたまつり期間中にライトアップ運行され、夜間は照明を落とし、金魚ねぷたの幻想的な車内空間が堪能できます。

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