連載第107回 
サッカー観戦7700試合超! 後藤健生の「来た、観た、蹴った」

 現場観戦7700試合を達成したベテランサッカージャーナリストの後藤健生氏が、豊富な取材経験からサッカーの歴史、文化、エピソードを綴ります。

 北中米大会でじつに14大会連続のW杯観戦になる後藤氏。

今回、アメリカ、メキシコ双方での試合を取材し、各国の雰囲気、サッカー熱を伝えます。

【ワールドカップ】アルゼンチン人はダラスに大集結 メキシコ人...の画像はこちら >>

【ダラスのアルゼンチンサポーター】

 メキシコ・モンテレイでのチュニジア戦を終えてから、僕は夜行バスに乗ってスウェーデン戦の行なわれるダラスに移動した。有名な(悪名高い?)リオ・グランデ川を越えてのアメリカ合衆国入りだったが、日本のパスポートを持っていればほぼノーチェック。受けたのは「動植物は持っていないか?」という質問だけだった。

 中米諸国のパスポートを持っていたら、越えるのは大変なのだろうが......。

 さて、モンテレイを夜中の2時50分に発ったバスは、14時間後の夕方6時にダラス市北部のバスターミナルに到着した(時差が1時間ある)。ターミナルからは電車に乗って都心に出て、そこからさらに市内バスに乗り換えて宿に向かったのだが、日曜日の夕方だったので都心部は人通りが少なかった。

 そんな閑散とした都心部では、多数のアルゼンチン人が歩いているのが目についた。

 アルゼンチンはここダラスで2試合(対オーストリア、対ヨルダン)を戦うので、大勢のアルゼンチン人が滞在しているのだ。

 ダラスのあるテキサス州はもともとスペイン領ヌエバ・エスパーニャ(現在のメキシコ)の一部で、19世紀半ばにアメリカに併合された土地だ。だから、ここには今でも多くの「ヒスパニック」と呼ばれるラテン・アメリカ系の人たちが住んでおり、スペイン語も広く使われている。

 だが、6月後半のダラスの街角で聞こえてきたのは、メキシコ訛りではなく、アルゼンチン訛りのスペイン語だった。

 こうして、ダラスに足を踏み入れてすぐに僕は"W杯らしさ"を感じることができたのである。

 スウェーデン戦前日にはテキサス名物のバーベキューを食べに行ったが、レストラン内には日本とスウェーデンのサポーターが詰めかけていた(もちろん、「肉好き」のアルゼンチン人の姿も......)。

 日本人の人数はスウェーデン人をはるかに凌駕していたが、それにしてもアルゼンチン人の数は多い。アルゼンチンの人口は日本の半分以下の約4600万人で、経済力としても日本ほど豊かでないはずだが、それでもW杯となるとこれだけの人数が集結してしまうのだから、本当にすごい。

 日本代表の森保一監督がよく「優勝するためには国民的なサポートが必要」といったことを語るが、W杯観戦をすべてに優先させてしまうアルゼンチン人たちを見ていると、その意味がよくわかる。

【アメリカのサッカー熱】

 ダラスという街にいて"W杯らしさ"を感じるのは、まさに街頭でアルゼンチン人や日本人サポーターと出会う時だろう。そして、それは地元ダラスの人たちにとっても同じなのではないだろうか。「ああ、大きな大会をやってるんだな」。ダラスの人たちは、そう思っているはずだ。

 アメリカでは32年前の1994年にもW杯が開催された。

 当時のアメリカではサッカーはマイナーな存在で、記者席で隣に座っていたアメリカ人記者から「ゴール前のあの四角(ペナルティーエリアのこと)は何なんだい?」と聞かれたことさえあった。だが、今ではアメリカでもメジャーリーグサッカー(MLS)が根づきはじめており、アメリカ人もサッカーをよく知っている。

 だが、アメリカ人にとって、サッカーはまだまだ数あるスポーツのひとつでしかない。

 アメリカン・フットボール、バスケットボール、ベースボール(野球)、アイスホッケーが4大スポーツで、サッカーは競技人口は多いが"観るスポーツ"としてはようやくアイスホッケーに追いつきかけているところである。

 今年のW杯の決勝が開催されるニューヨーク(スタジアムはハドソン川を越えたニュージャージー州側)では、W杯開幕の頃にはバスケットの最高峰NBAで地元のニューヨーク・ニックスが53年ぶりに優勝したニュース一色だった。

 32年前にW杯が開かれた当時と比べて、アメリカでもサッカーというスポーツは社会的な認知度が上がっている。だが、開催都市ではかなり関心が高いとしても、W杯で国を挙げて盛り上がっているというわけではない。

 それに対して、日本がチュニジアと戦ったメキシコのモンテレイの雰囲気はまったく違った。

【メキシコのサッカー愛】

 メキシコ人たちにとっては外国チーム同士の試合だというのに、どうしてあそこまで盛り上がれるのだろうか?

 試合当日は、昼間から日本のユニフォームを着ているメキシコ人を数多く見かけたが、試合が始まると「ハポン、ハポン」と声を出してサポートしてくれたし、日本のパスが通るたびに「オーレ」の声がかかった。

 メキシコ人の多くがもともと日本に対して親しみを持っており、工業化が進むモンテレイには進出している日本企業も多い。そんな背景があったうえに、日本代表が見せた美しいパス・サッカーも彼らの心をとらえたのだろう。

 メキシコのようなサッカーの伝統を持つ国(=サッカー国)では、一般の人たちでも結果だけではなく試合内容をしっかり見ている。「よいサッカー」を求める気持ちが強いのだ。その点で、守備的に戦うチュニジアよりも、パスをつないで攻める日本が彼らに認められたのだ。

 最初に書いたように、僕は深夜バスに乗って移動するため、チュニジア戦が終了してからすぐに地下鉄の「エクスポジシオン」駅に向かった。バスターミナルまで移動するためだ。

 駅が混み合っているかと思っていたが、実際にはスムーズに乗車できた。車内でも座って移動することができた。そして、駅構内でも、車内でも、メキシコ人たちはやはり「ハポン、ハポン」と盛り上がり続けていた。

 メキシコ人たちは本当にサッカーを愛していることがよくわかる。メキシコという国は、まさに世界有数のサッカー国なのだ。日本代表の快進撃に、日本国内もずいぶん盛り上がっていたと聞くが、「サッカー国」度としては日本はまだまだメキシコには遠く及ばない。

 なにしろ、メキシコは過去2度もW杯を開催し(1970年、1986年)、世界のサッカー史に残るペレ(ブラジル)とディエゴ・マラドーナ(アルゼンチン)が優勝トロフィーを掲げた、サッカーの神が祝福を与えた国なのだから......。

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