元U-15~U-17日本代表監督(2015年~2023年)
森山佳郎(現・ベガルタ仙台監督)インタビュー@中編
◆森山佳郎・前編>>「鈴木彩艶は17歳でA代表に招集しようと......」
北中米ワールドカップの日本代表には、育成年代の代表でプレーした選手が少なくない。久保建英(現・レアル・ソシエダ)もそのひとりだ。
「スペインで過ごしてきたからか、自分の意見をはっきりと主張できる選手でした。それが自分勝手なものにならないように、言動とかについて話したことはありますが、プレーについては何かを強制したりはしていません。プレーを決めつけてほしくなかったので、チャレンジをうながすような声がけを心がけました」
久保建英という選手の育成に関わるということは、日本サッカーの未来に直接的に関わることを意味する。その才能をしっかりと伸ばしていかなければ──というプレッシャーはなかったのだろうか。森山監督は「いや、それはなかったですね」とさらりと答えた。
「瀬古歩夢(当時・セレッソ大阪U-18/現・ル・アーヴル)、菅原由勢(当時・名古屋グランパスU-18/現・ブレーメン)、谷晃生(当時・ガンバ大阪ユース/現・FC町田ゼルビア)とか、一学年上に強烈なキャラクターの選手が揃っていましたから。
彼らもかなりの負けず嫌いで、『なんで建英ばっかり注目されるんだ』と言っていましたし、試合のハーフタイムとかでも言い合いをしていました。ただ、そういうなかでも久保はまったく臆することなく、先輩を呼び捨てにするぐらいバンバンやっていたので、彼について心配する必要はなかったですね」
スペインで揉まれた強いメンタリティを持ち、技術レベルも高い。ただ、育成年代では1歳の違いが身体の作りに表われる。
「中村敬斗(当時・三菱養和SCユース/現・スタッド・ランス)とか宮代大聖(当時・川崎フロンターレU-18/現・ラス・パルマス)は、FKでもすごいシュートを打てる。けれど、久保はそこまでの威力がなかった。
でも、FKは自分が蹴ろうとするので、中村や宮代には『お前たちが蹴ったほうがいい』と話したものです。でも、U-20ワールドカップの出場を争うアジア予選(AFC U-19選手権)の初戦で、久保が直接FKを決めたんですよ」
【4年後のワールドカップは29歳】
2019年6月には18歳5日で日本代表デビューを飾った。2021年の東京オリンピック、2022年のカタールワールドカップと国際舞台を重ね、今回の北中米ワールドカップでは攻撃の中心として期待された。
実際にオランダ戦では、中村の先制点をアシストしている。
「本当に彼がいれば。三笘(薫)選手もそうですけれど、彼らがいればというところはありましたね。ブラジル戦では攻撃の時間をなかなか作れなかった。ボールをしっかり落ち着かせる選手の選択肢が、特に後半の選手交代が必要になってきた時に少なかった。そこはやっぱり日本としての層の厚さが、まだまだ足りないところだと思うんです。
久保自身はホントに『チームの中心としてやってやる』という大会だったはず。なので、本人は無力感とか苦しさ、悔しさというよりも、『申し訳なかった』みたいな気持ちもあったのかもしれないです」
4年後のワールドカップは、29歳で迎える。
「今回感じた悔しさや無力感は、『次こそはやってやろう』という決意につながっていくでしょう。リベンジを期す彼の今後に期待したいですね」
久保の一学年上の菅原も、2017年のU-17ワールドカップのメンバーだ。
「彼はチームの立ち上げのU-15からU-17ワールドカップまで、すべての活動に参加した選手です。中学生年代から将来のビジョンを語ることができて、我々大人ともごく普通にコミュニケーションを図っていた数少ない選手でした。
かなり早い段階でヨーロッパのクラブへ移籍して、初日に一発芸をやったと聞きました。どこへ行っても明るくてオープンなメンタリティで、チームメイトの心をつかみますね。
今回のワールドカップまでの道のりでは、苦しい状況に直面したり、挫折を味わったりもしたと思うんです。けれど、そういう時でもしっかり自分と向き合って、ポジティブに努力していける。当時からそういう要素を備えていました」
【マルチタレントを右SBで起用】
森保一監督のもとでは、途中出場のカードとして起用されることが多かった。そして、チームメイトの誰もが彼の出場を喜んだ。オフ・ザ・ピッチでの菅原の貢献が、うかがえるトピックである。
「ワールドカップのような国際大会では、事前のキャンプを含めると長期間の活動になります。試合に出る選手がいれば、出場機会が限られる選手もいて、チームとしてもいつもうまくいくわけではない。
育成年代の菅原は、名古屋グランパスU-18の中心選手だった。CB、ボランチ、FWで起用されていた。
「U-17ワールドカップではCBの瀬古をケガで招集できなかったので、ラウンド16のイングランド戦ではCBをやってもらいました。チーム事情から左サイドバックで起用しても、うまくやってくれました。
その時々の試合の状況、対戦相手、ピッチコンディション、気候などのさまざまな要素を判断材料にして、自分のプレーを決断できる選手だったと思います。個人戦術がしっかりしていたのでしょう」
そのマルチタレントを、森山監督は右サイドバックで起用した。自身も右サイドバックだった指揮官の意図は?
「菅原は爆発的なスピードがあるわけではないですが、ビルドアップの落ち着きやキックの精度は、当時から非常に高かった。20~30メートルのクサビのパスを、グラウンダーでスパンと入れたり。
クロスに関しては、いわゆる放物線を描くようなクロスというよりも、アーリークロス気味にグラウンダーで速いボールを入れたり、ファーストライン(相手の守備の第1列)を抜けるようなかなり速いクロスや、セカンドライン(の味方)へ平行なパスを通したり──そういった選択肢を使い分けて、かなりいいボールをペナルティエリアに差し込むことができていました」
(つづく/文中敬称略)
◆森山佳郎・後編>>「U-17代表に選ばないでくれ!と言われたことも」
【profile】
森山佳郎(もりやま・よしろう)
1967年11月9日生まれ、熊本県熊本市出身。筑波大学から1991年にマツダ(現・サンフレッチェ広島)へ加入。球際に強いDFとしてJリーグ草創期の広島を支え、1994年のサントリーシリーズ優勝に貢献する。のちに横浜フリューゲルス、ジュビロ磐田、ベルマーレ平塚(現・湘南ベルマーレ)でプレーし、2000年に引退。

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