「仕事で行けないならば、プライベートで行くしかない」三谷紬アナ人生最大の夢・W杯への思い
「仕事で行けないならば、プライベートで行くしかない」三谷紬アナ人生最大の夢・W杯への思い

テレビ朝日アナウンサーの三谷紬さんは「仕事でワールドカップに行くこと」を人生最大の夢に掲げ、4年間プライベートを犠牲にして準備を続けてきたという。しかし2026年、テレビ朝日にはW杯中継がなかった——。

夢を諦めきれない彼女はプライベートで現地に行くことになった。メキシコでの感動、そして新たなる決意とは。

三谷紬アナ、人生最大の目標

「仕事でワールドカップに行くこと」

これが私の人生最大の夢であり目標です。アナウンサーになったのも夢の実現のためです。

物心がついた頃にはサッカーが好きで、サッカーに突き動かされ続けている人生です。

振り返ること4年前、2022年のカタールワールドカップでは現地に行く夢は叶わなかったけれど、64試合中30試合ほど東京のスタジオから中継に参加しました。

こんなにも幸せな寝不足はこれまでなかった…。毎日試合があって、その勉強と試合チェックと、大好きなサッカーにどっぷり漬かった1ヶ月間でした。

カタールワールドカップを経験するまではなんとなく30歳くらいで結婚したいなぁなんて思っていましたが、アルゼンチンVSフランスの決勝戦を見て何ものにも代え難い高揚感を覚えました。

「次のワールドカップで、日本は優勝を目指す。その現場に立ち会いたい」

その思いが一気に強くなり、次の大会を目指すことを決意しました。

選手みたいな言い方をしてごめんなさい(笑)。

テレビ朝日でW杯中継がないという現実

4年前「絶対に北中米W杯の現地から中継を担当したい」そう誓ってから取材・勉強を続け、迎えた2026年。自分なりにプライベートよりも仕事を優先してきた日々でした。

テレビ朝日にワールドカップの中継はありませんでした。

「こんなことがあるんだ…人生って簡単じゃない…」

私は32歳になりました。

どうしてこうなってしまったのか。引き寄せられなかった自分に大きな原因があると思っています。

この4年間、もっとできることがあった。自分自身の力のなさに嫌気が差します。

けれど決して無駄ではなかったと確信していますし、結婚しなかったことも(はたまたできなかったのかもしれませんが…)後悔はありません。

ワールドカップへの道はそんなに簡単ではない。

選手と同じ想いでここまできたつもりでしたが、私はまだまだ甘かったのだと思います。

それでもこのままでは終われないのが私。ここで諦めては、この4年の自分に申し訳が立たなすぎるではないか。

「仕事で行けないならば、プライベートで行くしかない」

そう思った瞬間に、チケットの抽選に応募し、航空券とホテルを手配。

仕事のスケジュールを見てチュニジア戦に行くことを決めました。

この時、直感で動いてしまったので職場には全く相談せず…。

すると運が味方してくれてチケットは当選。メキシコ行きが正式に決まりました。こうなったら休みを取らなくてはならないため、上司に相談したところ、無事に休みをもらえることに。

ワールドカップ行きに向けて順調に進んでいるかと思いきや……

休み期間中に担当しているサッカー番組・『ラブ‼︎Jリーグ』の収録があることが判明。

MCのEXIT・りんたろー。さん、霜降り明星・せいやさん、そして番組スタッフに事情を伝えると「俺たちの分も応援してきてくれ!!」と送り出してくれました‼︎泣

(番組スタッフと相談した結果、現地入りしているスタッフと合流し、少しだけロケをしました。その様子はぜひ番組でご覧いただけたら嬉しいです。)

このようになんとかメキシコ行きが整いました。

「ハポン! ハポン!」

気合い十分の私はユニフォームを着用して飛行機に搭乗。

機内には、同じ思いを胸に異国の地へ向かう日本サポーターがたくさんいました。

その光景を目にした瞬間、「いよいよ決戦の地へ向かうんだ」という実感が湧いてきます。

奇跡的に飛行機の大きな遅延もなく現地時間6月20日試合当日、モンテレイに到着。

空港ではメキシコのボランティアスタッフが「WELCOME! JAPAN!」と言いながら明るく迎えてくれました。

その後、ニューヨーク在住の親友夫婦と合流し、スタジアムに向かいました。

これまで何度も日本代表の試合を見てきました。アジア最終予選の修羅場も、強豪国相手の試合でスタジアムが揺れるような熱狂も、何度も。

それでもモンテレイスタジアム(エスタディオBBVA)のピッチが目に飛び込んできた瞬間、今までにない感覚に鳥肌が立ちました。

雰囲気が根本から違う。

最終予選にも「負けたらワールドカップ出場を逃すかもしれない」という切迫感から生まれる独特な緊張感があります。

しかしワールドカップのそれは、もっと重層的でした。

世界中から集まった人々の4年分の想いが、一つのスタジアムに凝縮されたような、圧倒的な質量を持った高揚感と緊張感が、同時に押し寄せてくる感覚。スタジアムに足を踏み入れた瞬間の、体が震えて、どう呼吸をしたら良いのかわからなくなった数秒間のことは、一生忘れないと思います。

スタンドを見渡すと、青いユニフォームがあちらこちらに見えます。

メキシコ人のファミリーが、若者のグループが、サムライブルーに身を包んでスタジアムに詰めかけていました。

話を聞いたメキシコ人サポーターは日本のアニメと共に育ったと言います。『ドラゴンボール』『ナルト』…と次々に日本のアニメを挙げながら「日本を好きにならない理由がないよ! メキシコ人は日本が大好きなんだ! 全力で日本の応援をするに決まっているさ!」と言ってくれました。

この胸が熱くなった感情はテレビ越しでは絶対にわからないことでした。

両チームの選手たちがピッチに入場し、国歌斉唱が始まりました。

いよいよ試合が始まる。

日本の国歌・『君が代』が流れた瞬間、ここまでの4年間のこと、仕事で来られなかったこと、それでも今ここに立っていること、夢にまで見たワールドカップの舞台で日本代表を応援できる喜びが一気に込み上げ、涙が止まりませんでした。

そして迎えたキックオフ。

スタジアムのどこからともなく声が上がり始めました。

「ハポン! ハポン!」

スペイン語で「日本」を意味するその言葉が、メキシコ人サポーターの間から自然発生的に広がっていったのです。

一角から火がついて、隣へ、また隣へ。気づけばスタジアム全体がその波に包まれていました。

日本人サポーターが先導したわけではありません。

メキシコの人たちが、自分たちの意志で日本を後押ししてくれていました。

試合は開始早々から動きました。

前半4分、右サイドから素早く逆サイドへ展開し、パスを受けて突破した中村敬斗選手がゴールライン付近から中央へ折り返すと、走り込んだ鎌田大地選手が巧みな左足バックヒールでネットを揺らします。

ワールドカップの舞台で日本のゴールが見られた! また目に涙が溜まります。

続けて前半31分、ペナルティーエリア際でボールを収めた上田綺世選手が、強烈なミドルシュート!

ゴール左下に突き刺さるようなゴラッソ! 上田選手念願のワールドカップ初ゴールです。

大きな歓声が渦を巻きます。

後半に入っても、日本は主導権を譲らず、危なげない試合運びで、着実にゲームを支配。

後半24分。上田綺世選手の鋭いスルーパスに反応した伊東純也選手が1対1を突破し、冷静に流し込んで3点目。

日本の勝利を確信しました。

畳み掛けるようにスタジアム全体からはち切れんばかりの日本コールが沸き起こります。

メキシコ・モンテレイにいるはずなのに、まるで日本のホームスタジアムにいるように錯覚します。

異国の地で、見知らぬ人たちと同じ方向を向いている。そこに国籍は関係ありません。

これこそが、ワールドカップなのか。

その雰囲気にまた鳥肌が立ちました。

後半38分、右ポケットから佐野海舟選手がクロスを送ると、上田綺世選手がヘディングで合わせて4点目。日本代表が4得点以上を挙げて勝利するのはワールドカップでは初めてのことでした。

試合は4対0で終了。

この上ない最高の試合を現地で観戦することができました。インテンシティの高い試合運び、ワンチームとなり「勝ち」にこだわる姿勢。全てに胸を打たれ、ここから先も日本代表の快進撃は続くに違いない! と自信を持ち、日本人であることに胸を張ってスタジアムを後にしました。

「日本は4点取った上に無失点だったんだろ?これをあげるよ」「サービスしてあげる」と街の至る所で共に戦ってくれたメキシコ人たちが最大限の祝福をしてくれました。

現地に行かないとわからないことがたくさんありました。サッカーがさらに好きになりました。

メキシコ開催のワールドカップに来られて本当に良かった。

心の底からそう思いました。

私の夢も続く

日本はその勢いのままグループステージを突破。

決勝トーナメント1回戦、ベスト16進出を懸けた相手は、5度のワールドカップ優勝を誇るブラジルでした。

私はその日の朝からソワソワしていました。気持ちが溢れ、ユニフォームを着て出社。心なしか応援モードに入っていて、声も大きくなり、目にも力が入っていたような気がします。

そして迎えたキックオフ。深夜2時。日本中がヒューストンに向けて想いを届けます。

試合は前半からブラジルのペース。しかし日本はコンパクトな守備を敷き、連動した素早いプレスと相手に「考える時間」を与えない切り替えの速さを見せ、ブラジルに思うようなプレーをさせませんでした。

そして試合は動きます。前半29分。

佐野海舟選手がボールを奪うと、ドリブルでペナルティーエリア手前まで持ち込み、そのまま右足で糸を通すようなシュート!

日本先制!(涙)

王者ブラジル相手に先に点を取ったのは日本!

深夜3時前にも関わらず、自宅マンションが揺れたように感じました。外を見ると明かりの消えている家の方が少ない。

「日本はブラジルに勝つ」多くの日本人がそう願っていたのではないでしょうか。

日本は質の高い守備を続け、1対0のまま後半へ。

しかし王者は黙っていませんでした。後半開始からブラジルのキーマンであるヴィニシウス選手のポジをサイドへ変更。

ピッチを広く使い、サイドから次々とクロスを送り込んできます。

日本のコンパクトな守備が、少しずつ揺さぶられていきました…それでも日本は、運動量を落とさず、懸命に守り続けます。

こんなにも時間の進みが遅く感じる試合はこれまで経験したことがありませんでした。後半に入って何度時計を見たことか。我慢の時間が続きます。

迎えた後半11分。カゼミーロ選手のヘディングシュートが決まり、同点に追いつかれます。

そこからのブラジルは「王者の強さ」を見せつけてきます。

「このままでは終われない」という矜持が後半の彼らを突き動かしていたように感じます。

そのブラジル相手に日本も、負けない力強さで、体を張った守備を続けます。

そのまま試合はアディショナルタイムに突入。90分間祈り続けた私の手からは汗が垂れるほど力が入っていました。

延長戦突入まであと1分。1秒ずつ時計が進んでいくことが嬉しかった。

しかしその瞬間は突然訪れます。猛攻を仕掛け続けていたブラジル。

マルティネッリ選手が走ったかと思えば、ギマランイス選手から鋭いスルーパスを受け、冷静にシュート。無情にもそのボールはゴールネットを揺らしました。

ブラジルが勝ち越してから残り時間はあとどれくらいあったでしょうか。日本の選手たちは諦めることなく切り替えて、すぐにブラジルゴールに向かっていきます。

「絶対に大丈夫。日本なら追いつける」

つい先ほどまでは「早く時計が進んでくれ!」と願っていたのに、今度は「時計よ、止まれ!」と願います。

しかし願いは届かず、試合終了。

1対2。日本はブラジルに負けました。決勝トーナメント敗退。

悔し過ぎて眠れなかった。

これまで取材してきたからこそ、選手たちの賭ける想いが手に取るようにわかります。日本のワールドカップの目標は「優勝」、私も本気でそれが叶うと信じていました。積み重ねてきた努力も、経験も、それだけのものがあるからです。

数字だけ見れば、「敗戦」です。それでも私は、この試合を“敗北”と呼ぶ気にはどうしてもなれません。

試合終了の瞬間、ブラジルの選手たちは心の底から安堵したように喜びを爆発させていました。それは、「普通に勝った」試合ではなかったからです。

過去5回、W杯で優勝を経験しているブラジルが、アディショナルタイムまでもつれ込まなければ決着をつけられなかった。

日本は、そのブラジルを「本気」にさせた。

それは日本が脅威であったことの何よりの証明であり、日本の成長の証だと思います。

日本サッカーの歴史を振り返れば、その凄みがより鮮明になります。

ワールドカップへの出場すら夢だった時代から、グループステージ突破を目標にした時代を経て、今日本はワールドカップ「優勝」を目標に掲げ、世界王者・ブラジルをあと一歩まで追い詰めることができた。

日本サッカーの「当たり前」の水準が、また一つ引き上げられたのです。敗れても、前進している。それを確信できた試合でした。

翌日。

多くの選手たちは、すでに4年後を見据えていました。4年後、新しい景色を見るためには何が必要なのか。その道筋は見えました。

私もその景色を見たい。

これからもサッカー日本代表と共に歩んでいきたい。

ここから先の4年間も、今回『仕事』で行けなかった悔しさ、そして現地で味わった感覚を忘れずに選手以上に質の高い準備をする以外、私に選択肢はありません。

臥薪嘗胆。

今度こそ「仕事」で、次のワールドカップを目指して!

私の夢は続きます。

また選手みたいなことを言ってごめんなさい(笑)。

文/三谷紬

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