【石原裕次郎の命日】「税金がガッポリきた」裕次郎の一言から生まれた代表曲『夜霧よ今夜も有難う』知られざるゴルフ場での出会いとは
【石原裕次郎の命日】「税金がガッポリきた」裕次郎の一言から生まれた代表曲『夜霧よ今夜も有難う』知られざるゴルフ場での出会いとは

わずか52歳の若さでこの世を去ってしまった石原裕次郎さん。石原プロモーションの創立者で、昭和を代表する俳優だ。

代表曲としても知られる『夜霧よ今夜も有難う』は1966年に訪れたゴルフ場での偶然の出会いから生まれたという。作詞家、浜口庫之助の手記から当時のエピソードを懐かしむ

税金対策で生まれた?『夜霧よ今夜も有難う』

1966年山中湖畔のゴルフ場で、作曲家の浜口庫之助が石原裕次郎と会ったのは、まったく偶然のことだった。

浜口はその日、山梨県警の本部長と公正取引委員会の知人と3人でプレイしていた。甲府の「青少年を育む会」の歌を作ってほしいということで、東京から出かけてきたのである。

その時、リハビリのためにキャディと2人だけでホールをまわっていた裕次郎に気づいて、浜口が声をかけたことから一緒にプレイすることになった。

「リサイタルのために曲を作ってほしい」と裕次郎から頼まれたのは、ゴルフの後で一杯やりながら話し合っている時だった。裕次郎は翌年5月からリサイタルで全国をまわる予定になっていた。

「先生、何か良い曲を書いてくれませんか。税金がガッポリきたんで、それを払うために全国を歌って歩くことにしたんです。お願いします」

「そりゃ大変だなあ。僕でよかったら、やってみよう」

そう言って別れた浜口は、東京へ帰るとすぐに曲作りに入った。

構想とタイトルができた時点で裕次郎に話してみると、とても喜んでもらえたので、ほとんど時間をかけずに『夜霧よ今夜も有難う』『粋な別れ』の2曲が出来上がった。

裕次郎はテイチクの新橋スタジオに取材記者を呼んで、浜口にその2曲を歌ってもらうことにした。

そして浜口がピアノでこの曲を聴かせた時、裕次郎は目に涙をためていたという。

あの二曲は、当時僕の見た裕次郎映画の、どこかのシーンから想像して作ったものだ。裏町の飲み屋を舞台に、レインコートの襟を立てて登場する裕次郎を描写した。その裕次郎は、もういない。(浜口庫之助)

浜口はかつての裕次郎映画から新しい歌を産んだが、その歌からまた新しい映画が生まれることになった。映画化に相応しい楽曲が誕生したことで、それを主題歌にした映画が企画されたのだ。

「ぼくたちは1500回の昼と夜を取り戻したんだ」

『夜霧よ今夜も有難う』(1967年3月11日公開)と『波止場の鷹』(同年8月12日公開)は、ヒロインに浅丘ルリ子を迎えた大人のラブ・ストーリー。

特に前者は日活ムードアクションの代表作のひとつになった。

物語の骨格は、ハンフリー・ボガートとイングリッド・バーグマンが主演したアメリカ映画、名作『カサブランカ』(1942年)をもとにしている。

第2次世界大戦下のモロッコを舞台にした『カサブランカ』は、フランスを占領したナチスに対するレジスタンスが時代背景としてあった。

それを『夜霧よ今夜も有難う』では、ベトナム戦争に反対する運動が盛んだった当時の状況から、元船員で横浜のクラブを経営する主人公の裕次郎が、海外への逃亡に手を貸す“逃がし屋”という設定にした。

祖国への帰国を依頼する東南アジアの革命家が、日本人の妻と連れ立ってやって来る。

その妻は、かつて徹(裕次郎)の婚約者だったにもかかわらず、4年前に突然、消息を絶って姿を消したままになっていた秋子(浅丘ルリ子)だった。

裕次郎が再会した浅丘ルリ子に向かって、「一体何をしていたんだ。4年だぞ、4年」と問いかけるシーンが出てくる。それに対して、「1500回朝を迎え、1500回昼を迎え、1500回夜を迎えたわ」と、浅丘ルリ子は冷静に答える。

女優生活60年を記念して出版した著書『女優 浅丘ルリ子 咲きつづける』で、彼女はそのセリフもふくめて、映画についてこんな感想を述べている。

「現実にはありえないような、キザなセリフがいっぱいちりばめられていて、それがとっても素敵でした」

再会時の台詞を受けて、裕次郎は最後の別れの際に、こう言い放つのである。

「ぼくたちは1500回の昼と夜を取り戻したんだ」

主題歌「夜霧よ今夜も有難う」は、1967年2月に発売されたレコード(B面は「粋な別れ」)がヒット曲になったばかりか、日本の映画史に残る切なくもロマンチックな裕次郎映画を生んだ。

そして裕次郎のチェット・ベイカーを彷彿とさせる甘い歌声とともに愛され続けて、日本の音楽史に残るスタンダード・ソングになった。

人間の一生には、花の部分と、実の部分と、幹と根とがあるように思う。子どもは、みんな種で、どんぐりだ。学生時代は小さな木だ。この辺から花をチラチラ咲かせる連中が出てくる。

裕次郎は、そのころに花を咲かせ、そのあとずうっと花として生きて、一生を終わったのだ。(浜口庫之助)

文/佐藤剛、TAP the POP

引用
浜口庫之助『ハマクラの音楽いろいろ』(リットーミュージック)

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