「甲子園のアイドル」と聞いて誰を思い出すだろうか?

“甲子園の怪物”なら江川卓や、清原和博と桑田真澄のKKコンビ、松井秀喜、松坂大輔といったプロ野球でも一流選手の名前が挙がる。
これが“甲子園のアイドル”となると、斎藤佑樹、荒木大輔、オールドファンには懐かしい定岡正二や太田幸司らになると思う。


いつの時代もアイドルに求められるのは「凄さや強さ」より「儚さと切なさ」である。高校野球では、ドアップで映る時間の長い投手が人気の高い傾向にあるが、野手のアイドル球児と言えば、今回取り上げる上宮高校の元木大介だろう。

89年春の選抜の決勝戦では、自チームのサヨナラエラーという残酷な幕切れにグラウンド上で号泣する悲運のヒーロー元木。甲子園通算6本塁打は、清原の13本に次いで桑田と並んで歴代2位タイ。それでいて色白のイケメン。まさに人気と実力、強さと儚さを兼ね備えたアマ球界No.1内野手だった。

そんな逸材をプロが放っておくはずもなく、元木本人も小学生のときにサインを貰った王貞治への憧れもあり、巨人行きを希望。すでに30代に突入していた原辰徳を継承するスター候補生として相思相愛かに思われた。

巨人志望も……ハワイの浪人生活へ


だが、この89年ドラフトは野茂英雄や佐々木主浩が顔を揃えた歴史的な豊作年。巨人は早くから六大学の三冠王スラッガー大森剛(慶大)を囲い込んでいると噂だったが、元木の甲子園での大活躍と実質的な巨人逆指名に球団内部も揺れる。
一時は読売新聞と太いパイプを持つ東京ガスへ大森を入れるとんでもない秘策もあったが、最後は1位大森で決着。夢破れた元木はダイエーホークスの外れ1位指名を受けるも、これを拒否してハワイに渡り浪人生活へ。

ちなみにハワイでは満足な練習環境もなく、テレビの『大相撲ダイジェスト』日本語放送を観ることが唯一の楽しみというハードな日々。
間が悪いことに、ドラフト前「オレの方が上」的なビッグマウス発言をしていた大森も悪役となり、さらに元木もマスコミに追い回され大きな心の傷を負う。
この騒動の様子は『ドラフト』というビデオ映画化もされているので、興味のある方はぜひそちらも確認してほしい。

清原和博からの祝福


翌年、無事ドラフト1位で巨人に指名された元木はハワイから戻ると、大阪で知人を介して「カズヒロと飯を食うぞ」と誘われる。カズヒロって誰やねん? と思ったらなんと店に来たのは、当時すでに球界を代表する若きスーパースター清原和博だ。
この時「ジャイアンツに決まって良かったな~。うらやましいわ~」と祝福を受けたという。

のちに巨人で同じユニフォームを着てキャンプは同室になった2人だったが、意外にも週刊誌で「清原軍団」と派閥のように書かれるので、清原もあえてプライベートでは誘わず、行動をともにすることはなかったという。


プロ入り後のモデルチェンジ


そんな甲子園のアイドルにも、さすがに1年のブランクはキツかった。プロのサイズとスピードに戸惑いながらも、1軍初出場は2年目の開幕直後、なんと因縁の大森の代走である。
長距離砲への夢を捨て、先輩の2番ショート川相昌弘を参考にモデルチェンジ。チャンスに強い打撃とどこでも守れる内野の便利屋、忘れた頃の隠し球、さらに夜はチームの宴会部長として次第に出番を増やしていく。
西武から清原がFA移籍してくると「落合さんからやっと解放されたと思ったら、今度はこのおっさんや」と憎まれ口を叩きつつチームに溶け込めるよう、しっかりフォローする男気もチラ見せ。

この頃の巨人は長嶋政権の大型補強時代。96年から3年連続でマント、ルイス、ダンカンと次から次へと助っ人三塁手補強。
さすがの元木もこれにはヘコむも、ことごとくハズレ助っ人というなんだかよく分からない強運ぶりも発揮して、97年からは6年連続100試合以上出場とその地位を確立する。

98年、99年にはオールスターファン投票選出。キャリアハイは98年の打率.297、9本、55打点。この年の得点圏打率.398はリーグトップの勝負強さだった。ある意味、3割到達や二桁本塁打が一度もないのも元木らしい。

長嶋監督が高級腕時計をプレゼント


長嶋監督からも“クセ者”と重宝され、直接「みんなに言うなよ。
ひがむから」と300万円もするフランク・ミュラーの高級腕時計をサプライズでプレゼントされたという。俺も欲しい……じゃなくて、この件は「当時の巨人選手でミスターから高級腕時計をもらったのは大介だけ」と関係者の度肝を抜いた。
軽いけどどこか憎めないキャラの元木は、05年限りで33歳の早すぎる現役引退。オリックスの仰木監督からの誘いもあったが、入団経緯もあり巨人一筋で選手生活に別れを告げた。

最後は巨人時代のチームメイト落合博満のこんな元木評で終わりにしよう。
「巨人で一番素質があるバッターは元木。
松井以上かもしれない。でもあいつは本当に練習しないんだ」



(参考文献)
『元木大介の1分で読めるプロ野球テッパン話88』(元木大介/ワニブックス)
『Number764 プロ野球ドラフト秘話』(文藝春秋)