そんな疑問を解決してくれそうな展覧会が開催中だ。現在、東京・原宿の太田記念美術館で行われている『江戸の女装と男装』展では、江戸時代にあった女装や男装に焦点を当て、82点の作品を(※3月15日に一部展示替えあり)展示している。同館の主幹学芸員で展覧会の企画をした渡邉晃さんに、浮世絵に描かれた男装や女装の人物について見分け方を教わりたいと思う。

祭礼で見られる男装・女装
――まず女装や男装の人物を見つけるには浮世絵のどこを見たらいいか、ポイントを教えてください。
渡邉「異性装の人物であるかどうかは、髪型や服装などを見て判断するといいと思います。そもそも浮世絵にある人物は、男性か女性かの見分けをつけるのも難しいですよね。絵師の作風によっても分かりやすさに違いはあるとは思いますが」
――そうなんです。前髪を剃る前の若い男性を女性と勘違いしたぐらいですから…。
渡邉「男性は成人すると前髪を剃り落とすのですが、その部分を月代(さかやき)と言います」
――まげの結い方にも男女の違いが見られるということですね。今展では祭事や歌舞伎、小説に登場する人物など、テーマごとに展示されているということですが、吉原の芸者が男装しているという『手古舞(てこまい)』とはどういったものでしょうか?

渡邉「前髪が剃られていないですし、顔立ちを見ても女性と分かりやすいでしょうか。
ちなみに人物の近くに『くま』『ちせ』などと書かれていますが、これは芸者さんの名前です。当時の吉原のガイドブック的な冊子『吉原細見』にも、同じ名前が出てくるんですよ」
――浮世絵に書かれたこの文字は名前だったんですね…! ただ、これは素人目で見てもすぐに女性だと分かります。逆に男装していることに気づかないかもしれません。

渡邉さんによると、俄(にわか)という祭りや、江戸の三大祭である神田祭や山王祭にも男装をする風習があったそうだ。出し物の一つとして芸者たちは男装をし、祭礼を盛り上げたという。
渡邉「神田祭や山王祭には附祭(つけまつり)という出し物があり、その山車の行列の間に、男装をした芸者の姿を見ることができます。この二つの祭は天下祭ともいって、江戸城から将軍が上覧していました。これは将軍様のお墨付きをもらっているようなもので、庶民の異性装が認められているというのは面白いですよね」
――祭事の異性装に、女装の例はないのでしょうか?

※『江戸の女装と男装』(青幻舎)掲載作品。「江戸の女装と男装」展での出品はありません
渡邉「男性が女性の島田まげのカツラを被るお札撒きというお祭があります。
――これは見事な青ひげですねえ。
江戸の歌舞伎の女形は女性と同様に思われていた?

渡邊「これは歌舞伎役者を描いたもので、5人のうち2人は女形です」
――この2人は女性にしか見えません。役者絵だと分かれば、女性の格好をした男性だと気づけそうですが…。ただ、江戸時代には女性が歌舞伎の舞台に立っていた時代もありましたよね。役者絵というだけで女形が女装だと分かるものでしょうか?
渡邉「歌舞伎は、江戸幕府が開かれた頃に出雲の阿国という女性が始めたといわれています。そもそもは男女混合で演じられていました。風紀が乱れるということで女性の歌舞伎が禁止になり、そこで若衆という前髪を剃っていない若い男性の若衆歌舞伎が人気を博します。江戸時代には男色の文化があり、若衆・歌舞伎の役者は売春もしていました。そのため若衆歌舞伎も禁止になり、歌舞伎は成人した男性が演じる野郎歌舞伎が中心になります。役者絵は野郎歌舞伎の誕生より後に生まれたものなので、役者絵に女性の格好している人物がいれば、それは女形と判断していいですよ」
――なるほど…。他に女装を見分けるポイントはありませんか?
渡邉「役者絵は似顔絵になっているため、男性的な骨格や役者の顔の特徴に注目すると、女装をしている人物であると分かると思います」
――浮世絵にはあまり似顔絵はないものなんでしょうか?
渡邉「似せて描くのは役者絵と相撲絵ぐらいですね。先ほどの手古舞の芸者を描いた絵を見直すと、みんな似たような顔をしているでしょう」
――あ、どの女性も同じ顔をしていますね。
女装のスペシャリスト、歌舞伎の女形の女装を見分ける
――役者絵の女形を、服装や格好で見分ける方法はないでしょうか?
渡邉「例えば、陰間(かげま)という主に男性相手に色を売る若い男性が描かれた浮世絵があります。陰間には、役者修行中の若い男性が多く、舞台に出ながら客を取る人や、男娼が専門の人もいたようです。『若衆三幅対』にある3人のうち、真ん中の人物は陰間です。編み傘を手で支えていますね。陰間はお客さんとデートをする時に、髪型が崩れないように編み傘をかぶり手で押さえたといいます。ですから、この人は女性のように見えますが男性だと分かります」

――ポーズから男性だと分かるんですね…!
渡邉「右にいる人物の頭部に一部、白抜きの部分がありますね。これは髪を剃った月代です」
――これは浮世絵の刷り損じかと…。意図的に白くしたものでしたか。
渡邉「後にカツラをかぶる習慣も出てくるのですが、女形は頭巾をかぶったり、布で月代隠すようにしている姿を描いたものもあります」
――それにしても、舞台に立つこともあって女形の服装はどれも華やかです。
渡邉「女形は、江戸の女性たちにファッションやメイクを真似される存在でもあったんです」
――ファッションリーダーだったんですね。
異性装を題材にした理由は
――展示を見ていると、江戸時代にさまざまな異性装の文化があったことが分かります。
渡邉「当時もトランスジェンダーと思われる方はいて、男性が女装をしながら男性と夫婦のように暮らしていた記録もあります。一方で、男装して盗みをした女性が通常よりも厳しく罰せられた記述も残っています。今回の展示からも分かるように、異性装は祭事や芸能など非日常の空間で登場している例が多く、庶民生活の中での異性装について江戸の人たちがおおらかだったとは必ずしも言えないかもしれません」
――ユニークな趣向の展覧会だと思いますが、このようなテーマで開催した理由は?
渡邉「当館ではこれまでも悪人を描いた浮世絵を集めた『江戸の悪』展を開催するなど、現代に通じる世界観やテーマを題材にすることで、今の人にも浮世絵につながりを見出していただけるような企画展示を行なっています。近年、渋谷区で条例が出されるなど、LGBTへの関心が集まっている流れがあり、歌舞伎の女型など異性装の人物が描かれた浮世絵が数多くあることから、今回テーマに設けました」
――確かに気になるテーマかもしれません。最後に、これから来場する方に今展で感じて欲しいことを教えてください。
渡邉「トランスジェンダーの社会・文化史の研究者である三橋順子さんも、著書の中で、江戸時代の異性装の文化がこれほど豊かな国は世界でも例がないことを指摘していますが、江戸時代にはいろいろな男装、女装の風習や文化があります。女装や男装をする側が楽しみ、芝居の観客らもそれを楽しんでいます。日本人の文化の源流を浮世絵から感じていただければと思います」
異性装という観点から、江戸の華やかな芸能や文化の潮流を感じられる『江戸の女装と男装』展。開催は3月25日までとなっている。簡単には気づけない異性装の人物を見破り、一歩踏み込んだ鑑賞を楽しんでほしい。
(石水典子)