遅刻癖のある人、あなたの周囲にも何人かいるだろう。彼らは「バスが遅れて……」「電車を1本乗り過ごしちゃって……」といった言い訳に慣れている。

しかし心の中では、さらに深い言い訳をしていることがある。いわば、遅刻の正当化。遅刻魔たちが、胸の内でどのような理屈で遅刻を正当化しているのか、赤裸々な本音を聞いてみた。(取材・文/フリーライター 武藤弘樹)

反省しない遅刻魔たちの
本当の本音を聞いてみたい

 遅刻癖というものはなかなか直らない。かく言う筆者にも長いこと遅刻癖があり、遅刻のせいで留年したり、友人を逆上させたり交際相手を泣かせたりしたものである。

 かつて遅刻魔であった経験から遅刻癖のある人をいまいち憎む気にはなれず、ともすれば擁護する立場に回ってしまうのだが、彼ら(とかつての私)に対していささか厳しい目を投げかけるなら、遅刻する人というのはどこかに他人への“甘え”があると思われる。

 そして、他人への甘えがあるということは自分にも甘いということであり、自己正当化する余力も残されているわけで、対人関係において非でしかあり得ない“遅刻”をしたとしても、遅刻魔にとって自己弁護は余裕で可能なのである。

 とはいえ、遅刻した人は多かれ少なかれ(その瞬間だけでも)罪悪感を芽生えさせている。加えて「言い訳」で自己弁護するのは、厚顔無恥であることは一応わかっている。

 だから表向き言い訳を言わず、心の中では(こっちにはこっちの理由がある)と悪態をついていることがあるわけなのだが、しかしその自己弁護が聞けたとしたらどうか。「ちょっと昨日遅かったから眠くてー」といった浅い言い訳ではない、本気の“遅刻の自己弁護”とはどのようなものになるのか。おそらく第三者から見ると甚だ身勝手で興味深いものになるはずだ。

 本稿の狙いは、遅刻魔数名に話を聞き、人間の厚かましさ、その限界に挑戦した言い訳をヒアリングすることである。

いつもは気配り上手なのに
遅刻癖だけは治らない、なぜ?

 まずはAさん(34歳女性)から。Aさんは仕事では遅刻しないが友人との待ち合わせになると10~30分の遅刻をする。集まりが3名以上になると遅刻する確率はさらに高まり、周りも承知しているので15分ばかり遅れていくとちょうどいいあんばいになる。たまに2度、3度と続けて遅刻しないことがあり「ついに改めたのかな」と思ってこちらも約束の時間に着くようにするとドカンと1時間くらいの遅刻をしてくる。なかなか翻弄してくる小悪魔系女子である。

 Aさんが遅刻の連絡をする際によく添えられる定型文があり、それは「電車が遅延していて~」というものである。連絡を受けた方は「そうか電車の遅延なら仕方ない」と素直に受け取り、山手線のダイヤが若干乱れただけで電車は5分に1本走っているようであることについては考えないようにしている。

 なぜAさんは遅刻をするのか?そのことについてはどのように考えているのか?

「いや~本当に申し訳ない。なんでだろうね……なんか、しちゃうんですよね」(Aさん)

 ちなみにAさんは気配りと優しさを極めた女性であり、周囲の人たちからとても愛されている。遅刻癖があっても人から愛されているのは、そのキャラゆえではである。

「人を待たせるのが悪いというのは当然わかっているつもりなんだけど……。

私がこんなキャラだというのをみんなわかってくれているのが本当にありがたいです」

 遅刻癖のある彼女は実はパンクロックが好きで、品行方正であるにもかかわらず“反権力”や“ルールくそくらえ”といった美学に憧れている節がある。遅刻癖はその辺りと関係があるのではないかと仮説をぶつけてみた。

「う~ん、どうだろう……わからないけど関係しているかもしれません。『ダメ人間であるほどかっこいい』みたいなところもあるので、パンクは。時間通りにキチッキチッと行動するよりは、遅刻しまくる方がパンクですよね、どちらかといえば」

 これはAさん、なんとなく言葉を濁してはいるが、遅刻癖とパンク志向は密接に関係していそうである。遅刻で待たされる側はAさんのパンクファッションに巻き込まれている格好だ。

そんなAさんの身勝手な姿勢を評価して「とてもパンクだと思います」と伝えると、Aさんは嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます。本当に申し訳ないし、どうにかしなきゃいけないとは思うけど……。これからもガンガン電車遅延させていかないとね。パンクだからねー!」

 まったく悪びれている様子はなく、今後もパンク道を極めていく構えを見せたAさんだが、周囲の人たちがそんな彼女を許容しているのであるから、それはそれでいいのかもしれない。

どうせ待たされるから
遅刻してもオッケー?

 Bさん(50歳男性)はミュージシャンである。

スタジオに駆けつけて録音の仕事をこなし、または有名アーティストのバックバンドとしてステージに上がって演奏することを生業としている。売れっ子だけあって忙しく、どれだけ遅刻癖がひどかろうと引く手あまたである。

 録音の仕事は機材を自分で運ぶ必要があることなどから、Bさんの移動は基本的に車である。約束の時間5分前にようやく家を出発し、一応遅刻していることがわかっているので、抜け道を使ったりしながら目的地へと急ぐ。幸いこれまで事故の経験はない。

「結局伝えられていた入り時間に着いても出番が来るのは大抵もう少しあとになるから大丈夫」(Bさん)

 そういうものなのだろうか。もう少し詳しく話を聞いてみることにした。

「自分はギター、いわゆる“ウワモノ”なんで出番はあとの方です。レコーディングの場合、楽器は最初にドラム、次にベース……と土台の方から録っていきます。

 レコーディングはミュージシャンがアレンジャーと相談しながら進めていきます。一度録ったテイクに対してアレンジャーが注文を出してミュージシャンがそれを修正したものを次のテイクで録音する、という感じで。ドラムやベースの人が予定より時間かかって押してしまうことはよくあって、そうすると自分が予定時間に着いても出番が来るまで待つことになる。だからある程度の遅刻はオッケー」(Bさん)

 早速すがすがしいほどの遅刻魔っぷりを見せてくれるBさん。これは言い訳の方も期待できそうである。

睡眠時間を削るより、
遅刻しても万全の体調で臨む

 ドラムやベースの人が時間内に録音を終えてしまうことも当然あるのではないだろうか?Bさんは悠々とこう答えた。

「それはもちろん。その時は(自分の到着を)待ってもらわなくちゃいけませんが、遅れた分はしっかり集中してサクッと終わらせられれば取り戻せますので」

 ではライブやコンサートにおける遅刻についてはどうか。

>>(下)に続く