今夜9時より日本テレビでドラマ「スーパーサラリーマン左江内氏」がスタートする。原作は藤子・F・不二雄の『中年スーパーマン左江内氏』


主人公の左江内氏を演じるのは堤真一。しかし写真を見るかぎり、メガネにスーパーマンのスーツをまとった堤は冴えないどころか、ちょっと老けたクラーク・ケント(本家スーパーマン)という趣きすらあり、むしろかっこいい。でも、小泉今日子扮する妻・円子は原作よりきつい性格のようだから、ドラマでは左江内氏の恐妻家ぶりを強調することで「冴えない」感じを出そうというのか。まあ脚本・演出が、これまで「勇者ヨシヒコ」シリーズや「アオイホノオ」など各作品でさんざん意表を突いてきた福田雄一だけに、油断はならないが。
今夜スタート「スーパーサラリーマン左江内氏」藤子・F・不二雄の原作徹底予習
『中年スーパーマン左江内氏』。昨年、小学館のてんとう虫コミックススペシャルから発売された単行本が値段的にもお手頃。ただ筆者としては、藤子・F・不二雄大全集版で同じ巻に収録された『未来の想い出』とあわせて読まれることをおすすめしたい

この記事では、ドラマの予習を兼ねて、原作である『中年スーパーマン左江内氏』について紹介してみたい。

個性派ぞろいだった連載誌


同作は藤子・F・不二雄が大人ヒーローを主人公とした唯一の連載作品だという。連載誌はてっきり、F先生とは関係の深い小学館の「ビッグコミック」あたりかと思いきや、双葉社の「週刊漫画アクション」というのがちょっと意外な気がする。
『左江内氏』の連載時期(1977年9月15日号~78年10月26日号)には、どおくまんの『嗚呼!!花の応援団』、大友克洋の『さよならにっぽん』、はるき悦巳の『じゃりン子チエ』などといった作品が同じ誌面に並んでいたことになる。気鋭の個性派作家がそろうなかで、児童マンガ出身のF先生もサラリーマン物という新境地に挑戦しようと奮起していたのではなかろうか。

タイトルの由来は?


主人公・左江内氏の名はもちろん「冴えない」に掛けたもの。『ドラえもん』の出来杉や『チンプイ』の内木(うちき)などと同様、キャラの属性をそのまま名前にしたF先生お得意のネーミングだ。ただ、サラリーマン物の系譜からすれば、ひょっとすると山口瞳の小説『江分利満(えぶりまん)氏の優雅な生活』あたりも意識してつけたのかな、という気もする。

「SF(すこしふしぎ)」を日常生活に溶けこませる工夫


原作は、左江内氏がある日、怪しいサングラスの男につきまとわれる場面から始まる。男から話を聞けば、あなたに自分がいままでやってきたスーパーマンを継いでほしいという。もちろん左江内氏はまともに取り合うことなく、男といったんは別れるのだが、結局、渡されたマントとスーツを身にまといスーパーマンを襲名するはめになるのだった。


とはいえ、スーパーマンとサラリーマンを兼業するのはやはり大変だ。同じくF先生のスーパーマン物『パーマン』では、コピーロボットというアイテムが用意され、パーマンたちは任務中、このロボットを自分そっくりの分身にして、学校なり仕事なり普段の生活に支障をきたさないようにしていた。

これに対し『左江内氏』にはコピーロボット的なものは出てこない。左江内氏は誰かが危機にさらされているとの信号を察知すれば、たとえ勤務中でも身代わりを立てることなく、そのまま席を外さねばならないのだ。ただ、氏が仕事を中断しても、そのせいで大きな支障が出るということはあまりないらしい。そもそも彼が外に出ていくのに気づいている人がいるのかどうか。
存在感の薄さが逆に幸いしているような気もする。

それにしてもスーパーマンのスーツとマントは目立つ。しかしスーツからは記憶消去光線が出ているので、たとえその姿を他人に見られても、記憶されることはない。こうした周到さは、「SF(すこしふしぎ)」をモットーに、SF的なものを日常生活に溶けこませたF先生ならではだ。

左江内氏のプロフィール


【年齢】原作の左江内氏は昭和ひとケタ世代(1926~34年生まれ)という設定。連載時の年代から計算すれば42歳から52歳のあいだということになる。ちなみに作者のF先生自身も昭和8(1933)年生まれの昭和ひとケタ世代で、連載当時43~44歳。
このころは日本企業が全体的に55歳定年から60歳定年へと移行しつつあった時期だが、左江内氏はF先生より気持ち上で、定年退職までもうそろそろといったところだろうか。今回のドラマでも52歳(演じる堤真一の実年齢と同じ)という設定となっているが、40年前の50代はいまよりずっと年配というイメージが強かったことに留意したい。

【家族】妻・円子(40代ぐらいか)と長女・はね子(高校生)、長男・もや夫(中学生ぐらいか)の3人で、都心からかなり離れた(と思われる)自然豊かな住宅地に家を構える。

【女性関係】もともと常識人かつ小心者ゆえ不倫をする度胸はないが、若い女性社員が自分に気があるのではと勝手に思いこんだり、西ドイツ版ポルノを友人から借りたりと、女性には人並みに興味はあるようだ。

【仕事】そこそこ大きな会社に勤めるが、ベテランにもかかわらず係長止まり(上司である課長はたぶん氏より年下)。一時は左遷が内定したこともあった。
とはいえ、仕事でミスすることは案外少なく(一度だけミスをして部下たちに「猿も木から落ちる」とささやかれる場面がある)、けっしてダメ社員というわけではないらしい。

仕事と私生活は切り離すタイプ。土曜(まだ週休二日制の定着以前だった)も仕事が終わるとまっすぐ家に帰る。一度だけ、今後を考えれば部下の掌握は重要だとの同期社員のアドバイスに従い、部下たちを飲みに誘ったところ、おおいに驚かれるエピソードがあった(「あの係長が!おごってくれた!!」)。

将来への不安が漂い始めた時代


本作が連載されたのは、1970年代に2度起こった石油危機のはざまの低成長期ということになる。のちのバブル崩壊後には各企業でリストラの嵐が吹き荒れ、終身雇用制をはじめ従来の日本型経営システムは大きく揺らいだ。それとくらべると70年代の日本企業には、現在であれば真っ先にリストラの対象となりそうな古株社員も閑職に追いやりつつ雇用し続けられる程度にはまだ余裕はあったといえる。
そんな社員を指して「窓際族」という言葉が流行ったのもこのころだ。

一方で、アメリカの経済学者ガルブレイスの著書から「不確実性」という言葉が流行するなど、将来への不安感が高まりつつあったのも事実だろう。本作連載中の1978年には円高が急速に進み、初めて1ドル=200円を突破、国内の輸出産業は打撃を受けた。そんな状況を反映してか、左江内氏の後輩社員の一人からも、欧米型の競争社会の到来をほのめかすようなセリフが飛び出す(「名月や」)。

《残酷みたいだけどさ、おれは必要な改革だと思うな。これからの国際市場で勝ちぬいていくにはな》
《終身雇用制なんて、日本独特の甘えの構造が産み出した時代錯誤の……》
《このさい思いきってぜい肉を落とし、体質改善を図るべきだ》
《だぶついてる中高年層に道をゆずってもらわにゃ》

何とまあ、いまのいわゆる「意識の高い人たち」の言ってることとそっくりではないか(ちなみに精神医学者・土居健郎による日本人論『「甘え」の構造』が刊行されたのは1971年)。そんなふうにしたり顔で語る後輩にこっそり耳を傾けながら、仮に自分が再就職した場合の年収を計算してみせる左江内氏がいじらしい。じつはこれ、最終回のラストシーンの伏線になっていたりするのだが。

その最終回「日は暮れて道遠し」は一段と風刺が効いている。そこで左江内氏が立ち向かう政界の大物は、《清濁あわせ呑む度量がなくては天下を動かせん》とうそぶくところからして田中角栄そのものだ。ちょうどロッキード事件の裁判のさなか、角栄が刑事被告人となりながらなお権力をふるっていたころである。

なお、最終回のラストでは、左江内氏がべつのF作品のあるキャラクターと遭遇する。短編「劇画・オバQ」(小学館文庫版『ミノタウロスの皿』などに収録)などと同様のセルフパロディだが、『左江内氏』のラストは「劇画・オバQ」とはちょっと味わいが違う。ある意味、希望を持たせるラストで、Fファンにはグッと来るものがある。

「正義のみかたはおそろしいものだなあ」


すでに70年代には、将来に不安を抱く親たちが子供をこぞって塾に通わせ受験競争へと駆り立てる光景も見られた。『左江内氏』にも、幼稚園男児が家庭教師を親につけられ、逃げ出したところを左江内氏が助けるというエピソードがある(「はね子に勉強させる方法」)。他方、自殺をはかろうとする人たちを引きとめる話も何度か出てくる。幼稚園児の話にせよ、これらエピソードからはF先生の人生観や教育観がうかがえて興味深い。

「あなたこそ正義の味方」と題するエピソードもすぐれて現代的なテーマをはらんだ一話である。ここに登場するのは、他人の不正を見つけるたびあれこれ理屈をつけて糾弾する男だ。悪いことに、左江内氏のスーパーマンの衣裳がひょんなことからこの男の手に渡ってしまう。それでも危機をどうにか乗り切った左江内氏、ラストで《正義のみかたはおそろしいものだなあ。自戒せねばならん》としみじみつぶやくのだった。たしかに正義を振りかざす人間ほど怖いものはないのかもしれない。戦争から最近のネット炎上にいたるまで思い当たるふしはいくつも浮かぶ。

小泉今日子にとっては31年ぶりの出演?


藤子不二雄の二人の実写化作品を振り返れば、「まんが道」「忍者ハットリくん」「怪物くん」「笑ゥせぇるすまん」「少年時代」などたくさんあるA先生とくらべると、F先生にはあまりないような気がする。せいぜい映画「未来の想い出」やNHK教育で放送された「エスパー魔美」「キテレツ大百科」、最近ではWOWOWでSF短編をドラマ化した「藤子・F・不二雄のパラレル・スペース」ぐらいだろうか。

と、ここではたと思い出したのが、80年代にフジテレビの「月曜ドラマランド」の枠で放送された「藤子不二雄の夢カメラ」だ。これは3篇のストーリーで構成されたオムニバス作品で、このうち1986年に放送された第1作の第3話「じゃんけんぽん」は演出家の久世光彦と脚本家の市川森一という珍しい組み合わせにより、主演を誰あろう、今回左江内夫人を演じる小泉今日子が勤めた。原作の『夢カメラ』とはまた違った独特の雰囲気が漂っていたのを、私も当時子供ながら記憶している。

となると、小泉にとって『スーパーサラリーマン左江内氏』はおそらく31年ぶりの藤子F原作ドラマへの出演ということになる。マンガの実写化をめぐっては原作ファンから批判が出がちだが、ドラマ版『左江内氏』には、2017年の状況をうまく反映しながらドラマならではの面白さを見せてほしいと切に期待したい。
(近藤正高)