「攻殻機動隊S.A.C」「東のエデン」「精霊の守り人」などで知られる神山健治監督、待望の新作長編アニメーション>「ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜」が3月18日から公開。
神山監督が原作と脚本も務める完全オリジナルストーリーで、舞台は東京オリンピック開幕が間近に迫った2020年の夏。
特技はどこでも眠れることくらいという平凡な女子高生、森川ココネが現実と夢の世界を行き来しながら、突然、警察に拘束された父モモタローを助けるための冒険を繰り広げる。
作品誕生の経緯などは公式サイトのインタビューでも語られているが、公開直前、さらに深く話を聞いてきた。
「ひるね姫」神山健治監督「男性にとって都合の良い女性にならないように意識した」
神山健治(かみやまけんじ)/埼玉県秩父市出身のアニメーション監督。美術スタッフを経て、2002年に『攻殻機動隊 S.A.C』でテレビアニメ初監督。同作では、シリーズ構成や脚本も担当している

普通の女の子の個人的な思いに寄せた話


───オリジナル作品である「ひるね姫」という作品の根幹になっているのは、どのようなアイデアですか?
神山 今回は、世界の大きいファンタジーやSFではなく、なるべく日常というか、普通の女の子の個人的な思いに寄せた話にしよう。しかも、希望のある話にしたいと、そこからスタートしています。でも、やはりアニメではあるので、良くも悪くも大作感みたいなものを求められてしまう部分はあるし、何か仕掛けは欲しいとは思っていました。普通の女の子の独白だけではなかなか映画として成立しきれない。それを考えている時、ココネの見ている夢の中での出来事が現実と繋がっているというアイデアが出てきて。
さらに、その夢には秘密があるというミステリー的な要素も生まれたことで、物語が動き始めた感じです。
───夢の世界でのココネは、「機械づくりの国ハートランド」のお姫様エンシェンになっていて、不思議な魔法も使えます。夢や魔法という題材は自由度が大きい分、扱う難しさもあるのでは?
神山 夢や魔法って、確かに扱いが難しいです。例えば、魔法使いを出すと、「魔法を使えるのに、なんで魔法で解決しないの?」というツッコミがよくありますよね(笑)。今回も観ている人に「夢の世界だったら、何でもできちゃうでしょ?」と思われないように、この夢の世界はどういう設定なのかという「夢の世界のルール」をきっちり作っていく必要があった。そこに一番時間もかかりました。
しかも、絵を観るだけで、そのルールが分かるようにしなくてはいけない。そのために、まずは自分のアイデアをスタッフと共有して、スタッフからもそれに合致した(ビジュアル的な)アイデアを出してもらったりしたのですが、ファンタジーだと、出てくるアイデアがどうしても環境問題をテーマにした絵になりがちなんですよ。煙突から黒い煙が出ていて、美しい自然が侵食されている、とか。でも、今回描こうとしているテーマはそこでは無く、テクノロジーの話と、そのテクノロジーによって起きている格差などなので。そこの意識を入れ替えてもらうことも難しかったですね。
「ひるね姫」神山健治監督「男性にとって都合の良い女性にならないように意識した」
ココネの夢の中の世界、ハートランド王国のお姫様エンシェン。魔法のタブレットから呪文を送ることで、物や機械に命を与えることができる。仲間のジョイも、元はただのぬいぐるみだった

ちょっとだけ行動力がある主人公


───普通の女の子を長編映画の主人公として描くために、意識したことなどはありますか?
神山 男性が描く女性は、男性にとって都合の良い女性になりがちなので、なるべくそうならないようにとは、意識しました。それに物語を牽引する主人公なので、普通の女の子と言いながらも、ただ普通なだけではない子にするために、普通よりちょっとだけ行動力がある子にしました。
普段は「ねむたーい」とか言って、いつもぽや〜んとしているんですが、今の一般的な子よりは、状況を自分の行動で変えていける子になってします。ただ、あまり何も考えてないんですけど(笑)。
「ひるね姫」神山健治監督「男性にとって都合の良い女性にならないように意識した」
元気だが、少しぼんやりしていて、時や場所を問わず、いつでも眠れるココネ。「高校生の頃って、男女問わず、みんなよく寝ますよね。あれって、体力があったからだよなって、今となっては思います(笑)」(神山)

───ココネとエンシェンを演じているのは、「とと姉ちゃん」などで人気の女優、高畑充希さんです。
神山 高畑さんにやってもらえたことで、ココネというキャラクターが大きく膨らんだと思っています。最初は、もう少しギャルっぽい感じの子が良いなと思って探していたんです。でも、それと同じくらいのタイミングでタイトルを決めることになって。
このヒロインを言い当てるような言葉、「ひるね姫」になったんですね。でも、「ひるね姫」という作品の主人公がギャルっぽいのは、少し違う気がしてきて。あらためて探していく中、高畑さんの声がぴったりだと思ったんです。少しのんびりしているところもありつつ、すごくストイックな感じもある。そこは、僕が想像していたよりも、大きく変わったところでしたね。ただシャキっとしているだけの声だと、ここまで膨らまなかったと思います。
それにプラスして、主題歌の「デイ・ドリーム・ビリーバー」を高畑さん自身に歌ってもらえた。それもすごく大きかったです。
───高畑さんは、歌手としても活動していますね。
神山 僕は、「デイ・ドリーム・ビリーバー」、しかも、(アメリカのアイドル「モンキーズ」が歌った)オリジナルではなく、忌野清志郎さんが歌詞を書いている(タイマーズの)カバーバージョンを、どうしても主題歌として使いたかったんです。単に映画の終わりに流れるというだけではなく演出の一環というか、ある種、作品に欠かせないダイアログだというくらい重要に考えていました。だから、その曲をココネ本人に歌ってもらえるのはすごく大きな魅力で。
幸運にも、高畑さんに出会えたおかけで、それも実現したというわけです。

悪役は本当に分かりやすいキャラに


───ココネ以外のキャラクターたちは、どのように生まれていったのですか?
神山 まず、これは家族の話だということで、父親のモモタローというキャラクターが出てきます。ココネと父親、さらにその上の世代を含めた世代間でのテクノロジーに関する対立もある種のテーマだったので、そこからの逆算で、お父さんはあまりテクノロジーに詳しくない元ヤンキーという設定になりました。その一方で、テクノロジーに関してココネをサポートしてくれる理系の男子も欲しいなと思い、幼馴染みのモリオというキャラクターが生まれた。そういう感じに、わりと自然にハマっていった感じですね。
「ひるね姫」神山健治監督「男性にとって都合の良い女性にならないように意識した」
ココネの父親モモタロー。岡山県倉敷市の児島・下津井で自動車修理工場を営んでいる。元ヤンキー。夢の世界では、ハートランドで働くエンジニアにピーチとして登場。声優は、俳優の江口洋介が担当している

───ココネが父親に託されたタブレットを奪おうとする渡辺(夢の世界ではベワン)は、ココネと同じくらい物語を動かす存在でもありますよね。漂う小物感も逆に魅力的に感じました。
神山 悪役に魅力がないと、物語は進まないので。それに、作って行く中で悪役にも感情移入する部分は当然出てきますから。あと、今回、悪役は本当に分かりやすいキャラにしたかったんですよ。
───登場した瞬間、コイツは絶対に悪い奴だと分かりました(笑)。
神山 ははは(笑)。そんなキャラだから、悪役を作っていても楽しかった。作画スタッフにも、渡辺に思い入れをしてる人は多かったですよ。ただ悪いだけのやつでもなく、ちょっと可愛いところがあったりもしますしね。
「ひるね姫」神山健治監督「男性にとって都合の良い女性にならないように意識した」
スタッフ人気も高いという渡辺一郎(ベワン)。声優は俳優の古田新太が担当。現実の世界では、巨大企業、志島自動車の乗っ取りを企み、夢の世界ではハートランド王の家臣ベワンとして、王座を奪おうと画策

───ココネの父親がモモタローで、モモタローの親友が佐渡(夢の世界ではウッキー)と、雉田(夢の世界ではタキージ)。登場人物の名前を桃太郎の物語とリンクさせようと思ったのと、作品の舞台を桃太郎でも有名な岡山県にしようと思ったのは、どちらが先ですか?
神山 舞台が岡山になってから、桃太郎になったと思います。岡山にしたのは、偶然といえば偶然で。自分の故郷でも良かったんですけど(笑)。たまたま、舞台をどこにするか考えている時、出張で大阪へ行って。瀬戸内海も良いかなとは考えていたので、(広島県の)尾道あたりまで行ってみようと思ったんです。でも、気が変わって児島に立ち寄り、その足で海の方に向かった時、瀬戸内海が見えて来て、「あ、ここ、良いかもしれない」って。自分は海育ちではないですが、日本の原風景っぽいなと。実際に行ってみると分かると思うんですけど、「日本昔ばなし」に出てくるような島が浮かぶ海なんですよね。お椀を引っくり返したような(笑)。南向きだからすごく光量があって、太平洋と違って海もとても穏やか。時間がゆっくりと流れている感じがして良いなって。それで、ここを舞台にしたいと思いました。
(丸本大輔)

後編につづく