アオイ「母の喜ぶ顔が見たい。ずっとそう思ってた、なのに上手くできることのほうが少なかった」

8月31日(金)放送のドラマ10透明なゆりかご(NHK)第7話。

同じ小学校に通っていたアオイ(清原果耶)と石澤ミカ(片山友希)が、由比産婦人科で再会した。ミカは妊娠し、帰る家がないために病院を頼ってきたのだ。こどもの頃は学校でいじめられ、家庭でも孤独だったミカ。アオイは、ミカが大切にしていた母子手帳のことを思い出す。

もとになっているストーリーは、原作漫画1巻7話「小さな手帳」だ。
「透明なゆりかご」ADHDは喘息と同じ「この人はどれだけ苦しんできたんだろう。母親というだけで」7話
沖田×華『透明なゆりかご〜産婦人科医院看護師見習い日記〜』1巻(講談社Kissコミックス)

注意欠陥多動性障害は喘息と同じ


冒頭、アオイが焦げたやかんの底を一晩中磨き続けていたシーンがあった。床も髪もTシャツもびしょびしょにして没頭していたアオイを、母親・史香(酒井若菜)は「一晩中磨いてるって“おかしい”でしょ!」と叱る。


アオイ「元通りピカピカになれば、母は喜んでくれる。一晩中、そのことしか頭になかった」

一つのことに集中し過ぎてしまう。思い込んだらなかなか考えを改められない。大事な話を聞いていなかったり、忘れてしまったりする。話し出すと止まらない。
これまで過度のおっちょこちょいのように描かれてきたアオイの性格。
それは、性格ではなく「注意欠陥多動性障害(ADHD)」という障害であることが明らかになった。

アオイが中学生の頃、史香と一緒に病院で診断を受けていた。1994年頃のことだ。当時は、まだ「注意欠陥多動性障害」という診断名ができたばかり。一般的には、そんな障害があることもどう対処したらいいのかも知られていなかったようだ。史香は、アオイを「あなたはおかしい」といらだち続けて育ててきた。


医師「喘息のお子さんがときどき発作を起こしてしまうのと同じで、アオイさんは集中しすぎると周りが見えなくなったり、衝動を抑えられなくなったりしてしまうんです」
史香「喘息と、同じ」
医師「だから、アオイさんが精神的におかしいとか、お母さんの育て方が悪いとか、そういうことではないんです」

この医師の説明は秀逸だった。
史香が「喘息と、同じ」と繰り返して、ため息を吐く。目が素早くキョロキョロと動き、唇が震えている。アオイと過ごした15年近くのさまざまな出来事を思い出して、その一つ一つに納得していっている。

つじつまが合ったことに戸惑い、そして安心している表情。憎んでいたものを、もう憎まなくても良いのだと楽になった顔。
アオイは「このときの、母の顔が忘れられない。私のせいで、この人はどれだけ苦しんできたんだろう。母親というだけで」と回想していた。

ドラマだから描ける母親の過ちと希望


「透明なゆりかご」ADHDは喘息と同じ「この人はどれだけ苦しんできたんだろう。母親というだけで」7話
酒井若菜 写真集 『 I LOVE YOU 』(ワニブックス)

史香がアオイに言い続けた「おかしい」という言葉。それが、思いがけないところから史香に返ってくる。史香が保険のセールスで訪れていた保育園で、シングルファザーの町田陽介(葉山奨之)と娘の美月と再会したときだ。
一人で子育てしている陽介に、共感するつもりで史香は言った。

史香「焦るよね。親としてできてないって思うと、イライラしちゃったりね」
陽介「でも、思ったんすよね。あれ、これちげえなって。美月のことが一番大切だから頑張ってるのに、頑張ってるせいで俺がイラついてたら美月が嫌な思いする、それってなんかおかしくねえかって。だから頑張るのやめて、笑ってることにしたんです。
死んだまーちゃんもそう言ってたし、そしたら美月も笑ってくれた」

頑張っているせいでイラついていたら、こどもが嫌な思いをする。それは“おかしい”。
自分が頑張ってきたことを「おかしい」と言われるつらさと、「笑っていれば良かった」という気づきに、史香はハッとする。

本作は、作品としてこれまで母親の過ちを明確に非難することがほとんどなかった。14歳の母親にも、赤ちゃんを死なせてしまった母親にも「あなたは間違っている」というメッセージを送っていない。

それなのに今回、史香が自分の過ちを突き付けられたのはなぜか。

ミカの母親(佐藤夕美子)は、ミカを倉庫に住まわせ自由に食べ物を食べることも許さなかった。再婚相手との間にできたこどものために、ミカの顔にはさみを突き立てた。こんなことは100%許されない。けれど、ミカの母親がどうしてそうなってしまったのか、なぜそうしたのか、後悔しているのかなどは明かされず亡くなってしまう。

そういう余白の多いドラマだ。人には他人からは見えない事情や思いがある。それを理解しつつ、そこには触れない。誰もが納得のいく答えは提示されない。ドキュメンタリー番組のよう。だからこそ、アオイは妊婦たちと対話し、赤ちゃんの幸福な死を祈ったり、中絶された胎児に外の世界を見せてあげたりする。対話と想像でもって人間の余白を埋めようとしている。

史香が過ちに気づかされたのは、まだアオイと対話する余地があることの表れだ。史香の余白はアオイが想像で埋めるのではなく、直接対話することで埋めていくことができる。

原作では、史香がハッとするようなシーンはない。史香が書いたアオイの母子手帳の内容は、もともとはミカの母親が書いたものだ。
つらいできごともどこか淡々と進む原作に対して、ドラマはよりアオイの希望を描こうとしている。原作者の沖田×華が自分をモデルにしているために描けない「希望」を、ドラマでは見える形にしたいという意思があった。

第8話は、今夜10時から放送予定。

(むらたえりか)

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▼作品情報▼
ドラマ10透明なゆりかご(NHK)
毎週金曜よる10時〜
出演:清野果耶、瀬戸康史、酒井若菜、マイコ、葉山奨之、水川あさみ、原田美枝子
原作:沖田×華『透明なゆりかご〜産婦人科医院看護師見習い日記〜』1巻(講談社Kissコミックス)
脚本:安達奈緒子
音楽:清水靖晃
主題歌:Chara「せつないもの