「英語」を学ぶためのフィリピン留学が人気だ。フィリピンは公用語が英語であることから、近年日本人が経営する語学学校も増えている。
まずフィリピン留学のいい点から伝えたいが、とにかく費用が手頃だ。人件費が安いことから欧米、オーストラリア、ニュージーランドに語学留学するよりずっと手軽に行くことができる。私はフィリピン・セブに6週間留学していたが、授業料と寮費が込みで40万弱だった。授業は週5で朝から夕方までみっちりある。
またフィリピンは食費も安い。今、1フィリピンぺソは2.07円(2018年8月時点)だが、ファストフードでは100ペソもあればセットメニューが食べられる。ビールは一本40~50ペソなので、300円あれば食べて飲んでができる。ファストフードはマクドナルドだけでなく、ご当地ファストフードのジョリビーや、中華系のChowkingなど種類も豊富で、これらは中規模以上のショッピングモールにはほぼ入っていた。
■フィリピンの小学生は授業を算数を英語で学ぶ
肝心の授業も手厚かった。フィリピンの言語事情だが、一般的なセブ島の家庭では、まず子供は親の会話からセブワノ(セブの現地語。首都マニラで話されるタガログ語とはあまり似ていないらしい)を自然に覚える。ただ、小学校入学後は、公立の小学校であっても授業は英語を中心に、一部タガログ語という公用語のみで行われる。
セブの街中ではスーパーにおける商品表記はすべて英語、看板もほぼ英語、新聞は英語とセブワノ語とタガログ語版がある。英語の映画にセブワノの字幕はつかない。町ゆく人はセブワノで会話していて、しかし英語で話しかければすらすら英語で返してくるという、日本人からしたら目が回りそうな言語環境だ。
しかしフィリピンは公用語が英語であっても、「英語を外国語として学ぶ苦労を知っている」というのは心強かった。
■大人だからこそ新鮮な「できなくて悔しがる」体験
私の英語力は「大学入試のときが人生で一番英語力があった」というよくあるパターンだ。仕事で英語を使うことは基本なく、一年おきくらいで春になると、今年こそ英語をがんばろう、と思うものの2週間ももたず挫折するのを繰り返しており、本格的な英語再チャレンジは大学入試以来20年ぶりだ。
日本の英語教育の悲しさだが、私も「聞く、話す」がとことん弱い。
しかしこの、「できなくて悔しい」という経験は新鮮だった。何事もそうだが語学は特に「いきなりうまくなる」ことなどあり得ない。「日々の地道な積み重ね」が結局モノを言わすというのは物事の必勝法でありながらも忘れられがちだ。「最初は素振りからなんだ」というピュアな気持ちを思い出せる一点だけでも留学はお勧めできる。
肝心の英語力の向上は「6週くらいじゃ……」という事前の予想通りの結果だった。ただ、仕事で英語でプレゼンをする予定があり、その原稿はすべて作ることができた。また、「帰りの飛行機をダブルブッキングしてしまったため、一部金額を窓口で返金してもらう(返金手続きは窓口でのみ受付)」も行うことができた。返金金額は二千円程度だったので、今までならそもそもやろうとも思わず、あきらめていただろう。■フィリピン留学を快適にするために避けたい“アレ”とは
費用は欧米圏よりははるかに安く、授業も手厚いフィリピン留学だったが、一点後悔しているのは「夏休みにかかるタイミングで行かなきゃよかった」ことだ。私は6月末から8月頭までフィリピンにいたが、7月中旬までの夏休みになる前までは快適だったが、夏休みにかかってからはしんどかった。夏休みになると子供が増えるからだ。
私自身がオール公立校出身で、「海外留学」という発想が本人にも親にもない家庭ですくすく育ったために「小学生ごときが留学?」だったが、これが結構いるのだ。親子留学という形で母親が付き添って留学している子が何人もおり、夏休みに入ると学校の夏休みに合わせ増えてくる。インターナショナルスクールに通っていたり、親の海外転勤に合わせて、というケースも多い。
確かにフィリピン留学は欧米圏留学よりはずっと安いが、それでも子供を小さいうちに留学させようと思えるほど経済的に余裕がある日本の家庭はかなり少ないだろう。「貧困とは選択肢を持てないこと」といった趣旨の言葉があるが、その重さをしみじみと知る。「小学生の子を語学留学させるなんてそもそも考えてみたこともなかった」という家庭と、それをアッサリやってのける家庭の小学生はスタートラインが違う。それぞれの子どもたちの生涯賃金の差、そしてそれが次の世代にも連鎖して……と思うと、遠い目になる。
その中には、学校の通信簿で「落ち着きがない」と先生から確実に書かれるであろう騒がしい小学生の御子息に対し、特にそれをたしなめず、「公共心の教育」はあまり考慮されない教育方針なのだな、と推測されるお母上で構成される親子もいた。
「自分と自分の家族はかけがえないが、他人はどうでもいい」という、家族原理主義者はたまに見かける。貧乏人でも家族原理主義者はいるが、金持ちだとひがみからより腹が立つものだ。これを「ブラック金持ち」と呼びたい。しかし、基本的に子連れで来ている家族は親は上品、子はおとなしい「ホワイト金持ち」が多かった。
しかし、ブラック御子息よりもはるかに悩ましかったのは、高校生の団体客だった。私の通っていた語学学校はいくつかの私立高校と提携しているようで、夏休みのタイミングでひっきりなしに高校生の団体客が入ってくるのだ。泊まったホテルの横の部屋や上の部屋に高校生の修学旅行の団体客がぎっしり入った状態を想像してほしい。「女子高生がいっぱいだ」と前向きな人もいるかもしれないが、たいていの人は「騒がれたらやだなあ」と思うだろう。
ある高校(へっぽこ高校〈仮名〉と呼びたい)は、外は夜中まで騒がしく、上の階からは反抗期なのか日が変わってもどすんどすんという音が常に響いていた。「男子高校生達が妙齢の女(私)をちっとも寝かせてくれない」という状況が続き、クレームは入れたもののあまり改善されなかった。
へっぽこ高校が語学学校を去るときは本当に嬉しかったものの、そのあとは別の高校が来ると知ったときは泣いた。しかし、その高校は生徒の徳が高く、なぜか部屋でなく廊下で夜中騒ぐというへっぽこ高校がしたことをしなかったために、心穏やかに過ごすことができた。
へっぽこ高校の夜中にいつも騒いでいた学生と、引率のわりに引率の責務を果たさなかった教員の、今後の人生がしょっぱめになりますようにとは切に願うが、エネルギーが無駄に有り余っている世代の団体客に静寂を求めるほうが無茶だ。それならば高校生団体客とそれ以外の生徒で宿泊するエリアを分ければいいのにそれをしなかった語学学校側のやり方には不満がある。
フィリピン留学についてのポータルサイトはいくつもあり、私も学校選びや現地の生活においてこれらのサイトを参考にした。ただ、これらの多くはエージェント(留学希望の生徒に学校を紹介する事業)もしくは特定の学校が運営しているものもあり、「特定の学校に対するネガティブな情報」を知りにくい。Google mapなどで口コミも見られるが、「関係者の絶賛」か「具体的な批評ではなくただの罵詈雑言」が目立ち、どこまで信用できるかは怪しい。フィリピン留学自体がここ10年で急拡大した新しい産業なので、これからの情報サイトやエージェントの洗練、差別化にも期待したい。留学は2泊3日で終わるものではないからだ。
まずは自衛のため、子どもが騒がしくても全然平気という人は問題ないが、気になる人は基本夏休み等の長期休暇は避けた方が絶対いい。また長期休暇中でなくとも団体の高校生が留学するケースもあるようなので、予約前に学校側にそういった団体客がいないか確認した方がいいだろう。また、子どもの留学がハナからメニューに入っていない、ビジネス、法人色の強い学校を選ぶのもいい。
また、料金は高くなってしまうが、宿泊先は寮ではなく学校近隣のホテルのプランを提供している学校も多い。静かに過ごしたいなら後者だろう。私は次回はそういったプランを選ぶつもりだ。「次回」を考えるほど、留学自体は楽しかったのだ。
金はあるところにはあるのだと日本の格差社会に暗くなったフィリピン留学だったが、しかし私とてフィリピンの一般人から見れば日本で暮らせている以上、全然金持ちだ。フィリピンの経済はぱっとしない。国の経済が出稼ぎで賄われていて、自国の経済がなかなか発展しないのだ。フィリピンの世代別の人口構成比は日本がうらやむほど綺麗なピラミッド型の若い国だが、「高い失業率」という厳しい現実がある。人がいても仕事がなく、昼間、町をうろうろしている人がたくさんいた。
タクシーの運転手は日本に出稼ぎに来たことがあり、フィリピンで働くより4倍稼げるからまた年内に日本に行くのだと日本語で話していた。国内でけなげに働くのがあほらしくなるほどの差だ。
フィリピン人はちょっと驚くくらい家族を大切にする。語学学校の先生は年頃の女性が多かったが、週末に何をするのと聞けばバスを乗り継ぎ実家に帰って親と兄弟に会うのが楽しみだとうれしそうに話していた。そんな家族思いの人が出稼ぎで違う国で離ればなれに暮らさねばならないのは悲しい。
またフィリピンへ留学したい。授業料や物価は多少上がったところで欧米に比べればまだまだ驚くほど安いのだ。語学学校も含め自国の経済が発展し、それが一人ひとりの暮らしに還元されていってほしいと願っている。
(文/石徹白未亜 [http://itoshiromia.com/])