初恋の相手にもう一度逢ってみたい、そう思う人は多いのではないだろうか。学生時代に好意を抱いていた異性の名前を、SNS上で検索してみた人も少なくないだろう。
大石圭の小説『アンダー・ユア・ベッド』(角川ホラー文庫)を原作にした本作は、現代の『グレート・ギャツビー』のような物語だ。米国文学を代表する作家F・スコット・フィツジェラルドが1925年に生み出したジェイ・ギャツビーは、ロングアイランドにある豪華な屋敷に暮らし、派手なパーティーを毎晩のように開く。すべては人妻デイジーの気を惹くためだった。
直人が千尋に執着するのには理由があった。直人は子どもの頃からまるで目立たず、中学の卒業アルバム用の記念写真に直人が入りそびれたことをクラスメイトは誰も気づかなかったほどだ。大学でも友達はできず、直人の名前を呼ぶ者は一人もいなかった。そんな中、クラスで一番の人気者・千尋だけは直人に優しく、一度だけだが2人きりでコーヒーショップで時間を過ごしたことがある。
すでに人妻となっていた千尋の住む街で、偶然を装い熱帯魚店を開く直人。園子温監督の傑作バイオレンス映画『冷たい熱帯魚』(11)の熱帯魚店オーナーと同じように、直人も底知れぬ暗い情熱が心の奥底に流れている。直人の思惑どおりに千尋は店を訪ね、直人は「開店サービスです」と称して千尋にグッピーと飼育セットを贈ることに成功する。と、ここまでは『グレート・ギャツビー』の世界だ。
仕事のできる、一見すると爽やかそうな千尋の夫・健太郎(安部賢一)は実はとんでもないDV野郎だった。会社から帰った健太郎は、千尋を性奴隷として連日虐待していた。
端正な顔立ちの高良健吾は、『横道世之介』(14)のような純情な青年役もいいが、『蛇にピアス』(08)のアマ、『白夜行』(11)の亮司のような性格の歪んだ役がよく似合う。純粋すぎるがゆえの狂気をはらんでいる。
憧れの女性・千尋の性生活を盗聴・覗き見するド変態の直人だが、千尋に幸せになってほしいと願う気持ちには偽りはない。一方の千尋も家の中に誰かがいて、いつも見つめられていることを察知する。夫のハラスメントの数々に苦しみながらも、幼い娘を抱える千尋は容易には逃げ出すことができない。千尋は姿の見えない影の存在に祈る。「お願い、助けて」と。
好きな人に振り向いてほしい、自分の名前を呼んでほしい。直人だけでなく、誰もが欲する願いだろう。ハリウッド映画『華麗なるギャツビー』(74)では若き日のロバート・レッドフォードが、リメイク版(13)ではレオナルド・ディカプリオが孤独な紳士ギャツビー役をゴージャスに演じてみせた。ハリウッド大作に比べると製作予算は雲泥の差があるが、高良健吾演じる『アンダー・ユア・ベッド』の主人公がヒロインを想う気持ちは、いささかの遜色もない。
(文=長野辰次)
『アンダー・ユア・ベッド』
原作/大石圭 監督・脚本/安里麻里
出演/高良健吾、西川可奈子、安部賢一、三河悠冴、三宅亮輔
配給/KADOKAWA R18+ 7月19日(金)よりテアトル新宿ほか全国順次ロードショー
(c)2019映画「アンダー・ユア・ベッド」製作委員会
http://underyourbed.jp
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