初恋の相手にもう一度逢ってみたい、そう思う人は多いのではないだろうか。学生時代に好意を抱いていた異性の名前を、SNS上で検索してみた人も少なくないだろう。

高良健吾が主演した映画『アンダー・ユア・ベッド』の主人公も、そんなありがちな人間のひとりに過ぎない。30年間生きてきた中で、いちばん幸せだった時間を与えてくれた憧れの女性に再会し、もう一度名前を呼んでほしいと願う。ただその想いが、ほんの少し強過ぎるだけだ。

 大石圭の小説『アンダー・ユア・ベッド』(角川ホラー文庫)を原作にした本作は、現代の『グレート・ギャツビー』のような物語だ。米国文学を代表する作家F・スコット・フィツジェラルドが1925年に生み出したジェイ・ギャツビーは、ロングアイランドにある豪華な屋敷に暮らし、派手なパーティーを毎晩のように開く。すべては人妻デイジーの気を惹くためだった。
本作の主人公・三井直人(高良健吾)も学生時代の憧れの女性・千尋(西川可奈子)に近づきたいあまりに彼女が暮らす街へと引越し、熱帯魚店を開く。直人が千尋の次に愛してやまないグッピーを、千尋に飼育してほしい一心だった。

 直人が千尋に執着するのには理由があった。直人は子どもの頃からまるで目立たず、中学の卒業アルバム用の記念写真に直人が入りそびれたことをクラスメイトは誰も気づかなかったほどだ。大学でも友達はできず、直人の名前を呼ぶ者は一人もいなかった。そんな中、クラスで一番の人気者・千尋だけは直人に優しく、一度だけだが2人きりでコーヒーショップで時間を過ごしたことがある。
直人の唯一の趣味がグッピーの飼育だと知ると、千尋は「私も飼ってみたいな」とつぶやいた。以来、直人は千尋が「三井くん」と名前を呼んでくれたことと、一緒に飲んだマンデリンの味が忘れられなくなっていた。



 すでに人妻となっていた千尋の住む街で、偶然を装い熱帯魚店を開く直人。園子温監督の傑作バイオレンス映画『冷たい熱帯魚』(11)の熱帯魚店オーナーと同じように、直人も底知れぬ暗い情熱が心の奥底に流れている。直人の思惑どおりに千尋は店を訪ね、直人は「開店サービスです」と称して千尋にグッピーと飼育セットを贈ることに成功する。と、ここまでは『グレート・ギャツビー』の世界だ。
だが、現代日本のギャツビーは、よりアグレッシブで変態的である。千尋の家に水槽を運び込む際に鍵を持ち出してコピーし、さらには盗聴器を仕掛ける。千尋が直人のことをすっかり忘れていたのはショックだったが、これでいつでも千尋に会えるし、24時間身近に感じることができる。だが、盗聴器から流れてきたのは、千尋が泣き叫ぶ地獄のような生活だった。

 仕事のできる、一見すると爽やかそうな千尋の夫・健太郎(安部賢一)は実はとんでもないDV野郎だった。会社から帰った健太郎は、千尋を性奴隷として連日虐待していた。
盗聴器と望遠レンズでそのことを知るや、直人はじっとはしていられなくなる。千尋宅に侵入し、ベッドの下に身を潜める直人。すぐそばに千尋はいるが、直人はただベッドが激しく軋むのを間近で感じているだけだった。これではギャツビーではなく、江戸川乱歩の『影男』か『人間椅子』の世界である。

 端正な顔立ちの高良健吾は、『横道世之介』(14)のような純情な青年役もいいが、『蛇にピアス』(08)のアマ、『白夜行』(11)の亮司のような性格の歪んだ役がよく似合う。純粋すぎるがゆえの狂気をはらんでいる。
本作を撮った安里麻里監督は、そのことを充分に承知してキャスティングしている。



 憧れの女性・千尋の性生活を盗聴・覗き見するド変態の直人だが、千尋に幸せになってほしいと願う気持ちには偽りはない。一方の千尋も家の中に誰かがいて、いつも見つめられていることを察知する。夫のハラスメントの数々に苦しみながらも、幼い娘を抱える千尋は容易には逃げ出すことができない。千尋は姿の見えない影の存在に祈る。「お願い、助けて」と。
そのとき直人はただの変態男から、千尋だけの特別な神さまへと変貌を遂げる。

 好きな人に振り向いてほしい、自分の名前を呼んでほしい。直人だけでなく、誰もが欲する願いだろう。ハリウッド映画『華麗なるギャツビー』(74)では若き日のロバート・レッドフォードが、リメイク版(13)ではレオナルド・ディカプリオが孤独な紳士ギャツビー役をゴージャスに演じてみせた。ハリウッド大作に比べると製作予算は雲泥の差があるが、高良健吾演じる『アンダー・ユア・ベッド』の主人公がヒロインを想う気持ちは、いささかの遜色もない。

(文=長野辰次)

『アンダー・ユア・ベッド』

原作/大石圭 監督・脚本/安里麻里

出演/高良健吾、西川可奈子、安部賢一、三河悠冴、三宅亮輔

配給/KADOKAWA R18+ 7月19日(金)よりテアトル新宿ほか全国順次ロードショー

(c)2019映画「アンダー・ユア・ベッド」製作委員会

http://underyourbed.jp

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