業界関係者やファンの間では、観客を熱狂させたK‐1での壮絶な殴り合いが彼に深刻なダメージを与え、結果的に精神まで侵されてしまったのではないかと推測されている。
また先日、"PRIDEの番人"といわれた元格闘家ゲーリー・グッドリッジ(46)が、初期の慢性外傷性脳症であることを公表。これは一般的にパンチドランカー症状といわれるものであり、彼は現役中から深刻な記憶障害に悩まされていた。グッドリッジは「私は自分の生き方を愛している。後悔はしていない」としながらも、「ダメージはK‐1の試合によるものだと思う。
K‐1創成期の立役者である佐竹雅昭(46)も、パンチドランカー症状に蝕まれた選手の一人。現役中から日常生活が困難になるほどの深刻な症状が現れ、医師にアルツハイマーの危険性を指摘された。佐竹は激しい打撃を受けただけでなく、2002年のPRIDEの試合で危険な投げ技によって頭部を負傷し、開頭手術を受けたこともあった。
また、K‐1を運営していた正道会館の有望株だった植田修(享年22)が、1994年に行われたキックボクシングの試合中に不慮の事故で死亡した事件もあった。
ファンを魅了する選手は「勝っても負けてもKO」というタイプが多く、それゆえにダメージが蓄積されていき、後年になって深刻なダメージが露呈する。100キロ超のヘビー級同士がガチンコの殴り合いをすれば、タダでは済まないのは誰にでも分かる道理だ。華やかだった格闘技ブームの隠れた暗黒面が、今になって露呈してきたといえる。それだけでなく、急激に隆盛した格闘技界の問題点も関係している。
「K‐1をはじめとした格闘技は、スポーツというよりも『興行』の面が強い。
プロレスに目を向けてみると、2009年に試合中の事故で死亡した三沢光晴(享年46)や、05年に脳幹出血で急死した橋本真也(享年40)らスター選手の夭逝が目立っている。特に三沢選手の場合、頭から高角度で落とす危険技が当たり前になり、首へのダメージが蓄積していたことが死亡事故の大きな要因とされている。死亡事故にまで至らずとも、試合中の事故で日常生活にすら支障をきたす深刻な後遺症を負ったレスラーは多い。
海外レスラーは筋肉増強のためにステロイドを服用している選手が多く、副作用によって心臓疾患や精神障害が起きるケースが多発。ステロイドが原因で突然死したといわれるレスラーは、テリー・ゴディ(享年40)、デイビーボーイ・スミス(享年39)、ゲーリー・オブライト(享年36)、ボビー・ダンカンJr(享年34)、カート・ヘニング(享年44)、ホーク・ウォリアー(享年46)、バイソン・スミス(享年38)など数え切れないほど。
また、「ワイルドペガサス」の名で日本でも親しまれたクリス・ベノワ(享年40)や、「ザ・グラジエーター」ことマイク・アッサム(享年42)、WWEのスーパースターだったクリス・キャニオン(享年40)らは自殺しているが、ステロイドによる精神不安が遠因といわれる。
映画『レスラー』(2008年)でも描かれたように、ファンが憧れる筋骨隆々の逞しいプロレスラーを演じるため、彼らはステロイド服用という"悪魔の契約"を結び、命を削ってリングに上がっているのだ。
これらの問題の共通点として、選手の経済的な不安定さがある。
ケガをすれば収入が途絶えるファイトマネー形式では十分な貯えができず、団体が傾けばギャラの未払いも起こりうる。
プロレス団体も安定した年俸制を敷いているのは一部のみで、生活のために副業を持っているレスラーが珍しくなくなった。経済的に潤っていなければ、肉体のピークを過ぎてもボロボロになった身体を押してリングに上がらなければならず、余計にダメージが蓄積される。格闘技もプロレスも一時の隆盛の見る影もない斜陽時代になっており、選手がファイトに見合う報酬を得られなくなったのも大きな要因だ。
それだけでなく、深刻なダメージにつながる激しい打撃の応酬や危険な技をファンが求めているという事実もあり、選手が身体的・精神的に追い込まれていく現実に我々ファンも決して無関係ではない。
(文=佐藤勇馬)
※イメージ画像 photo by Verlage Photo from flickr