歌いながら頭から湯をかぶる入浴奇習
岩美町は松葉ガニ漁獲量日本一としても知られる町。今の季節は、モサエビという高級エビが旬。写真上/こんな柄杓でお湯をかけながら入浴します。下/町内にはこんな、頭に柄杓をのっけておどけたポーズでキメた、「イカす」像もありました。
鳥取県岩美町、「山陰最古の温泉」岩井温泉には、珍しい入浴時の風習「ゆかむり」というものがある。

どういうものかといえばこれ、温泉につかって、ひとつふたつと数え唄を口ずさみながら柄杓で湯をすくい、それを頭からかぶっていくというもの。

歌いながら、カッポカッポと柄杓で水面をたたいて拍子をとるんだそうで、想像するだけで、いい感じに呑気そうではある。

「ただ入るだけじゃ、面白くないですから」
と、岩井温泉にある旅館、明石家の方が言うが、いちおうこれ、単なる“おもしろ風習”というばかりではなく、理にかなった入浴法でもあるらしい。というのも、岩井温泉は源泉が48度と、それほど高温ではない。そのため、少しでも長くお湯につかっていられるよう、先人たちが編み出していった風習とのことなのである。
おまけに、口をあけて歌をうたうことで、
「のどと鼻の粘膜からも、温泉成分を存分に吸収することができるんです」
とのこと。

町内には資料をそろえた「ゆかむりギャラリー」も作られているのだが、実はちゃんと歌える人が町内でも数少なくなっているのが現状なのだという。

「数え唄も100番ぐらいまであるのですが。すでに『生きた伝統』ではなくなりつつあるんです」
保存協会も作られ、この奇習を守っていくとのこと。

明石家には、実際に浴場に「ゆかむり」用の柄杓が置いてあった。
手にとってみた。水飲み用の柄杓よりはおおぶりではあるが、何も知らずに手にすると、「これでお湯を飲むのかなあ」とか勘違いしそうだ。
歌の文句も節も知らないので、「い〜ち、ザバーン。
に〜い、ザブーン」と、数だけ数えながら頭からお湯をかぶる。
……10回ぐらいで、クラクラしてきた。あったまるというより、のぼせそう。

ちなみにこの温泉、「ヒステリー」にも効能があるそう。効能もまた、世にも珍しい。
数え唄口ずさみながら、呑気にお湯かぶってたら、そりゃあ気分的にもヒステリーがどっかいっちゃうかもな。
で、
「ぜひ、ウチのカミさんを連れていきたい!」
という御同輩にピッタリの温泉です。という、オヤジ記事的まとめでどうか。
(太田サトル)