「太郎」を愛した男たち
現在も、「スーパースターズ」編が好評連載中ですが、やっぱり“無印”『ドカベン』が、いろんな意味で光っている気がします。
「気は優しくて力持ち」なだけの男が、なぜかあまたの男たちを狂わせる。『ドカベン』山田太郎の話だ。


一見お人よしに見えて、笑顔でえげつないことを言う太郎。
たとえば、虚弱投手・里中ちゃんの代わりに登板したオレ様キャラ・渚に対して、「おまえももろいな」「意地をみせろ」「情けないいいわけするな」「降りたいなら自分でマウンドを降りていけ 降りたら退部届けをかいておいた方がいいぞ」と、これでもかこれでもかとキツイ言葉を笑顔で浴びせ続ける太郎。

こんなにキツイのに、それでも、周りの男たちは、みんな太郎に夢中である。
その最たる者はまず、里中ちゃん。
野球において、ピッチャーとキャッチャーが「擬似恋愛」の関係にあることはよく指摘されることだから、これはまだ良いとしよう。逆にいえば、太郎が渚にいじわるなのも、よく分かる気もする。

おかしいのは、プチストーカー・谷津吾郎あたりからだ。
宿泊先でもどこへでも「谷津メモ」片手に追いかけ、「土門さま」宛てに山田メモを綴る行為は、尋常じゃない。「山田さんはさすがにスケールが違います」「山田さんは群を抜いています」と、四六時中、太郎を趣味のように見つめている。

さらに、東海高校の雲竜などは、自主トレ中に一人、頭にドカベンを思い浮かべながら、熱狂するのだ。
「死ね〜〜〜ドカベン」(32巻)
これは、憎しみと裏返しの、強すぎる愛情ではないだろうか。他人に「死ね」呼ばわりされることって、そうそうないはずだ。
二人の間に過去に何かあったんじゃ?……そんな深読みすらしたくなる。

雲竜の熱い思いはさらに激化、愛と憎しみの間で揺れ動き、34巻ではバントする山田に対し、「三振さすことしか頭になかった雲竜をバントと読ませなかった山田のファインプレイだ」(里中)、「山田太郎 まったくすみにおけんやつ」(土門)と周囲が評するのに対し、こんな激情を吐露している。
「きたねえぞ山田 それでも男か(中略)」
だが、そこがまた移ろいやすい乙女心(?)。同じ試合の9回裏には「気に入ったぜ山田 男の勝負タイ」と再び熱情が溢れ出してもいる。

また、山田に対し、わけのわからない情熱を抱いているのが、吉良高校の南海権左。野球経験もなかったのに、山田という男に魅せられ、「片腕にしたい」という理由だけで、神出鬼没に夜の宿舎までのぞきに行ったり、山田を金縛りにあわせるために、連日、水ごりまでするという徹底ぶり。しまいには、やっぱり雲竜と同じく、「死ね〜〜」と叫んで力尽きている(36巻/のちに「腕が動くよう祈っていただけ」と弁解)。

さらに、口惜しいのは、誰もが認める実力とゆるぎない自信・不敵さ・「ウフフ」笑いの愛嬌をあわせ持つ不知火までも、太郎に夢中だということ。
「悔しいが 打倒おまえに眠れない日が続いたぜ」「鋼鉄のような肩をつくり弓のような腕をつくり そしてカマのような手首をつくった そしてその中からみつけだした山田殺し」(34巻)。
不知火も殺したいほどなのだ。みんな、あんな雪ダルマみたいな男のどこがそんなに良いって言うのさっ!? やっぱり才能? それとも、たくましさ!? 安心感?

男が惚れる男・山田太郎。その情熱には嫉妬してしまいます。

(田幸和歌子)
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