企業の社会的責任や環境対応が求められることは以前から常識となっていたが、このランキングではさらに、組織の倫理、透明性、企業文化など、多面的な観点が加味されている。ランキングの背後にある新しい視座を読み解くことは、今後の企業経営のヒントとなるはずだ。
本記事では、TIMEのランキングの全体像と評価方法を解説するとともに、持続可能性を再定義し、企業経営のトレンドや、日本企業の課題と可能性について掘り下げていく。
TIMEのランキングが示す“持続可能性”の再定義
TIMEとStatistaが共同で発表した「世界で最も持続可能な企業500社(2025年版)」は、企業の“サステナビリティ”をめぐる評価のあり方に大きな転換点をもたらしている。これまで重視されてきた環境への配慮に加え、社会的責任や倫理性、組織の透明性、そして長期的な成長力までもが評価対象となっており、従来の「環境にやさしい企業」という枠をはるかに超えた視点で構成されている。調査の対象となったのは、世界中の上場企業5,000社以上。企業の応募は不要で、信頼性の高い公開情報と外部データベースに基づき、Statistaが評価を行った。評価は、「環境(Environment)」「社会(Social)」「ガバナンス(Governance)」「報告とコミットメント(Reporting & Commitment)」という4つの評価領域にまたがる20以上の主要データポイント(key data points)を用いて、以下の厳格な4段階の評価プロセスに基づいてランキングを構成している。
1.持続不可能な事業の除外
化石燃料や森林破壊といった持続不可能な産業に携わる企業、カーボンメジャーと特定された企業や環境災害に関連する企業を除外。
2.コミットメントと格付け
外部のサステナビリティ格付けと信頼できる組織(CDP格付け、国連グローバル・コンパクトへの準拠、S&Pグローバル・サステナビリティ・イヤーブックへの掲載など)によるコミットメントに基づいて企業を評価。
3.報告と透明性
サステナビリティ報告書の入手可能性と品質を評価。ESG報告書が発行されているか、報告書が外部保証を受けているかどうか、国際報告基準への準拠状況の評価が含まれる。
4.環境と社会への責任
企業の社会的責任(CSR)報告書から、さまざまな環境・社会に関する主要業績指標(KPI)を調査。
これらの評価項目は、環境・社会・ガバナンス・報告とコミットメントといった多面的な視点から企業を捉えるものとなっている。そして注目すべきは、これらの基準が「部分的な取り組み」ではなく、企業の経営全体にどれほど一貫して根付いているかを測っている点だ。一部のプロジェクトで環境配慮を行っていても、組織全体としての透明性や倫理性、多様性への姿勢が欠けていれば、ランキングでの高評価は得られない。
TIMEのランキング設計には、「環境配慮だけでは不十分」という強いメッセージが込められており、企業が持続可能性を中核に据えてどれだけ本質的な経営改革を行っているかが評価の鍵となっている。
ランキング上位企業に見るサステナビリティ戦略の最前線
今回のランキングで上位に入った企業群を見ると、持続可能性を成長戦略の中核に据える企業像がより鮮明になっている。とくに目立つのは、主にデジタルサービスを提供する企業──たとえば、金融、コンサルティング、通信、リサーチなどの事業を行う企業や、他社に再生可能エネルギーを供給する企業の存在感だ。中でも注目すべきは、2年連続で1位に輝いたフランスのシュナイダーエレクトリック(Schneider Electric)である。同社は、エネルギー管理のためのソフトウェア開発と、企業への脱炭素化支援という二面性を持ち、まさに「環境×IT×コンサルティング」を体現する存在だ。
同社は、エネルギーグリッドのデジタル化技術において、シーメンス(Siemens AG)、GE Vernova、ABBといった競合を凌ぎ、世界をリードするプロバイダーと評価されている。2025年第1四半期の報告によれば、2024年のサステナビリティ目標をすでに上回る実績を達成しており、以下のような成果が報告されている
・リッチランド・ロジスティクス社のEVトラック導入支援(ラストマイル配送向け)
・ヨーロッパ各地でのEV充電ステーション「Schneider Charge Pro」の展開
・他社のCO2排出量削減支援(特にランキング上位企業への直接的貢献)
このように、持続可能性の取り組みはもはや“社内対策”にとどまらず、他企業の脱炭素化を支える“サービス化されたソリューション”として展開される傾向が強まっている。ランキング上位に登場する企業の多くは、「自社の排出削減」と「他社への貢献」を同時に行いながら、ビジネス成長の軸としてサステナビリティを活用している。
こうした構造は、単なる製造業やインフラ企業に限らず、知識集約型・技術支援型の企業においても、持続可能性が新たな競争優位の源泉となっていることを明確に示している。
グローバル評価に学ぶ、日本型サステナビリティの現在地
2025年版ランキングでは、日本企業もいくつか上位に名を連ねており、特に野村総合研究所(以下、NRI)(6位)とNEC(7位)が世界的に高く評価された。両社に共通して見られるのは、単なる環境対応にとどまらず、多様性やガバナンス、ESG情報の透明性といった非財務領域への本格的な取り組みを進めている点だ。両社は、温室効果ガス排出量を算定・報告する際の国際的な基準であるGHGプロトコルにおける区分、Scope1~3にわたる排出量の把握と削減目標の設定に加え、ESGレポートを国際基準に基づいて開示しており、外部認証(CDPやSBTiなど)も取得済み。また、役員構成の多様化や腐敗防止方針の明示、人的資本投資などにも積極的に取り組んでいる。NECは社会課題解決型の技術活用で、NRIは脱炭素支援とダイバーシティ推進で、それぞれ高いスコアを獲得した。
こうした事例に見られるように、日本企業の強みとしては、以下の点が挙げられる。
・現場起点の改善力や技術的信頼性の高さ
・一貫性のあるESG実行と、地道な積み上げによる信頼性
・環境・社会・経営の各側面で丁寧な対応を進める姿勢
一方で、全体的な傾向としては課題も残る。特に以下のような点が、ランキング上での広範なプレゼンスを妨げている。
・情報発信時の国際対応力の弱さ(英語での発信、報告の構造化)
・ガバナンスや多様性に関する実効性の差
・サステナビリティを戦略全体で語る「構想力」の不足
ランキングで上位に食い込んだ企業の多くは、サステナビリティを“管理項目”ではなく“価値創造の源泉”として位置づけている。NRIやNECのような企業が示す方向性を、日本全体としてどう拡張・標準化していけるかが今後の鍵になるだろう。
企業に問われる「全方位的サステナビリティ」
TIMEが示した今回のランキングは、もはや企業が部分的な“環境アピール”をしても通用しない時代に入ったことを物語っている。持続可能性は「総合格闘技」的な視点を必要とし、全方位的な対応が求められている。企業にとっては、経営戦略そのものを再構築する必要がある。
持続可能性は、単なるトレンドやスローガンではなく、企業の未来そのものを形づくる核心的な要素である。ランキングの結果を参考にしながら、自社の在り方を根本から問い直すことが、これからの企業にとって避けて通れない課題だ。
文:中井 千尋(Livit)