石破茂首相は7日、首相官邸で緊急記者会見を開き、「自民党総裁の職を辞することにした」と表明。総裁選に出馬しない方針を明らかにした。
ポスト石破はどうなるのか。ジャーナリストの城本勝さんは「ある閣僚経験者は『こんなときは無色透明、無名が一番』と話した。知名度も人気もある小泉進次郎氏や高市早苗氏ではない人物に注目が集まっている」という――。
■退陣論に抗えなかった石破首相
衆院選に続いて参院選でも大敗しながら、首相の座にしがみついていた石破茂首相は、自民党内からの辞任を求める圧力に抗しきれず、7日、ついに退陣を表明した。
衆参両院で過半数を失うという異常事態に陥った自公政権は、敗北の責任論にようやく一定の区切りをつけて、新体制の構築に進むことになるが、政権存続のための政治体制づくりはいままで以上に難しい。
自民党内では、高市早苗氏や小泉進次郎氏のようなビッグ・ネームよりいっそ無名の政治家に運命を託すべきだと言う声さえ出始めるなど、さらに混迷を深めている。
■決定的だった石破・小泉会談
いつもの事ながら、いかにも平凡で、あっけない幕切れだった。筆者も含めベテランの政治ジャーナリストの何人かは、8日の臨時総裁選の実施を求める意見集約の前には、石破茂首相自ら退陣を決断するだろうと見ていた。
臨時の総裁選に賛成する自民党議員が120人を超え、都道府県連の賛成が半数に迫る情勢になったあたりからは、退陣表明は時間の問題だったが、決定的だったのはやはり6日夜首相公邸での石破・小泉会談だ。
石破首相は、はじめは菅義偉副総裁も交え、その後は小泉農水相と一対一で、2時間話し合った。関係者によると、この席で小泉氏は、総裁選実施を求める声が過半数を超えるのは必至の情勢だと伝えた上で、「これ以上対立が続けば自民党の分断が決定的になる」「党分裂を避けるためには石破首相自身が身を退いてほしい」と説得したという。
こんなことが前にもあったなというデジャヴ(既視感)を感じさせる展開だ。

4年前の2021年の8月31日、小泉氏は、9月中旬に解散して自民党の総裁選を先送りする案に傾いていた当時の菅首相のもとを訪れ、「総裁選に勝利して解散するのが王道です」と解散を踏みとどまるように説得している。
■4年前と同じ「辞任劇の顔触れ」
この時、総裁選で勝ち目がない情勢だった菅氏に事態打開のための解散を進言していたのは、当時の森山裕国対委員長(現幹事長)だった。そしてこの小泉氏の説得が利いたのか、菅氏は総裁再選を断念、退陣表明を決断した。小泉氏は退陣表明後に菅首相と会談した後涙ながらに「感謝しかない」と記者団に語っている。
ちなみに、小泉氏は、この時の総裁選には出馬せず、同じく出馬を見送った石破氏とともに河野太郎氏の支援に回り、「小石河連合」と呼ばれることにもなった。河野氏はその後距離を置いているが、「小石」連合は生きていたのだ。
今回の退陣表明劇を見ていると、石破、小泉、菅、森山と役者も同じ顔ぶれで、ここまでのシナリオも4年前と変わらないような気さえする。大きな違いの一つは、小泉氏が、重要なバイプレイヤーから、ついに主役の座に登りつめるのかどうかという点だろう。石破氏の後任を決める総裁選に小泉氏が出馬するのかどうか、これが今後の大きなポイントの一つだ。
■麻生太郎氏の闘い
総裁選の今後を占う、もうひとつの大きな要素は、石破降ろしに成功した陣営の中心人物・麻生太郎元首相(党最高顧問)が、果たして政局の主導権を握れるかどうかだ。
麻生氏の石破嫌いは筋金入りだ。2007年、自民党が参院選に大敗した時、続投を模索した当時の安倍晋三首相を激しく非難し退陣を迫った石破氏に対して、安倍氏の盟友・麻生氏は、自民党を一度離党したやつにそんな事を言う資格があるのか、と激怒していた。
さらに、2009年にはリーマンショックのさなかに支持率低迷に苦労する麻生首相に対して、麻生内閣の閣僚でありながら公然と退陣を迫ったのも石破氏だった。
去年の総裁選で、決選投票の土壇場で高市氏支持に回ったのも、「石破憎し」の一心からだった。参院選後に表面化した石破降ろしの局面でも、旧安倍派の裏金関係議員たち以上に執念を燃やした。
自民党内に唯一残った派閥を総動員して、石破首相の引きずり降ろす麻生氏の姿は、老いの一徹というのか妄執というのか、「ドン引きしてしまう」という自民党若手もいたほどだ。この先、自民党内で麻生氏が影響力を維持できるかも不透明と言わざるを得ない。
■高市早苗氏「心はとっくに決めている」
そして前回の総裁選では麻生氏に支持された高市早苗氏。総裁選があるかないかはっきりしない時期から、「心はとっくに決めている」と満々たる意欲を示している。
去年の総裁選去年の総裁選では、党員投票でトップをとり、決選投票で石破氏に僅差で敗れている。従来の総裁選なら、ライバルの石破氏が失脚した以上、高市氏が最有力であるはずだ。世論調査でも「次の首相候補」の常に上位を走り続けてきた。だが、自民党内では、高市氏の総裁就任には疑問を呈する議員が少なくない。
石破氏が選挙敗北の責任を認めて、すぐに辞任に踏み切らなかったのは、「石破頑張れ」という世論の盛り上がりがあったことも一因だ。
その背景には、「選挙の敗因をつくった旧安倍派の裏金議員たちが石破首相の足を引っ張っている」という世論の批判があったことは間違いない。
高市氏は裏金とは関わっていないが、高市氏を推した議員に裏金問題に関わった議員が多かったことも事実だ。去年の総裁選で高市氏に推薦人になった20人のうち10人が落選したり引退したりして支持勢力も減っている。
■高市支持層に起きている変化
裏金問題にけじめをつけられないままズルズルときたことが、衆院と東京都議選に続いて参院選も惨敗した最大の要因だ。当然、最終的な責任は石破首相ら党執行部が負うべきだが、凝りもせずに党内での主導権を取り戻そうとした勢力にも責任がある。それを多くの国民も感じているのだ。
高市氏を支える「強硬右派」の支持層にも変化が生じている。参政党や日本保守党の登場で、強硬右派の一部がそうした新興勢力に流れている。世論調査では常にトップを走る高市氏だが、自民党支持層に限ると小泉氏や石破氏に後れをとっている調査もある。
そもそも今回も麻生氏の支持が得られるかどうかは不透明だ。前回と違い、今回の総裁選は首相の座に直結していないからだ。誰が新総裁になっても、どの野党と協力関係をつくるのか、連立の拡大も含めて新しい政治体制の構想が問われることになる。

その意味では、高市氏が、どのような政策を掲げて、国会での多数派を形成するのか、友党の公明党にも忌避感が強い中で、その戦略は見えてこない。
■ポスト石破の有力候補とは
「国会で過半数を失った自民党にとって、次の総裁の最大の仕事は『敗戦処理』だ。知名度があるとか、選挙の顔とか考えずに、野党と地味な交渉ができるような実務型の政治家がいい」
石破氏を支えてきた閣僚経験者の一人は、ポスト石破についてそう語った。
衆院議員の任期も次の参院選も2028年なので、それまでの3年間は、野党との妥協を最優先に自公政権を続ける。その間に自民党の体力を取り戻し、選挙の顔になるような新しい総裁にかえて総選挙で過半数を取り戻すのが一番だというのである。
確かに自民党の都合だけを考えれば、それしか方法はないだろう。
その閣僚経験者は、一番ふさわしいのは林芳正官房長だという。誕生日の1月19日にちなんで「何かあったら駆け付ける『政界の119番』です」と自己紹介する林氏である。
外相経験もあり、宏池会の事務総長もつとめ政治経験も豊富だ。政策的にも穏健な保守の立ち位置で、野党との関係も悪くない。
■「こんなときは無色透明、無名が一番なんだよ」
石破官邸周辺だけでなく、自民党内には林待望論が少なくない。ただ、世間的な知名度はあまりない。
そう疑問を投げかけると、その閣僚経験者は「だからこそいいんだよ」と言った。
「高市や小泉は確かに知名度もあるし、党内で人気もある。しかしこれからのことを考えると、どちらも独自色が強すぎて不安があるだろう。こんなときは無色透明、無名が一番なんだよ。私は、加藤勝信財務大臣や斎藤健元通産相も有資格者だと思うがなあ」
加藤氏も斎藤氏も自民党内では、実務能力も経験も十分だと見られている。加藤氏は、前回の総裁選では最下位、斉藤氏は立候補を断念しているが、自民党内に特に敵がいないという点では確かにダークホースの存在だろう。
ただ、石破退陣に伴う総裁選は、党員投票も行う「フルスペック」にすべきだという声が党内では強い。そうなればやはり高市、小泉、それに若手が期待する小林鷹之氏といった知名度が高い候補が軸になるだろう。総裁選の方式も結果を大きく左右する。
■誰が総裁になっても政治不信
今回の「石破降ろし」で改めて明らかになったように、自民党は、結党70年で、すでに政党としての耐用年数が過ぎている。政権維持云々の前に、政党としてどう立て直すのかが問われている。今回の総裁選も、参院選の総括で明記された「解党的出直し」の出発点にしなければならない。

ただ、それもこれも、自民党内のお家の事情、「コップのなかの嵐」に過ぎない。いま日本の政治が問われているのは、内外の山積する課題にどう対応していくのか、その課題に取り組む政治体制をどうするかということだ。
総裁選の争点が、どうやって挙党体制をつくるのか、とか、次の選挙の顔に誰がふさわしいかという内向きの問題になってしまえば、今度こそ本当に国民に見放されるだろう。
参院選からすでに50日が経過している。この間、選挙結果を受けたガソリン税の減税問題や物価対策の給付金支給の問題など、与野党の協議も進んでいない。民意を受けた課題だけでなく、山積する内外の問題に的確に対応できない状態が続いているのだ。
自民党の結論待ちで、主体的に何も手を打てない野党の責任も重大だが、この期に及んで、選挙の前に表紙を替える発想や、首をすくめて嵐が過ぎ去るのを待ち続けるような姿勢では、誰が総裁になっても、さらに深刻な政治不信に見舞われることになるだろう。
■自民党に明日はあるか
「自民党が信頼を失うことになれば、日本政治が安易なポピュリズムに堕することになってしまうという危惧を強めている。古い自民党のままで何も変わっていないと見られるようでは自民党の明日はない」
石破首相は、退陣表明の記者会見でそう述べた。志半ばで退陣せざるを得ない無念さとともに、相変わらず理屈に合わない権力闘争が繰り広げられ、そして、それに敗れた口惜しさが滲むものだった。
だが、どんな理由があるにせよ、選挙の大敗を受けて、直ちに進退を決断できなかった結果、国民にとっては何のメリットもない空虚な時間が過ぎてきたことへの反省は感じられなかった。
記者から「この50日間は政治空白ではないか」と質問されたのに対して、トランプ関税をめぐる交渉が続いたことや賃上げに取り組んだことなどをあげたが、どれも空疎に響いた。結局首相の地位に恋々としがみついたことで、事実上、政治が動かなかったことは否定できない。その責任感の欠如こそが、石破氏の最大の罪だと言えるだろう。
自民党の結束や立て直しがどうなろうが、国民にとってさほど重要な意味はない。国民の様々な希望を汲み、政策をどう具体化していくのか、そしてそのための政治体制をどう構築していくのかが政治の最高指導者に求められることだ。
次の首相を決めることにもつながる自民党総裁選の最大の争点になるだろう。その問いに応えられなければ、「自民党に明日はない」という言葉は現実のものになるかもしれない。

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城本 勝(しろもと・まさる)

ジャーナリスト、元NHK解説委員

1957年熊本県生まれ。一橋大学卒業後、1982年にNHK入局。福岡放送局を経て東京転勤後は、報道局政治部記者として自民党・経世会、民主党などを担当した。2004年から政治担当の解説委員となり、「日曜討論」などの番組に出演。2018年に退局し、日本国際放送代表取締役社長などを経て2022年6月からフリージャーナリスト。著書に『壁を壊した男 1993年の小沢一郎』(小学館)がある。

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(ジャーナリスト、元NHK解説委員 城本 勝)
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