何と言っても、娘がAIに相談したことだ。いいとか悪いとかの問題ではない。相談する場が生成AIだったことに、一様に驚きが広がっている。どうしてAIに? という意見と、「そういう手もあったか」という納得が交錯しているようだ。だが、どちらにせよ、家庭内での暴力は許されるものではない。
■相談する場なんてなかった……
「昔の自分を思い出しました。うちの父親は酔っては暴力をふるうタイプで、私は物心ついたときから父に殴られている母を見て育ったんです。私はいつも妹を抱えて震えていた。あるとき、この状況をなんとかしたいと子ども心に思って、夜、近所の家に飛び込んだことがありました」
そう言うのはアカリさん(40歳)だ。近所の夫婦が駆けつけてくると、父親は借りてきた猫のように静かになった。
「娘がお宅に行ったんですかと父が私をにらみつけた。近所のおじさんは『そうじゃなくて、なんか物音が聞こえたから』と私を慮ってくれた。
経済的な側面から離婚できない母のせつなさも分かっていたが、歯がゆかった。外では「愛想のいいエリート会社員」の父親が家で変貌することを、アカリさんは結局、小学校卒業時まで誰にも言えなかった。
■パトロール中の警察官に遭遇し
「母に『みっともないから誰にも言うな、あんたも学校に行けなくなるよ』と言われれば黙るしかないですよね。そんな母の態度が父を増長させたと今になって思うけど、あの頃はどうしたらいいか分からなかった」
父は毎日、暴力をふるうわけではない。仕事でストレスがたまったとき、いきなりキレるのだ。予測はつかない。
「中学に入った頃、また父がキレたんです。私が外に飛び出したら、たまたまパトロール中の警察官に会って。今すぐ家に来てと言って来てもらいました」
当時は、警察もあまり家庭内のことには深入りしてこなかったが、それでも暴れる父を止めてくれ、事情を聞いてくれた。
■母は離婚を決意
それが何かのきっかけになったのだろう。母が目を覚ました。このままではいけないと一念発起し、父の両親に状況を訴えた。
「母はちょうど今の私と同じくらいの年齢だったと思う。耐えて耐えて、でも耐えきれず、これはおかしいとやっと思えたんでしょう。父と母の実家を巻き込んで、とうとう離婚しました。『オレのストレスを家族が受け止めるのは当たり前だろ』と言い放った父の言葉を私は忘れられません」
反省しているようには見えなかったが、養育費は父の両親経由で毎月、振り込まれたらしい。実は父の両親が出してくれたのかもしれないが。
「母と妹との3人暮らしになったとき、家庭ってこんなにホッとできる場所なんだと生まれて初めて思いました。母がテレビを観ながら笑い転げていたんです。こんなに笑う人だったんだと母をかわいそうに思いましたね」
■今でもトラウマに
母は朝から晩まで働いていたが、それでも明るく元気だった。しかし大人になってからもアカリさんは、大きな声を出したり酔ったりする男性が苦手だった。
「高校を出て入った会社で新入社員の歓迎会があったんです。私はウーロン茶でしたが、先輩たちはビールを飲んで。酔って少し声が大きくなった上司を私、いきなり突き飛ばしてしまったんですよ。これほどのトラウマがあるとは自分でも思っていなかったのでビックリしました」
その件は後日、会社にきちんと話し、カウンセリングも受けた。一応、気持ちの整理はついているし頭では理解できているが、それでもいまだに酔った男性がいると体が固まることがある。
「もちろん人によると思います。妹はけっこう平気ですから。酒飲みの男性と結婚して、3人も子どもを産んで、仕事も続け、酔った夫にビシバシ文句を言ってますからね。彼女は強い。でも私はダメですね。結局、男性への不信感が強いままなので今も独身です。自分が家庭を作ることを想像できない」
同じ環境で育っても、子どもの感受性は異なるし、ケアしたとしても克服できるとは限らない。









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