6月17日(土)に神保町・一橋大学一橋講堂にて《アニメーションプロデューサー・丸山正雄のお蔵出し/『夏への扉』上映+トークセッション》が開催された。
竹宮惠子の短編漫画を真崎守監督が詩情溢れる演出でアニメ化した意欲作を久々に大スクリーンで楽しめた貴重な機会であり、豪華な出演声優陣も登壇したこのイベントの模様をお伝えしよう。


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本イベントは、虫プロダクション作品『W3(ワンダースリー)』(1965)でアニメ業界入り、以後もマットハウス、MAPPA、M2などのスタジオで数多く作品を手掛け、今年82歳を迎えながらいまだ現役のアニメーションプロデューサーを務める丸山正雄さんが手掛けた膨大な作品群の中から、上映・放映の機会の少ない作品を厳選して上映、併せて丸山さんと親交が深いクリエイターを招いてのトークセッションを行うシリーズ《丸山正雄のお蔵出し》第3弾企画。

今回の上映作である『夏への扉』(1981)は、当時はまだアニメで描くことがタブー視されていた同性愛や性の目覚めといった描写をまじえながら、少年たちの青春群像を描いた意欲作。現在の目で見てもその挑戦的な姿勢や独特の演出・映像美は鮮烈な印象を残す。
物語の舞台は20世紀初頭のフランス。ギムナジウムの個性的なグループのリーダー格である少年マリオンは少女レダニアとの幼い恋に揺れていた。しかし高級娼婦サラと出会ったことをきっかけに、マリオンと仲間たちとの関係に変化が訪れて……。


◆丸山プロデューサーと辻さんが語る『夏への扉』◆

イベント開始前の丸山プロデューサー、そして招待客として会場に訪れた脚本・辻真先さんにお話をうかがうことができた。
「観た人に『古い』と思われなければいいけれどね、何しろ大昔に作った作品ですから」と少し心配そうな丸山さんに対し、辻さんは「僕はまったく心配していませんよ」と応える。
「何年か前に大学の講義で若い人に観てもらったことがあるけれど、リアクションが非常に良かったです。ベッドシーンやら何やら、『あの時代にここまでやったんですか?』って(若い人も)驚いていたし、当時から感心していた(真崎)守ちゃんのカメラの使い方やカットのつなぎ方なんかもちゃんと届いていましたから」という辻さんの言葉に、丸山さんもようやく安心した様子に。

この作品への取り組みについて丸山Pに改めてうかがってみると、
「あまり日本のアニメっくない作りにしよう、という狙いがありました。なのでフランス語のナレーションを入れたり、音楽を(セルゲイ・)ラフマニノフ風にしてくれとハネケン(音楽=羽田健太郎)に頼んだり、実は割に思い切ったことをやっているし、遊びがいっぱい入っています」という回答が。


さらに丸山さんは「僕は『エースをねらえ!』(1973年)とか少女マンガのアニメを作ったし、同じ竹宮惠子さん原作の『地球へ…』(1980年)もあったけれど、やっぱり男性向けとして作っていた。でも『夏への扉』は完全に女性向けに振り切って、キャラクターデザイン、美術、音楽、トータルで女性路線をやった最初(の作品)だと思う」と本作の革新性を語り、辻さんも「僕の意識もそうだった、本当に開き直って少女マンガをやりましたからね」とこれに賛同した。
「それが時代を切り拓いた部分はあるのかもしれないね……でも考えたら、僕はその後もマッドハウスでそんなことばっかりやっているかな(笑)」(丸山P)

豪華なキャスト陣について訊ねると……
「当時は新人の男の子を4人使っただけだったのに、今回集まってもらったら『おお、豪華なキャストだった!』ってなってたね(笑)」(丸山P)
「つまり、それだけ丸山さんが ”目利き” だったわけですよ」(辻)。

(C)竹宮惠子・東映アニメーション

◆豪華キャスト集合の”同窓会”◆

イベントはモデレーターを務めるアニメーション史研究家・原口正宏さんの作品解説からスタート。本作が生まれた時代背景や歴史的評価、鑑賞する際のポイントなどが簡単に紹介された後、観客席にいた辻さんも急遽登壇し(辻さんの弟子でもある脚本家・金春智子さんも同席)、原作者・竹宮惠子さんとの出会いのエピソードなどを披露。
「(当時は)ちょうど『少女コミック』が新しい少女マンガを模索していた時期で、小学館に行って編集者とよくおしゃべりしていたものでしたから、それがこういう形に実を結んだという気がしました」と作品について抱いた当時の印象も語った。


続いて本編が上映。59分の中編作品ながら、その密度と緊張感は長編映画にも劣らず、強烈な映像世界で観客を惹きつける。
繊細な心象表現、端正なキャラクター芝居、イラストタッチの静止画やスローモーション、ストップモーション、息を飲むような大胆な描写など、多彩な映像で織り上げられた詩的な世界は圧倒的に個性的かつ魅力的。
42年の時を経てもまったく古びることなく、むしろ、その挑戦的な作風は今もなお斬新な輝きを放っており、上映終了とともに会場は大きな拍手に包まれた。

短い休憩を挟んで、いよいよ豪華ゲスト6名によるトークセッションが開始された。
登壇したのは丸山プロデューサーのほか、主人公マリオン役・水島裕さん、ジャック役・古谷徹さん、リンド役・古川登志夫さん、クロード役・三ツ矢雄二さん、そしてレダニア役・潘恵子さん。


古谷さん、古川さん、三ツ矢さんといえば、声優ユニットの先駆けとも言えるバンド「スラップスティック」のメンバーとして旧知の仲。そして水島さんと三ツ矢さんは『六神合体ゴッドマーズ』のマーズ&マーグとして一世を風靡。さらに古谷さん、古川さん、潘さんは『機動戦士ガンダム』のアムロ・カイ・ララァ役……と、例を挙げたら切りがないほどアニメ・声優界の最先端で数え切れない名作を彩り、そして現在もなお第一線で活躍している。これだけのメンバーが勢揃いする機会は、めったにないだろう。

最初の自己紹介で、同性である主人公・マリオンに恋心を抱く少年・クロードを演じた三ツ矢さんが「あの頃と内面は何も変わっておりません。(当時)誰がクロードをキャスティングしたのでしょうか? それが知りたい今日この頃でございます」と発言、場内が笑いに包まれると、それをきっかけに場の空気は一気に和み、自然なムードでトークは展開していくことに。

42年前の作品ということで各自の記憶もおぼろげになっていたものの、潘さんの抜群の記憶力と原口さんが用意した資料によって当時の様子が少しずつ甦り、会場に集まった同世代の観客たちも巻き込み、さながら同窓会のような雰囲気となった。

◆作品の記憶と丸山Pとの仕事の思い出◆
古川さんが「『夏への扉』で僕が覚えているのは、潘ちゃんがすごくかわいかったなってこと」と語ると、三ツ矢さんは「(クロードが)厩舎の馬小屋から飛び出して ”うわぁーっ! ”と叫ぶシーンをやったあとに、古川さんが僕に『あの叫び声は、三ツ矢じゃないとできないよな』って。それは褒められてるのかな、どっちかなと思いつつ、古川さん、僕のことよくわかってらっしゃると思ったのを覚えてます」と、当時を振り返った。

古谷さんは「『夏への扉』をやる3年前の(水島)裕が『一球さん』をやっている頃、僕も一緒に出ていたんだけれど、当時二人でファンミーティングをやったんです。その時、竹宮惠子先生の『風と木の歌』を朗読劇でやったんですよ」とエピソードを語ると、水島さんも「そうだ! あなたの発案で(やった)。言われて(記憶が)蘇った!」とリアクション。

その際、古谷さんは竹宮さんに直接、許可をもらう手紙を書いて快諾をもらい、後日、朗読劇を録音したカセットテープも送ったそうで、「そんな経緯があった3年後に『夏への扉』。それから『地球へ…』にも『アンドロメダストーリーズ』にも出させていただいて」と竹宮作品との自身の縁を感慨深そうに振り返っていた。

また、三ツ矢さんは本作について「42年前からLGBT問題を扱っているという、先見の明が凄いと思います」と評価、「そして、それを演じた僕が何も変わっていないというのも(凄い)」と続けて場内を沸かせた。
「当時は一応 ”ええっ、わかんないなぁ……” みたいな顔をしていましたが、本当は何から何まで理解してました! クロードの気持ちは全部、僕のもの! そんな気持ちでやりましたけれど、やっていて気持ちよかったです」と笑いをまじえつつ、作品や役柄への強い思い入れを感じさせてくれた。
それに続く三ツ矢さんの「あれから丸山さんは僕に変わった役しかくれません。この作品はそんな節目になった気もしますが……嫌な気持ちはいたしません(笑)」という言葉をきっかけに、それぞれの丸山さんの作品での仕事を振り返る流れに。

「丸山さんはこれをきっかけに、今日にいたるまでずっと間断なく声をかけてくださって、本当に恩人です。昔だと辻真先先生の脚本で『火の鳥 鳳凰編』の茜丸ですね、それから最近では『からくりサーカス』のフェイスレス、これは大好きなキャラクターです。難しいキャラクターでしたけど、自分の守備範囲が広がったような気がして、本当に感謝しております」(古川さん)。

「『幻魔大戦』(東丈役)があったり……そのあとは『パプリカ』(時田浩作役)ですね」(古谷さん)。

「僕は大友克洋監督の『工事中止命令』(オムニバス作品『迷宮物語』内の一編)とりんたろう監督の『X電車で行こう』。どちらも当時衝撃的な作品で、僕が普段やらせてもらわないようなタイプの役でした」(水島さん)。

そして潘さんは「私は徹さんと一緒だった『幻魔大戦』(沢川淳子役)や、みんなも出ている『銀河英雄伝説』。それから、うちの娘が大変お世話になった『HUNTER×HUNTERA』で育ての親(ミト役)をやらせていただいて」と、娘である潘めぐみさん(『HUNTER×HUNTER』[ゴン役])と親子二代にわたって丸山作品に出演していることを感謝した。

すると丸山プロデューサーも、「オーディションで ”潘という名字はあまりないな” と思いつつ、ちょっと顔を見て親子とは思えなかったから、関係はない人だろうと思って男の子役でキャスティングしたら、のちのち ”姉です” って言って現れた人がどっかで見た人だった(笑)」と『HUNTER×HUNTER』親子共演時の貴重な裏話を披露してくれた。

終盤には、イベント翌々日の6月19日に82歳の誕生日を迎える丸山プロデューサーを祝って、三ツ矢さんのリードで一同が「ハッピーバースデートゥーユー」を合唱、さらには先に話題に上った潘めぐみさんがサプライズで登場、丸山さんに花束を贈呈するという、過去と現在がひとつになるような微笑ましい一幕もあった。

今回のイベントは、同時代に同じ世界で活躍していた面々ならではの楽しいトークが繰り広げられ、作品が、キャストが、そしてファンが歩んできた時代をあらためて実感させるような時間となった。
またステージでは基本ニコニコ笑いながら聞き手にまわっていた丸山プロデューサーだが、ベテランの声優陣から絶大な信頼を集め、また現在も『夏への扉』の時と同様に攻めの姿勢で斬新な作品に挑戦し続けていることを熱く語る場面が強く印象に残った。

アニメというジャンルが歩んできた時間の長さと濃密さ、その一方で決して古びることのない挑戦的な作品の魅力、積み重ねたキャリアの厚みと変わらぬ新鮮さを感じさせてくれた声優陣――『夏への扉』という画期的な作品を通して、様々なことを感じ取ることができる貴重な機会となった。

(C)竹宮惠子・東映アニメーション