今年7月に全国劇場にて公開された『おそ松さん~魂のたこ焼きパーティーと伝説のお泊まり会~』は、相変わらずの6つ子たちのドタバタ騒ぎにちょっとドキッとする要素も含んでいて、年季の入った松ファンにも ”『おそ松さん』らしくて最高” と評判!
そんな新作アニメの制作秘話を、監督の山口ひかる、音楽の橋本由香利、エイベックス・ピクチャーズの西浩子の3人に語ってもらった(全2回・前編)。

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赤塚不二夫の『おそ松くん』を過激にアップデートして蘇らせた『おそ松さん』。
大人になってもニートで童貞の6つ子たちが繰り広げるドタバタを時にコミカルに、時にはシュールに、時にはリリカルに描くシリーズ最新作のテーマは「たこ焼きパーティー」と「お泊まり会」だ。

いつものように無為無策な日常をダラダラと過ごしていた6つ子が、なぜか憧れのトト子を招いてたこ焼きパーティーを開催することに! しかも、チビ太やイヤミ、ハタ坊、デカパン、ダヨーンのいつもの仲間に加えて、トト子が連れてきた橋本にゃーも加わって大盛り上がりのパーティーは、まさかのお泊まり会へと発展!? しかし、奇跡の展開の裏にはトト子の密かな思いが隠されていた……。t

●「たこパ」と「お泊まり会」採用の経緯●

ーー今日はお三方で集まって本作をあらためてご覧になったそうですが、公開後の今の感覚で観た印象はいかがでした?

山口 そうだなぁ……「ここ、ちょっとミスに気付けなかったんだよなぁ」とか「ここは、こうしておけばよかったな」という気持ちが、時間が経つにつれて生まれてきて、「もの作りにゴールはないんだな」と実感してしまいます。でも、舞台挨拶などでお客様の反応を見た時に楽しんでいただけている様子だったので、それは本当にありがたいなと思っています。

橋本 私はもう完全に観客目線になって、ひたすら「ああ、かわいい、おもしろい」って楽しませていただきました(笑)。

西 私は、今作では企画の初期段階の「どういうお話にしましょうか?」というアイデア出しの時期だけ現場でご一緒させていただいて、その後の本読み(脚本の打ち合わせ)には参加していませんでした。
その後、完成直前のダビングの頃からまた参加させていただいたのですが、「こんなに心にグッとくるお話を作っていただいて……」と感動しました(笑)。これまでの『おそ松さん』にはないドラマで、新しい道を切り開いていただいたという印象を強く受けました。

ーー確かに、藤田陽一監督のTVシリーズ第1~3期や『えいがのおそ松さん』とも、小高義槻監督の『おそ松さん~ヒピポ族と輝く果実~』ともテイストが違っていて。監督が違うと同じ『おそ松さん』でも変わるものだなと感じました。

山口 自分では「変えよう」と意識したことはないんです。意識したところで、「自分ができること」しかできないですから。
もともと藤田さんに「(今作で監督を)やります」とお話をした時、最初は「胸を借りるつもりで」とお伝えしたのですが、藤田さんが「いや、自分のフィルムだと思って作りなさい」とおっしゃっていただいて。ですから、「それならば、自分ができることをやろう」という気持ちで作りました。

ーー今作は「たこ焼きパーティー」と「お泊まり会」という2つの大きなテーマ/モチーフが採用されていますが、これはどのように決まったのでしょうか。

山口 「お泊まり会」が先でしたよね? 西さんから「お泊まり会、観たい!」と。

西 確か、脚本の松原(秀)さんがばっと上げてくださったアイデアの中から「お泊まり会、楽しそう!」って思いました。

山口 そこから、お泊まり会ということは舞台が家の中に限られてくるし、そこでやるとした何? という話になり、まあ大人だしお酒は飲むかな、みたいなところから「じゃあ、たこパ?」という風になったと思います。


西 たこ焼きに関してそんなにめちゃくちゃ相談したという印象はないですよね。「何をやる?」のアイデアの中に入っていたくらい。そしたらある日、松原さんからの資料に「たこ焼きパーティー」という言葉がドンと入ってきて(笑)。

山口 そうですね、添えてあるだけだったたこ焼きがある日突然、自分がメインみたいな顔でしゃしゃり出てきたという感じになって(笑)。
でも、どうなんでしょう? 私も松原さんも西日本側の人間だから自然に出てきたことなのか……もしかしたら関東の人とかだと別の題材になっていたのかなとも思うのですが。

ーー昨今は関西以外でも「たこ焼きパーティー」は浸透していますが、「家にたこ焼き器がある」という感覚は……関西では普通と聞きますが、全国的にはそこまで一般的ではないかもしれません。


橋本 私もやったことないです、たこ焼きパーティー(笑)。大人になるまでたこ焼きの焼き方もわからなかったですよ。

山口 ああ、どうやってひっくり返すの? とか。作中の一松状態ですよね(笑)。

(C)赤塚不二夫/おそ松さん製作委員会

●本作を裏で支えるトト子の「何となく」なリアリティ●

ーー今作のもうひとつの特徴は、トト子がストーリーの鍵を握っていたことですね。

山口 少しハートフルな要素を入れたいという狙いが初期段階からあったのと、劇場で公開する作品としてただわちゃわちゃしているだけではなく、何かストーリー全体を貫くような要素がほしかったんです。

同時に、群像劇的な要素も入れたかったというのもあります。最初はバラバラに見えていたことが最後は何かひとつに集約する、つながっているという構成にしたくて、”裏主人公” ではないですが、軸となる存在としてトト子ちゃんに白羽の矢が立ちました。

ーー山口監督ご自身が女性だから、という受け取り方が適当かどうかはわかりませんが、トト子の感情の描き方が少し生々しく感じました。彼女自身もよくわからない「何となく」という心の揺れがリアルだな、と。

山口 トト子ちゃんってそもそもTVシリーズ第1期の時から、周りの人が婚活しているとか、子供を連れているのを見たりとか……それでマグロを殴ったりしていたじゃないですか(笑)。そういうところで、本人にもよくわからないけれど、何かちょっとモヤっとする感情って、明示されてはいたんです。

第2期だとキンちゃんが来た時(第16話「となりのかわい子ちゃん」)も、あれはちょっとしたヤキモチなんでしょうけれど、本人はそれがわかっていなかった、とか。今回はそこに大きめなフォーカスをしたということかなと、私の中では思っているんです。

別に今回、急にトト子の不安さが出てきたわけではなくて、大人になったトト子の中にずっとあった感情の延長線上というか。ただ、具体的な描き方に関しては私自身が友達や家族、周囲の近況の変化などを聞いて蓄積されている気持ちが若干、反映されているかもしれないですが。

ーー橋本さんは今回のトト子ちゃん、ご覧になっていかがでしたか。

橋本 危ういなぁ……って思いました(笑)。

山口 そうですね、危うい(笑)。

橋本 結構、ギリギリなところで生きている部分もあるのかなと思いました。

西 観終わった後に謎の涙が出ますよね(笑)。トト子って今まではギャグ的な面が強かったというか、本読みでも「女の闇あるある」じゃないですが、「こういうの、腹立つんですよね」みたいな話を取り入れていただいて笑いになっていましたが、今回は「笑える」から次のステップに進んだような気がします。
トト子ちゃんも一人の人間なんだなと、劇場で観る作品だからこその ”心に残る何か” をトト子ちゃんが観客に届けてくれましたよね。個人的にはトト子ちゃん、ちょっと大人になったなって思いました。

ーー6つ子が相当にヤバいので目立ちませんが、トト子ちゃんも冷静に考えると大丈夫?……という部分はありますからね。

山口 そうですね、明確には描かれていないけれど。でも、トト子ちゃんも悩みながらアイドルを続けていますし、自分にできることをがんばってほしいですよね。今後のトト子に期待! みたいな気持ちです。

〈プロフィール〉
山口ひかる【監督】
『おそ松さん』第1期から多くの話数で絵コンテ、演出を担当。『ギヴン』(2019年にTVシリーズ/2020年に劇場版)を監督。

橋本由香利【音楽】
『おそ松さん』第1期から全作で音楽を担当。『輪るピングドラム』(2011年にTVシリーズ/2022年に劇場版)、『3月のライオン』(2013年)他で音楽を手掛ける。

西浩子【エイベックス・ピクチャーズ】
エイベックス・ピクチャーズ所属。TVシリーズ第1期から『おそ松さん』の製作に参加。

(C)赤塚不二夫/おそ松さん製作委員会