ノスタルジックでミステリアスなSF/ファンタジー世界を独特な感性で描き出すアニメーション作家・塚原重義が、満を持して放つ長編アニメーション作品『クラユカバ』と『クラメルカガリ』。同じ世界観をベースに、それぞれ異なるテイストで楽しませてくれる2作品が4月12日(金)より同時に公開開始となった。

そのうちの1本『クラメルカガリ』は、炭鉱の町・箱庭の物語。炭鉱夫たちの採掘により日々変化する迷宮のような道を、小さな身体を活かして探り地図を作る”箱庭紡ぎ”を営む少女・カガリの姿と、箱庭をめぐる人々の思惑やその先の騒動を描く冒険活劇だ。
カガリを演じるのは人気声優佐倉綾音。いつもとはひと味違う新鮮なトーンの声と演技で、独特な物語世界を彩っている佐倉は、本作のどこに魅力を感じ、それをいかに表現しようとしたのだろうか?

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◆肩の力を抜いたオーディション◆

――『クラメルカガリ』の世界、そして演じられたカガリというキャクターの第一印象はいかがでしたか。

佐倉 オーディション時にいただいた資料は情報量が少なくて、世界観がわかる場面写真のようなカットが数点とキャラクターデザインだけだったのですが、まず、そのキャラクターデザインが個人的にとても好きでした。
私は描き込まれた絵か、徹底的に引き算されている絵かの両極端が好みなのですが、この作品のキャラクターはかなり引き算でデザインされています。
線を減らすと単純に情報量も減りますが、この作品はシンプルな線でもキャラクターにちゃんと愛嬌があって、「本当に絵の巧い人」でないと表現できない世界が展開していると感じました。カガリもちょっと片目が隠れているデザインからミステリアスな雰囲気が読み取れて、この子のこと好きかも、というのが第一印象でした。

そしてもうひとつ、世界観全体が茶色っぽくて紙のような質感を感じさせてくれるところにも惹かれましたね。私自身、小さい頃から絵を描くのが好きでしたが、デジタルで絵を描くことを覚えてからも必ず紙のテクスチャを使って描いているんです。
セピアな質感の絵が好きなので、作品自体のレトロな雰囲気も含めて少し懐かしい気持ちにもなり、「この世界に入れたらきっと楽しいだろうな」という気持ちでオーディションテープを作りました。

――カガリ役のオーディオションには、どんなイメージで臨みましたか?

佐倉 イメージを構築する時は、そのキャラクターが持っている信念や叶えたい夢などの”原動力”が大事だと思っていて、そこをまず見極めようとします。
でも、カガリはいただいた資料からそこがあまり読み取れなくて……(笑)。オーディション用にいただく台詞も、普段はそのキャラの大事な部分が抜き出されて「これを表現してみてください」と挑戦状のように突きつけられることが多いのですが、カガリの台詞は何となくぼんやりした、マイペースさが押し出されたものばかりだったので、かなり緩いキャラクターとして構築していいのかもしれないと思いました。

ちょうど自宅でオーディションテープを録ることを覚えた時期だったので、家にいる素に近い自分のまったり感、肩の力が抜けたゆったり感を載せてみようかなと、背中を丸めて座ってダラッとした状態の中、パキッとした色使いの作品だと絵に負けてしまうくらい緩い発声と滑舌でテープを吹き込んでみたんです。
そんな風に「飾らないこと」は自分的にも挑戦でしたし、あまり他の作品で使ったことのない声のトーンでした。

※塚原監督の「塚」は正しくは旧字体です

◆新しい引き出しを開けた役作り◆

――実は塚原監督にお話をうかがったところ、佐倉さんのキャスティングについてはオーディションテープの「演じている声」もさることながら、自己紹介の雰囲気が良かった、と。

佐倉 オーディションあるあるですね(笑)。
私に限らずいろいろな声優さんが作品のオーデョションで、スタッフさんから「自己紹介が良かった」みたいなことを言われると聞きます。

――でも、そのくらいご自身の”素”に近いトーンだったわけですね。

佐倉 そうですね。普段は画面やキャラクターデザインに合った声色や声質、お芝居の感覚を考えながら組み立てますが、アニメーションは色の鮮やかさやキャラクターデザインの派手さなどもあり、ある程度は誇張して演じたほうがハマるパターンが多いんです。
勿論それはそれで魅力的な作品を作る上で大事なことですが、どうしても自分の素の喋りに近いトーンを発揮する機会は少なくて。「でも、もしかしたらこの『クラメルカガリ』だったらできるのかも?」という思いで、緩いトーンで演じたオーディションテープを提出させていただきました。


――佐倉さんご自身にとっても、今まで開けていなかった引き出しを開けたような感覚が?

佐倉 そうですね、いつかこんなトーンも使えたらいいなと思っていました……が、いざ役が決まって本番のアフレコの時になったら、私が肩の力を抜けないという緊急事態が起きて、テンパってしまいました(笑)。
テープの時は背中を丸めて座って録っていたのに、いつもの仕事をするスタジオで、スタンドマイクの前に姿勢良く立って演じたら、最初のテストでスタッフさんから「もっとダルい感じでお願いします」と調整が入って。確かにテープではもっと背中を丸めていたし、もっと発声も緩かったかも、と。実は、オーディションテープは家のクローゼットに籠もって録ったので、スタジオにいながらクローゼット内の景色を思い出したりしました(笑)。

でも、結果的にはとても楽しかったです。自分でも驚くくらい無理のないところでお芝居ができて、現実との境目がわからなくなるような感覚すら覚えました。
カガリというキャラクターを通して私自身、面白い挑戦をさせていただいたなと思います。

※塚原監督の「塚」は正しくは旧字体です

◆”未完成の地図”に感じるロマン◆

――作品本編をご覧になっての印象はいかがでしたか。特に魅力を感じたポイントを教えてください。

佐倉 まず新鮮に感じたのは、音楽と映像が合致した時、作品はこんなに魅力的になるんだ、ということです。少し薄暗い雰囲気をまとった映像に、テンポよく転がっていくような音楽がこんなにもマッチするのが意外でした。そして、その組み合わせの妙が物語を引っ張って、お客さんを惹きつけるようになっていると感じました。

実はアフレコ時にすでに音楽が付いていて、音楽に引っ張ってもらって作品の世界観に入って行けたので、演じる上でも大きな助けになりました。観客の皆さんもきっとこの作品の楽しさを、音楽を通じても感じとってくださるんじゃないかなと思います。
ちなみに、この作品のような音楽は何というジャンルなんでしょう。(取材を見学していた塚原監督に)監督、音楽はどういうオーダーをしたんですか?

塚原監督 全体的には”チンドン屋”感ですかね。作品をひとつの”お祭り”と見立て、作ってもらいました。

佐倉 ああ、確かにそうかも! 聴いているだけで「やったぁ! 楽しい!」みたいな気持ちになれるのはお祭り感ですね、間違いないです。

――ストーリーの印象はいかがでしたか。

佐倉 個人的にはまず、カガリが生業にしている”箱庭紡ぎ”、つまり地図を作るという仕事に心が惹かれました。

――空想世界の地図、しかも未完成……何となくワクワクします。

佐倉 めちゃくちゃワクワクしますよね! そしてその仕事が少年・少女にしかできないという設定も魅力的で、自分の中の少年・少女が喜びます(笑)。少女なりに仕事を全うしようとするカガリがいて、逆にそこから抜け出して大人になろうとする少年のユウヤがいる。「箱庭」という世界自体に対するそれぞれの思いも違ったりして、その対比も重要なポイントになっています。
 そして何より「箱庭」の地図が未完成、という点がとてもロマンがあるなと思います。現実では日進月歩でさまざまな物事が解明されていくからこそ、まだ不完全な世界に惹かれる自分がいる。不完全とか未完成って、つまり未知で無限だということですよね。だからこそ、この『クラメルカガリ』の世界に行きたくなるし、自分も箱庭紡ぎになりたいと感じる――そんな物語です。

きっと、どんなストーリーが展開するか想像がつかない人も多いと思いますが、何もわからないまま立ち向かっても大丈夫。映画館の席に座って画面を観ているだけで、いつの間にか世界に没入しているという体験ができるはずですから。
普段アニメを観ない人にも観てほしいですし、映画やアニメを愛し自分なりに矜持を持って観ている方にも観てほしい。たくさんの人に体感してほしい作品です。

※塚原監督の「塚」は正しくは旧字体です