ノスタルジックでミステリアスなSF/ファンタジー世界を独特な感性で描き出すアニメーション作家・塚原重義が、満を持して放つ長編アニメーション作品『クラユカバ』と『クラメルカガリ』。同じ世界観をベースに、それぞれ異なるテイストで楽しませてくれる2作品が4月12日(金)より同時に公開開始となった。

そのうちの1本『クラユカバ』は、危険な地下世界”クラガリ”を舞台に謎めいた集団失踪事件の謎を追う探偵の姿を描くミステリアスな物語。主人公の探偵・荘太郎の声を人気講談師の神田伯山が担当し、荘太郎と共に謎を追う人物・タンネを演じるのは幅広い表現力に定評ある若手声優黒沢ともよ。独特の世界観を作り上げる〈声〉の魅力にも注目が集まっている。
本作が二度目の共演となった伯山と黒沢の二人が、本作の奥深い魅力とそれぞれの〈声〉の表現について語った貴重なインタビューをお届けしよう。

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――お二人はTVシリーズ『ひそねとまそたん』(2018)以来の2度目の共演ですが、まずは本作に出演なさったお気持ちからお聞かせください。

伯山 僕は本当に、プロの声優さんに対して凄く敬意があるので、申し訳ないって気持ちです。
よく声優さんたちの中にタレントが入ってくることあるじゃないですか……僕、お客の立場として大っ嫌いで、本当に(笑)。しかも黒沢さんはプロ中のプロですから……逆に言えば、そういう方がいらっしゃるからこそ今回、荘太郎をやらせていただきました。助けていただけるというか、こんなにも頼もしくありがたいものなのかと、本当に拝むような思いでした。

黒沢 そんな……私のほうこそ伯山先生とご一緒させていただけて、拝むような思いです。アニメーションっていろいろな人の力で作られていますが、今回の『クラユカバ』は特に「音」「言葉」の情報がとても多い作品だと私は感じています。「言葉」を生業にされている方がお二人(伯山と活動弁士の坂本頼光)いらっしゃったので、情報量が二倍、二乗、という感覚。
台詞も一つひとつが長めで、会話劇というより書き言葉をやり取りするというか、〈語り〉の感覚があった気がします。そこがこの作品にしかないテイストにつながっていて感動的でした。

――作品の世界観や物語にはどんな印象を受けましたか。

伯山 僕は池袋に住んでいたんですけれど、池袋って少し治安が悪かった時期があって、「あそこは行っちゃいけないよ」とかよく言われていたんですよ。ドラクエ狩りとか、バッシュ狩りとか、オヤジ狩りとか、とにかくやたらと狩られていた時期(笑)。

黒沢 (笑)。


伯山 でも子どもって、そういうのにどこかで惹かれるんです。獣道と楽な道があると獣道のほうに行っちゃうとか、童話とかでも子狐がわざわざ危ないほうに行っちゃうとか、あるじゃないですか。好奇心旺盛だから「行っちゃいけない世界」ってどういう世界なんだろうって感じる。僕は臆病な子だったので実際には行けなかったですけれど、子どものほうがそういうドキドキとか不思議とか、好きだったりするんですよね。
この映画を観ると、そんな童心に戻るような、行っちゃいけない世界にスッと誘われるような気持ちになるんです。そういう意味では、親子で観に来ていただくのにも向いている物語なんじゃないかなって思いました。


黒沢 私たちは2年前に「序章」として冒頭の15分を収録させていただいていて、今回やっと全編に触れることになったのですが、序章の段階ではもっとドラマチックに展開するのかしらと思っていたんです。でも実際に全編に触れてみると、「死」が身近になるクラガリで生きる人たちの”日常”を描いた作品なんだなとわかって、それが面白いと思いました。
秘密が少し明らかになる気もするけれど、実際のところ何も明らかにならず、淡々と物語が展開するのが魅力的です。

――伯山さんは演じるにあたって、主人公の荘太郎にどんなイメージを持ちましたか。

伯山 『探偵物語』の松田優作さんだとか、僕の世代的には『古畑任三郎』とか『金田一少年の事件簿』とか『ケイゾク』とか、そういう系譜の流行ったドラマは多いですよね。そういった作品に登場する、ちょっとニヒルで影があって、でも芯は真面目で……荘太郎はそういう王道の探偵の空気を背負っている、探偵ものが好きな人たちが好きな探偵だなっていうイメージを受けましたね。


――黒沢さんからご覧になった、伯山さんが演じた荘太郎の印象は?

伯山 いやいや、やめてください、そんな質問! 目の前で答えを聞くのが辛い!(笑)

黒沢 (笑)。今回は収録でご一緒はできなくて、私はほとんどのシーンを先に伯山先生に録っていただいた声を聞きながら演じさせていただいたんですが、何というか、私には”正解”しか残されていなかったという感覚でした。「これ、穴埋め問題じゃん」みたいな感じで。

――つまり伯山さんの演技に合わせて自然に演じることができた、伯山さんの荘太郎がそのくらい素晴らしかった、と。

黒沢 そう、逆に「これ、どうやって録ったんだろう?」って知りたくなるくらい素晴らしかったです!

伯山 本当ですか? いやぁ……僕はプロの声優さんではないから、台詞のやりとりとか上手くできない。実際には台詞をひとつずつはめていくようなやりかたでやらせてもらったんですよ。
例えば”あれ、おかしいぞ?”みたいなニュアンスで言う「ん?」のひとことを、15回くらい録り直したりとか。

黒沢 ……凄い!

伯山 でも、そんな風にやってもらえるのが嬉しかったです。こちらからもお願いしたんですが、本当に妥協なくやってくれて、講談の勉強にもなりました。「そうか、『ん?』というだけでこんなに何パターンもあるんだな」って。

黒沢 わかります。それは逆に、とても贅沢な収録ですよね。その現場、一緒にいたかった!

伯山 いやいや、黒沢さんもきっとその場にいたらチラチラ時計を見ていますよ(笑)。でも、そのくらい声優さんってめちゃめちゃ奥深いんだな、と……いや、知ってはいたけれど、それにしても凄いなって肌で感じました。
黒沢さんに限らず今回出ていらっしゃる超トッププロの人たちは皆さん、ひと声でそのキャラクターの世界を表現しちゃうじゃないですか。感服しました。

――伯山さんは普段、講談で「語る」というお仕事をなさって、その中でいろいろなキャラクターを演じ分けています。今回は声優としてひとりのキャラクターを声で表現しますが、そこに違いはありましたか。

伯山 これは、ものすごく明確に違いがあって。声優さんって120%、声だけでいろいろな感情を伝える商売だと思うんですよ。僕ら講談師は、感情をがっと入れるところもあるのですが、イメージで言うと感情表現を60%くらいにしないと逆に物語がお客様に届かないジャンルなんです。
全部に120%の感情を入れると、アニメの場合は素晴らしい表現になるけれど、講談だと全体的に少しうるさい作りになっちゃうみたいで、うちの師匠も凄く大事な台詞をあえて棒読みにしちゃう時があるんです。そうするとお客さんが勝手に想像で補って、自分の一番グッとくる台詞として受け取ってくれる。そんな不思議なことが起こるから、講談にはずっとは120%は出さないっていう文化があるんです。

黒沢 じゃあ今回は、逆に120%出すことを意識なさって?

伯山 そうなんです。アニメなのでそのつもりでやってはいるんですが、ただ、荘太郎がニヒルなキャラなので、何が120%なのかよくわからない(笑)。どこまでやっていいのか塩梅が本当に難しかったし、改めて声優さんは凄いなと思いました。でも、その試行錯誤が楽しくもありました。

――本編を拝見すると、伯山さんの声と演技から荘太郎という人物像が鮮明に伝わってきましたし、伯山さんが演じているという個性も感じられて、とても魅力的でした。

伯山 そうでしたか? それならよかったなぁ。

――黒沢さんはタンネというキャラクターを演じられましたが、どんな人物と捉えていましたか。

黒沢 タンネは最初にいただいた資料では「謎の~」とか、「何故か~している」とか、何の説明にもなっていない情報しかなくて(笑)。現場に行って塚原監督に「この子はどういう子なんですか?」と聞いたら、「……どういう子なんでしょうねえ?」って言われて(笑)。そこから録り始めたんです。

伯山 ははは、大変だ(笑)。

黒沢 それから「装甲列車の列車長ということで軍人的な振る舞いをするところもありつつ、少女性は失いたくなくて、ただ時々少年のようにも見えて、大人でもなく子どもでもない――そんな感じでお願いします」と言われました。ですから、自分の中でいちばん女の子っぽい声からいちばん男の子っぽい声まで、まずは10パターンくらい刻んでやらせてもらって。

伯山 ……そこがもう、凄い。

黒沢 その中で「ここ」というトーンで「序章」は録らせていただきました。今回、2年経って本編を録った印象としては、軍人らしい側面が強い子になったな、と。
また「軍人らしい」という面では、収録前に塚原監督から「映画『独立愚連隊』(1959・岡本喜八監督)を観てきてくれ」という指示があって。この『クラユカバ』の世界で言う軍人というのは、『独立愚連隊』のような軍人のことです、とのことでした。
「『死』というものと常に隣り合わせなのに、軽快に生きている。いつ誰がどうなるかわからない中で『へへへ』と笑いながら生きている。そんな雰囲気でやってください」と言われ、そのイメージも大切にしました。

伯山 なるほどね。僕はもう、黒沢さんの声が出た瞬間にタンネの世界観ができあがっていたから、本当に単純に、素人みたいに「うわぁ凄い」という印象でした。でも確かに言われてみれば、ちょっと『独立愚連隊』みたいなポップな要素も入っている。今聞いて、確かにそうだよなぁと勉強になりました。
男の子でも女の子でもない、大人でも子どもでもない、不思議なキャラクターですが、監督の要請を黒沢さんが分解して見せてくれたら、確かにそうなっているのがわかる。だからこそ、あの独特の浮遊感があるんだなって、謎解きができたような気持ちですよ。そして、それを声だけで表現しているというのもえげつないなと今、聞いていて改めて思いました。

黒沢 嬉しいです(笑)。

伯山 まあ、共演者同士で褒め合ってばかりでも仕方ないですが(笑)、ただやっぱり声優さんのことはどこまでも褒めたいというのが僕の本音ですよ。

――では最後に、お二人がお勧めする映画『クラユカバ』の見どころを教えてください。

黒沢 塚原監督の世界観に伯山先生の「語り」――今回は「台詞」が絶妙にマッチしているのがこの作品の大きな魅力です。今、これだけアニメ作品が数多い中で「唯一無二」という言葉を使うのは憚られるのですが、塚原監督と伯山先生のタッグは本当に唯一無二だと思います。

伯山 ああ……嬉しい。

黒沢 アニメを愛してくださっている皆さんはもちろんですが、普段あまりアニメを観ない方にも楽しく観ていただける作品だと思いますので。ぜひ、ご家族で劇場にきていただけたらとありがたいです。宜しくお願いします!

伯山 この映画は、塚原監督というアニメーション映画を愛する人の夢がひとつ叶ったということでもあるんじゃないかと僕は思っていて、まずはそれがとても嬉しいですね。インディーズからずっとアニメーションを作り続けて、いろいろな映画賞で評価もされて、初めての長編を見事に作り上げて……というドキュメンタリー的な要素もある気がします。
それに、僕の周りの普段アニメに疎い人たちも「観たよ『クラユカバ』の予告。あれ面白そうだね」って言ってくれて。どこら辺が気になったか聞くと「絵柄が面白い」と。

黒沢 ああ、確かに!

伯山 レトロな雰囲気で、没入感がありそうで、凄く面白そうだ、と。まさにそこが見どころだと思います。映画館で64分の物語に没入していただいて、終わったら「ああ、夢だったのか……」みたいな気持ちになる。その一瞬の楽しさを味わっていただくという、映画の本質を体験できる作品だと思います。ぜひ、いろいろな方に観ていただけたらと思います。