ラグビー元日本代表のスクラムハーフで、ワールドカップ3大会に出場した田中史朗選手が今シーズンかぎりでの現役引退を表明。「将来的には日本代表のヘッドコーチを目指したい」と語る。

そんな彼の闘争心の源泉とは何だったのか? 後進の指導にも今後注目が集まる田中選手に迫る。



 容姿や性格、体型、生まれ育った環境…人は皆、大なり小なりコンプレックスを抱えて生きている。「もうこんな自分は嫌だ…」とわたしたちは、自分を否定してしまいがち。しかし各界の最前線には、むしろそれをポジティブにとらえ、バネにしている人がいる。例えば、ラグビー日本代表の田中史朗さん。日本代表として、2015年W杯南ア撃破に貢献。

世界最高峰のスーパーラグビーで優勝も経験しているレジェンドだ(現在開催中の2019年W杯でも大活躍)。田中さんの身長は166センチ。フィジカルがモノを言う競技で、「小さい」こととどう向きあい、活躍の糧にしてきたのか。





■背の順でずっと1番前。大きくなりたかった



日本ラグビー界の至宝・田中史朗選手が引退を表明 身長166セ...の画像はこちら >>

 



 小さいこと、昔はコンプレックスでした。小学校、中学校、高校と、…たまに2番がありましたけど、学校でもだいたい1番前。

中学1年生のときで138センチだったかな。嫌だったのは、集合写真のとき。別にいじめられていたわけではないんですが、友達から「はよ前に行けよ」と言われて前に座るのが嫌で。



 大きくなりたいと思って中学時代は牛乳を1.5リットル、毎日飲んでいました。1リットルじゃ足りないと。毎日夜中下痢に悩まされながら続けました(笑)。

でもあまり効果はなかったですね。



 結果的に小さかったからこそ、負けず嫌いになれたのかもしれません。大きい人には負けたくなかった。高校時代は体格のいいチームメイトと、トレーニングのたびに張り合っていました。彼が100m走ったらぼくは110m、また彼が120m走ってぼくが130m…。そんな感じで競い合っていくうちに高校日本代表にも選んでもらいました。

高校の先生には「お前は小さくてもスピードがある」と言われ、そこから「スピード」も小さい自分の武器として意識するようになりました。





■小さいぼくは狙われる。それを逆手に!



日本ラグビー界の至宝・田中史朗選手が引退を表明 身長166センチの日本代表はどうやって「小ささ」と向き合ったか?

 



 あとは、とにかく頭を使った。めちゃくちゃ考えました。



 ぼくは試合で、「小さい田中を潰そう」と狙われることが多いのですが、それを逆手にとろうと。アタック(攻撃)で、相手を限界までひきつけて、タックルを受けながら空いているスペースにパスして、他の選手を抜けさせる。

自分が起点になって味方をいかすプレーを意識しています。他に考えたのは、球捌きのときの“出すフリ”作戦です。ボールを触って球出しをするフリをして、止める。そうすると、我慢しきれずに飛び出してきた相手からオフサイドをもらえる。とくに、プレッシャーがきつかった日本代表、スーパーラグビーではよく使いましたね。いまでこそ、日本の9番は結構このプレーをしていますが、ぼくがやり始めたときは、他にやっている選手はいなかった。
自分の頭で考えたんです。



 ディフェンスでも、考えたプレーがありました。ここでもぼくはよく狙われます。でも、ボールを片手で持って、まっすぐ当たりにきたり、明らかに気を抜いてくる。そのボールの扱いが雑になったところを狙って、ボールをとってしまう。相手は「あれっ」という感覚でしょう。このプレーは何回も成功しましたが、とくに印象深いのが2006の年大学選手権準々決勝・法政大学戦です。一番最後の時間帯で相手の8番が当たりにきたところ、ふっとボールを奪えたんです。そのボールをつないで、勝利を決定づけるトライがうまれました。





■「小さくてもできる」。常にプラス思考で邁進



 自分の中で「小さくてもできるんだ」という、手応えをつかんだ試合があります。2007-2008年シーズンのトップリーグプレイオフセミフィナル・東芝戦。ぼくのパスミスが原因で決定的なトライをとられてしまいます。「もう負けた」と思いました。そこでトニー・ブラウンが「顔を上げろ。まだ終わってないだろ」と喝を入れます。自分のミスは自分で返さなきゃと、気合が入ったぼくは、その後相手ウィングのトンガ人選手を一発のタックルで倒すことができたんです。彼はゴツくて、ボールを持ったらトライ…という選手でした。結局試合は最後、トニー・ブラウンがダメ押しのトライを決めて勝利。この試合でぼくは「小さくてもしっかり体を当てればできるんだ」という手応えをつかめました。



 ラグビー王国、ニュージーランドもじつは小さい選手は多いです。たとえばスーパーラグビー・ハイランダーズで同じ9番の座を争ったアーロン・スミス。彼は身長170センチあるかないか。同様にスーパーラグビー・サンウルブズにいるジェイソン・エメリーも小さい選手ですが、センターとフルバックをこなし、決してパワー負けしません。彼らは「小さいから」という言い訳をしない。そのかわりに、とにかく一所懸命トレーニングします。他のスポーツを見ても、ボクシングの井上(尚弥)選手、サッカーの長友(佑都)選手など小さくても世界のトップクラスにいる選手が沢山いる。



 人より背が小さくたって、関係ない。サイズがないのであれば、そのサイズでできることをやるだけ。ぼくの場合はかわりに、スピードをつけたり、考えてプレーするようにした。いまなにかコンプレックスを抱えている方も、そこに悩んでしまうよりは、じゃあ自分には何ができるか?とプラス思考で向き合ってみてはどうでしょうか。そうすれば、もっといい自分が見つかるはずです。





文:BEST TIMES編集部