コラムと漫画、しかもプロの姉妹が一つのテーマで決闘する異種格闘表現バトル。今回のお題は【一戸建(いっこだて)】。
◾️姉・地獄カレーは【一戸建】をどうマンガに描いたのか⁉️
一戸建。このテーマで地獄カレーはどう描いたのか。
◼︎妹・吉田潮は【一戸建】をどうコラムに書いたのか⁉️
一戸建
50年近く生きてきて、一戸建にほとんどご縁がない。
最も長く住んだのは、全13棟の団地のようなマンション。エレベーターなしの5階建て。5歳~21歳までの16年間、最上階まで階段を上がりつめないと我が家にたどり着かない暮らしをよくぞまあしていたな、と今は思う。
子供の頃は各階の踊り場や階段の手すりを駆使して、まるで我が家のように遊んでいた。
マンションや団地には独特の共有スペースがあって、それはそれで楽しかった。
Tちゃんの家は長屋タイプの平屋建てだった。小さな庭というか玄関先でチャボを飼っていて、卵を食べさせてもらった記憶がある。子だくさんのご家庭だったので、チャボの卵は貴重な食料だったはず。歓待を受けたのだと思う。
Yちゃんの家は古い木造の平屋建てと思っていたが、廊下の先に謎の小さな階段があった。小さな階段が家の中にあることに、ちょっとロマンを感じた。なんというか精霊が宿っているような、違う生命体が居ついていそうな、そんな階段。子供心に上がってみたくてうずうずした。
当時はまだ汲み取り式のトイレがある時代。独特な芳香玉のニオイがよみがえる。芳香玉って、昭和っ子はわかると思うんだけど、なぜか蛍光色のボール状の消臭剤があったのよね。汲み取り式のニオイではなくて、あの芳香玉のニオイのイメージ。
Aちゃんの家は「白亜の豪邸」といった感じ。二階建ての瀟洒なお宅で、真っ白い壁に黄金色の手すりやドアノブが輝いていた。家の中に螺旋階段があったと記憶している。じゅうたんは複雑な模様を細かく描いた系。昔の金持ちはペルシャじゅうたんをこぞって家に敷いていたよね。カーテンもなんだか分厚くて大きな花柄。 我が家は基本ベージュ一色のじゅうたんだったし、夏はイグサマットを敷いていたので、「ああ、金持ちは複雑な柄が好きなんだな」と思った。
子供としては一戸建の自由さと個性がまぶしかった。チャボ飼ったり、家の中に小宇宙が広がっていたり。金太郎あめのように、3LDKでどこも同じ間取りのマンションに住んでいると、一戸建はなんというかワンダーランドのように感じた。
一戸建への憧れが強すぎて、一度無謀なことを始めた。家を建てようと思ったのだ。近所に県立行田公園という公園があったので、そこでスチールの空き缶を死ぬほど集めまくった。あの頃はアルミ缶ではなく、固いスチール缶が主流だったのよね。それをガムテープで連ねて壁にすれば、結構頑丈な家ができると思ったのだ。小学校2年生くらいだったかな。頭悪いよねぇ……。
友達も初めは付き合ってくれた。なんとなく壁のようなモノができたあたりで、日もとっぷり暮れた。家ができると信じて疑わないのは私だけ。友達は帰りたがっている。「続きは明日やろう」と思って、家に帰った。もうおわかりでしょう?
翌日行ったら、跡形もなく回収されていた。そりゃそうだわな。一戸建ドリームは一夜にして儚く消えた。そもそも公園内に自主建設は無理な話だった、と私もさすがに悟った。
ひとり暮らしを始めてからは、冒頭の1か月を除いて、ほぼほぼ集合住宅住まいだ。今のマンションも終の棲家と思っていたのだが、やや不安な点もある。老朽化である。住む人も建物も老朽化。
水漏れ起きるわ、ゴミ出しのマナーが欠如した住民がいるわ、ネズミ一家が繁殖し放題だわで、ひどい状況だ。これに対して、文句と注文だけ言ってきて理事会の運営には一切かかわらない人間はいるわで、頭を悩ませている。この数か月で「あー、もう引っ越してぇ…逃げてぇ…」熱が高まっている。
別居生活10年を迎えた我が夫は、静岡で一戸建に住んでいる。あっちも老朽化が激しいので問題は山積みだが、そろそろ終の棲家について考え始めちゃうお年頃だ。このコロナ禍で東京を離れたり、二拠点生活を始めた知人も増えた。東京の過密っぷりと確実に上がるであろう都民税を避けるために、という。確かに。想像しただけでも恐ろしい。五輪とコロナで東京都はすっかりド貧乏なのだから。
今住んでいる狭いワンルームマンションで死ぬまで暮らすとは思えないし、2匹の猫ももっと広々とした家に住みたかろう。私も猫もあと20年くらいは生きる予定なので、終の棲家計画を立て始めようと思っている。
(連載コラム&漫画「期待しないでいいですか?」次回は来月中頃です)