■政府の管理能力を信用し過ぎているのは誰なのか

 七月にはステファニー・ケルトン教授(※参考【三橋貴明×ステファニー・ケルトン】概論、MMT(現代貨幣理論))が来日し、八月はL・ランダル・レイ教授の本の邦訳が刊行されるなど、相変わらず話題のMMT(現代貨幣理論)。

 MMTによれば、自国通貨を発行できる政府はデフォルト(財政破綻)しないので、高インフレでない限り財政健全化は「不必要」です。

それどころか、デフレの時には、財政健全化はむしろ「不適切」な政策になります。適度なインフレになるまで、財政赤字を拡大すべきなのです(※参考『特別寄稿 中野剛志 消費増税も量的緩和も愚の骨頂!』)。

 これに対して、財政健全化論者たちは相変わらず、「過度なインフレになったら、どうするのだ」とMMTを批判しています。
 ケルトン教授も記者会見で、インフレ懸念の質問ばかり受けるものだからあきれ果て、「二十年もデフレの国でインフレ懸念の質問ばかりって、面白いわ」などと皮肉っておりました(※参考【記者会見】MMT提唱者 ステファニー・ケルトン ニューヨーク州立大学教授[桜R1/7/17])。

 それでもなお、財政健全化論者は、「政府はインフレを制御できない」と言い張り続けています。
 例えば、櫨浩一氏は、「MMT論者は、政府の管理能力を信用し過ぎだ!」と批判しています(※参考『MMT論者は政府の管理能力を信用しすぎている』)。

 このようなMMT批判が間違っていることについては、私はすでに何度か説明しましたので(※参考『ケルトン教授の来日を機に、日本史からMMTを考えてみました』)、ここでは省きます。

 今回論じたいのは、MMTを批判する財政健全化論者の方が、よっぽど政府の管理能力を信用し過ぎているということです。
 いや、もっと言えば、不可能なことまで政府に要求しています。
 つまり、「デフレ下で財政を健全化する」などという目標は、「不必要」であり「不適切」なだけでなく、達成「不可能」なのです。

 どうして「不可能」なのか。
 決して難しい話ではありませんので、順を追って説明しましょう。

 一国の経済は、国内民間部門、国内政府部門、海外部門から成り立っています。そして、ある部門の収支の赤字は、他の部門の収支の黒字によって相殺されます。
 つまり…

【国内民間部門の収支+国内政府部門の収支+海外部門の収支=0】
という等式が(事後的に)成立することになります。

 例えば、過去二十年間の日本のように、デフレで消費も投資も減退し、貯蓄超過(「国内民間部門の黒字」)になっている場合には、「政府部門の赤字」あるいは「海外部門の赤字(=経常収支の黒字)」によって、全体の帳尻があうことになります。

 もっとも、現在、世界経済の景気が減速しており、またアメリカをはじめとして保護主義が強まっている中で、経常収支の黒字(海外部門の赤字)を増やすことは望めません。
 したがって、今は、「海外部門の収支」をあえて無視して、
 【民間部門の黒字(貯蓄超過)=政府部門の赤字】
 と単純化して考えてもいいでしょう。

 

■MMT批判者の方が政府に幻想を抱いている理由

 さて、この等式から明らかなように、民間部門が貯蓄超過である限りは、財政赤字は減りようもありません。
 つまり、民間の貯蓄超過をもたらすデフレを放置したまま、財政赤字だけ削減することは不可能だということです。
 逆に言えば、財政黒字のときは、その裏返しで、国内民間部門が赤字のはずです。

 具体的に確認してみましょう。

 アメリカでは、1990年代後半に財政が黒字化しましたが、この時期の民間部門は赤字でした。いわゆるITバブルが発生して、民間債務が急増していたのです。

実際、1990年代末にITバブルが崩壊すると、それとともに財政の黒字化も終わってしまいました。

 日本経済でも、同じような現象が起きました。
 1980年代後半、日本の財政赤字は縮小し続け、1990年には黒字に転じました。同じ時期、民間部門の黒字は減少し続け、1990年に赤字に転じています。

 もうお分かりでしょうが、この時期はバブルが起きていました。民間部門がバブルにより債務を増大させたことの裏返しで、政府の財政が黒字化したのです。
 その後バブルが崩壊し、さらにデフレになり、民間部門が貯蓄超過になっていきました。それに伴って財政赤字は拡大し、現在に至っています。

 

 というわけで、「民間部門の貯蓄超過=財政赤字」というのが事実であると確認できたと思います。
 さて、そうだとすると、デフレで民間投資が停滞し民間部門が貯蓄超過である間は、どうがんばっても財政赤字を減らすことは不可能ということになります。

 もちろん、政府が強引に支出を減らし、税率を上げることはできますよ。
しかし、だからといって財政赤字を減らせるとは限りません。



 なぜなら、デフレ下で政府支出を減らしたり増税したりしたら、景気はもっと悪化します。
 そうなったら国民所得が減少するので、結局、税収は増えません。税収が増えなければ、財政健全化は不可能でしょう。

 要するに、デフレ下で民間部門が貯蓄超過である限り、財政赤字は減らない。それに、政府には支出の削減や税率の引き上げはできても、税収を意のままに増やすことはできない。
 したがって、デフレ下での財政健全化はどんなに高い管理能力がある政府であっても不可能なのです。
 過去二十年間、日本が財政健全化に失敗し続けてきたのも当然だったというわけです。

 

 というわけで、財政健全化を求めるMMT批判者の方が、よっぽど政府の管理能力に幻想を抱いているということがご理解いただけたでしょうか。

 このほかにも、日本には、「不必要」「不適切」「不可能」な政策がたくさん横行しており、それが日本経済をダメにし国民を無駄に苦しめています。

 詳しくは『目からウロコが落ちる 奇跡の経済教室【基礎知識編】』、『全国民が読んだら歴史が変わる 奇跡の経済教室【戦略編】』をご覧ください。
 話題のMMTについても、分かりやすく解説しています。

 

 

編集部おすすめ