僕がオーケストラでヴァイオリンを弾いていると知った人から、たまに質問攻めにあうことがあります。そんなとき僕は「ぜひ一度、オーケストラの演奏をナマで聴いてみてください」とアドバイスすることにしています。
それはどうしてなのか、をお話します。(齋藤真知亜 著『クラシック音楽を10倍楽しむ 魔境のオーケストラ入門』より)

■オーケストラはナマで聴け

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 僕がオーケストラでヴァイオリンを弾いていると知った人から、たまに質問攻めにあうことがあります。

「クラシック音楽ってどこが面白いんですか?」「初心者はどんな曲から聴くといいですか?」「オーケストラの人は何を考えて弾いているんですか?」「CDを聴いているとすぐ眠くなってしまうんですが、どうすれば最後まで聴けますか?」などです。

 そんな質問の数々を聴いていると、皆さん、クラシックは難しくてわからないと言いながら、実は興味があるのだなと思います。まったく関心がなければ、こんなに疑問を持つことはありません。聴いてみたけれどよくわからなかったとか、興味はあるけれど難しそうだから近寄らないという人が多いのだと思います。

 そんなとき僕は「ぜひ一度、オーケストラの演奏をナマで聴いてみてください」とアドバイスすることにしています。

 6歳のときからヴァイオリンを習ってきた僕が、「オーケストラでヴァイオリンを弾きたい」と思うようになったのは高校1年生になる前の春休みのことです。ヴァイオリンの先生から高校合格のお祝いにとチケットをいただき、初めて行った一流オーケストラのコンサートで、素晴らしい演奏に触れ僕は大感激しました。そして、「自分も、いつかこんなステージに立ち、オーケストラの中でヴァイオリンを弾きたい」という夢を抱いたのです。たった1回のコンサートが僕の人生を決めたことになります。

 なぜそこまでの衝撃を受けたかといえば、「ナマの音」を聴いたからにほかなりません。

レコードやCDで聴くだけだったら、たとえ「世界的巨匠の世紀の名演」といわれるような演奏でも、あそこまでの感動はなかったでしょう。

 ナマの音の迫力を体感するには、本当はオーケストラの中に座ってみるのが一番いいと思っています。

 いつだったか、お客さまに、実際にオーケストラの中に座ってもらったことがあります。初めて演奏者と同じ場所で演奏を聴いたお客さまは、「空気が嵐のように渦巻いている!」と驚いていました。

 それは当然です。音というのは空気が振動して伝わります。

オーケストラの中に座るということは、100個を超える楽器が発する振動のまっただ中にいるということですから。

 僕たちもステージの上で、常に空気の振動を感じながら演奏しています。振動どころか、ときには嵐の中で音が塊になって体にぶつかってくるような圧力に、全身の産毛が逆立つことさえあります。

 僕がオーケストラはナマで聴いてほしいというのは、ぜひこの「空気の振動」や「音の圧力」の迫力を感じてほしいからです。さすがにオーケストラの中に座るのはムリですが、コンサートホールに足を運んでいただければ、ステージからあふれ出す空気の振動は、十分感じられるはずです。

 また、漫然と見ているだけだとわかりませんが、ステージは左右に広いだけでなく、意外と奥行きもあります。

立体的に配置されたオーケストラの音は、ホールの天井や壁に反響して、大きな波のように客席に降り注ぎます。ダイナミックな音の波に包まれる体験を、ナマで味わわないのは本当にもったいないことだと思います。

 CDやレコードではこのような空気の震えはわかりません。テレビやラジオの中継も、聴きやすいようにバランスを調整されてしまうので、その場で聴く音とはまったく別ものです。

 そういえば以前、真空管アンプを扱っているオーディオショップの知人が「オーディオマニアは、凝れば凝るほどコンサートに足を運ばなくなるんですよ」と嘆いていました。

 現在は半導体が使われているアンプがほとんどですが、音質の良さや、音に温かみがあるという理由から、昔ながらの真空管アンプを好むマニアは少なくありません。

しかし、機械の性能に凝れば凝るほど、ナマの音を味わうという本来の目的を必要と思わなくなってしまうのです。

 大音量というだけならロックバンドも負けていません。しかし演奏者の衣擦れが聴こえそうな小さな音から、全員がザッとかまえて一斉に音を出すときのダイナミックな音まで、オーケストラほど幅広い音域と音量、そして表現力を持っている音楽媒体はほかにありません。この先、デジタルによる再生技術がどんなに進化しても、ナマの音の味わい、さらにオーケストラの迫力を再生することはできないと僕は思います。ナマに勝るものはありません。