「年金だけでは、老後の生活資金が2,000万円不足する!」「老後に備え、若い頃からの資産形成による”自助”を勧める」ーー。昨年発表された金融庁の報告書に、国民の多くが不安を抱いた。
「今のうちに投資を」と考えている読者に、「GPIFの年金政策ミスによって、長期にわたる株価低迷が始まります。アベノミクスを支えた年金運用の後遺症。その時期は、早ければ東京五輪後です」と語るのは、現況に危機感を抱き、警鐘を鳴らす元野村投信ファンドマネージャー・近藤駿介氏だ。「202X 金融資産消滅」の真実と「今すべきこと」を語ります。(『202X 金融資産消滅』(KKベストセラーズ)より引用)
【リスクと向き合う】投資はドーピング! 年金問題の「盲点」は...の画像はこちら >>
 ◼️金融リテラシーを向上させるために最も重要なこと ゼロ金利政策が長期化し、預金金利もほぼ0%にへばり付いていることで、人々の関心も「貯蓄から投資へ」と向かっているようです。こうした風潮と共に「株式投資をすれば金融リテラシーが向上する」というような、誤った認識までもが「投資の常識」であるかのように扱われるようになってきています。

 しかし、株式投資やFX(外国為替証拠金取引)、仮想通貨取引などを繰り返しても「金融リテラシー」の向上は望めません。それは、これらは「金融取引」ではなく「相場取引」だからです。私はこの「金融取引」と「相場取引」を同一視するかのような風潮こそが、日本の金融リテラシー向上を阻む大きな要因の一つだと思っています。

 「金融」は読んで字の如く「お金を融通する」こと、つまりお金を貸し借りすることです。 したがって、「金融」で最も重要な要素は「金利」と「契約」なのです。日常生活の中でもお金の貸し借りをする際に「利息は?」「契約書は?」と確認するのが一般的です。


 ですから、金融リテラシーを向上させるためには、「金利」と「契約」に対する知識と認識を高める必要があるのです。 日本で同じような投資詐欺事件が起きるのも、この「金融」において最も重要な「契約」 に対する認識が極めて希薄なためです。「金利」に対する知識と認識というと難しく感じるかもしれませんが、「その国で最も低いリスクで得られるリターンは国債利回りである」という「金利の常識」を持つということが最も重要なところです。
 この認識さえ持っていれば、ゼロ金利下で国債利回りよりず っと高い運用利回り(期待リターン)の商品を紹介された際に、「この高い利回りは何のリスクを取ることの代償なのか」という疑問が湧いてきて当然のはずです。

◼️「預金金利がゼロだから投資」は危険

 国債利回りよりも高い利回り(期待リターン)を得られる商品が全て怪しいという訳ではありません。しかし、国債とは異なったリスクを内包していることには間違いありませんので、投資家は高い期待リターンの代償がどんなリスクなのかを確認するのが当然です。 さらにいえば、自分がどんなリスクを取るのかが分からないような投資は行うべきではないということです。

 それは、その投資商品がいかがわしいものだということではなく、その投資商品に投資するほどまで自分の投資に対する理解力が高まっていないということです。 株式投資によって国債利回りより高いリターンを目指すのであれば「価格変動リスク」「企業業績リスク」などを負いますし、さらにTOPIX(東証株価指数)を上回るリターンを謳ったアクティブ投資信託ならばさらに「流動性リスク」や「信用リスク」などのリスクを取ることになるということです。 

 ゼロ金利政策が長期化し、国債利回りが0%、あるいはマイナス利回りになってしまったことで、こうしたリスクの確認が極めてルーズになってきているように思います。「預金金利がゼロだから投資」という「でもしか思考」では、金融リテラシーが向上することはありません。 

◼️あなたの投資はドーピングと同じ発想になっていないか?

 資産形成は長い時間をかけて「金利」と「信用」を積み上げていくのが基本です。

しかし、「金利」がゼロになってしまったことで、「時間」をかけてもそれによって得られるリターンがないので、「時間」をかけずに、言い換えれば努力をせずに簡単にリターンを上げたがる傾向が強まっているようで不安を感じています。 

 本来「時間」をかけて手に入れるべきリターンを「時間」をかけずにFXや仮想通貨への投資によって短期間で得るというのは、ドーピングと同じ発想です。投資はスポーツではありませんから、ドーピングが悪いわけではありません。しかし、ドーピングで得られたリターンでは社会的な「信用」を積み上げることはできませんから、資金調達能力は向上しないのです。

◼️老後に資産が必要といわれる理由

 老後に資産が必要だといわれているのは、労働によるキャッシュフローの獲得が難しくなるからです。ですから若いうちに資産を蓄えて、老後のキャッシュフロー獲得手段を確保していくこと求められるわけです。換言すれば、資産が金融資産である必要はなく、年齢に関係なくキャッシュフローを得られるような知識や技術、スキルという資産を身に付けていけばいいということでもあります。

 ゼロ金利時代の今、「貯金」などで資産形成をするのは極めて難しくなっていることは事実です。しかし、「預金」によって「資産」は作れなくても「信用」を作ることはできるということをまず考えて、老後に自分が必要な資産が何かを考えていただけたらと思い ます。老後に必要なキャッシュフローを得る手段は、金融資産の取崩しだけではないのですから。 

◼️年金問題の盲点  ~GPIFの存在が日本の株式市場の及ぼす影響~

 「年金2000万円不足問題」に続いて、2019年の財政検証の結果、将来受け取れる年金額の目安となる「所得代替率」が今より2割低くなることが示されたことで、老後に備えた資産形成に対する関心が一気に高まりました。

 しかし、こうした資産形成に対する関心が高まる中でも、資産形成に最も強い影響を及ぼす「概ね100年間で財政均衡を図る方式とし、財政均衡期間の終了時に給付費1年分程度の積立金を保有することとして、積立金を活用し後世代の給付に充てる」とした年金財政のフレームワークに、つまりGPIFの資産が今後どのように使われていくのか、それが金融市場に対して、そして個人の資産形成にどのような影響を及ぼしていくのかにスポットが当てられることはほとんどありません。

 GPIFが世間の注目を集めるのは、一時的に多額の損失を生じた時だけです。そして10 兆円を超えるような多額の損失を出しても、「短期的な動きには一喜一憂しない」「直ちに年金給付に影響を及ぼすものではない」というお決まりの説明と共に一過性の出来事として葬られてきました。 

 しかし、今後はそうはいきません。GPIFの運用成績が「直ちに年金給付に影響を及ぼすものではない」という状況がしばらく変わることはありませんが、GPIFが管理運用している多額の資産が年金給付の財源確保のために使われるようになることで「GPIFの存在が直ちに金融市場、特に日本の株式市場に影響を及ぼすことになる」からです。

◼️世界最大の機関投資家GPIFが背負っている宿命

 「世界最大の機関投資家」であるGPIFが金融市場の買手から売手に変身するということは、日本どころか世界の金融市場でも過去にない大事件のはずです。さらに、GPIFが買手として復活することは二度とありません。金融市場の歴史の中で一回も起きていない変化が起ころうとしている時に、この変化を軽視することは危険だと思います。

 「世界最大の機関投資家」であるGPIFは、「評価益を実現益に換えられない」という宿命を負っています。こうした宿命を負っている以上、GPIFの運用収益がどんどん向上していき、年金支給額が増えるということはほとんどあり得ません。少なくとも、GPIFの積立金から得られる財源が財政検証で期待されている額を下回るものになったり、GPIFの積立金が枯渇する時期が想定より早くなったりする可能性の方がずっと高い状況だといえます。

 それは将来受け取れる年金が現在想定されている額よりも少なくなる可能性が高いということであり、年金不足が2000万円ではとても済まなくなる可能性が高まるというこ とです。
 こうした状況の中で、「投資の常識」だという理由から漫然とGPIFと同じように「分散投資」をしたり、「ドルコスト平均法」を使って日本株投資をしたりしていけば、受け取る年金の減額と、個人の金融資産の減額というダブルパンチに見舞われることになりか ねません。

 

 年金世代になった時に、公的年金と自らの老後資金が共倒れになるというダブルパンチを食らわないように、皆さんにはGPIFが金融市場で売手に変身する前に投資手法を再度検討してもらいたいと考えています。近著『202X 金融資産消滅』では、こうしたことが起こる理由について説明・検証し、どう対処すべきかを考えました。一助となれば幸いです。

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