「20万個売れればヒット」と言われるカプセルトイ業界において、シリーズ販売累計1100万個(2016年12月現在)を売り上げた『コップのフチ子』。
今なお売り上げを伸ばし続ける大ヒット商品は、どのようにして生まれたのか? 同商品を手掛けるカプセルトイメーカー「奇譚(きたん)クラブ」主宰の古屋大貴(ふるや だいき)氏に誕生の裏側を尋ねた。
『コップのフチ子』の原案者は、マンガ家のタナカカツキ氏だ。かねてからタナカカツキ氏のファンだった古屋氏が商品作りを依頼したところ、10本前後の企画スケッチの中に“彼女”の姿があった。
社内の企画会議で人気投票を実施した結果、『フチ子』の人気は3番手だった。それでも、古屋氏は『フチ子』の商品化に踏み切った。
「『フチ子』には、ほかの企画にはない“新しさ”がありました」(古屋氏)
『フチ子』が発売された2012年当時、カプセルトイ業界で売れていたのは、ストラップやマグネットなどのアイテムだった。そんな中、「コップのフチに引っ掛けるフィギュア」という真新しさにピンと来た。
「やっぱり“ありきたり”って、つまらないじゃないですか。僕は岡本太郎さんが大好きで、既成概念を壊すようなものが好きなんですよ。あと、もうひとつの理由は“ユニセックス”なところ。『人によって好き嫌いが分かれない』という点において、『フチ子』は突出していたんです」(古屋氏)
今でこそ女性向けのカプセルトイも数多く発売されているが、そのブームを生み出したのは『コップのフチ子』だと言われている。男性層がメインターゲットだった同業界において、新たに女性層を取り込んだのだ。
「なんだかんだで儲かっている業界は、女性の心を掴んでいると思います。そもそも、男性に比べて女性の方が圧倒的に買い物をする回数が多いですし、絶対に女性を外してはいけないんですよ」(古屋氏)
当初の生産数は13万個。初期ロットとしては多いが、クオリティにこだわった結果、ペイできるラインがこの数字だった。
かくして2012年7月に発売された『コップのフチ子』は、わずか1週間で10万個を売り上げ、2013年4月には100万個を突破。たちまち大ヒット商品の仲間入りを果たした。この要因として「SNSによる拡散」が挙げられる。
『フチ子』を買った人が、実際にコップに引っ掛けて撮影し、TwitterやFacebookなどにアップする。そして、さらに写真を見たユーザーが「リツイート」や「いいね!」を繰り返し、『フチ子』は爆発的に周知されていった。
「カツキさんは最初から『つい写真に撮りたくなる』『SNSでの拡散』といった意識を持っていたそうですが、僕はそこまで考えていませんでした。でも、原型ができたときに『これはたしかに撮影したくなる!』と確信しましたね」(古屋氏)
古屋氏は著書『コップのフチ子のつくり方』(PARCO出版)をはじめ、多くのメディアで「『フチ子』は誰からも愛されるコミュニケーションツール」と語っている。
「『フチ子』によるコミュニケーションは、SNSなどのネットを介したものに限らず、リアルの現場も含まれます。たとえば、飲み会で誰かがスッと出せば『何それ!?』と食いつき、それで話が盛り上がる。
リアルのコミュニケーションにおいて、古屋氏が重視するのは“雑談”だという。タナカカツキ氏と初顔合わせとなった打ち合わせでも、具体的な仕事の話はせずに雑談が中心だった。
「カツキさんの事務所にすごく立派な水草水槽があったんです。それが打ち合わせ中に気になっちゃって、『カツキさん…もう我慢できません…。あの水槽、見に行ってもいいですか!?』と正直に打ち明けたら、カツキさんも喜んで説明してくれました(笑)。あとから聞いた話ですが、カツキさんも初めての仕事相手とは意識的に雑談するそうです。雑談が弾む人とは、良い仕事ができることが多いみたいです。だから、その日は仕事の話をほぼしていません。『とりあえず、何か考えておいてください』程度だったと思います(笑)」(古屋氏)
もしも、古屋氏がビジネスライクに打ち合わせを進めていたら……。
「大切なことって、余分なところにあると思うんですよ。余分な時間を設けないと、本当のことが出てこないんじゃないかな?」(古屋氏)
『コップのフチ子』誕生のヒントが雑談に隠されていたのかは分からない。だが、生みの親であるタナカカツキ氏も、世に送り出した古屋氏も、奇しくも両者は雑談を大切にするタイプだった。「誰からも愛されるコミュニケーションツール」は、リアルのコミュニケーションを大切にする2人から生まれた。少なくとも、これだけは事実である。