今春最大のサプライズ人事は「10年に1人の大物次官」と呼ばれた財務省・前事務次官の勝栄二郎氏(62)が、東証1部上場で法人向けITサービスを手掛けるインターネットイニシアティブ(IIJ)の社長兼最高執行責任者(COO)に就任することだ。創業者の鈴木幸一社長(66)は代表権のある会長兼最高執行責任者(CEO)となる。
民主党の野田佳彦・前政権下で消費税増税を主導し、昨年8月に財務省の事務次官を退官。その去就が注目されていたが、行き先は意外にもIT企業だった。昨年11月、IIJの特別顧問に就任した。次官就任以前から親交があった鈴木氏の招聘によるものだという。
財務省OBは、2年ほどの浪人期間を経て政府系金融機関などのトップに就くのが慣例。「いずれ日本取引所グループなどの、しかるべきポストに就くまでの腰掛け」(霞が関関係者)との見方が多かったが、蓋を開けてみるとIIJの社長だった。業界が驚いたのも無理はない。
鈴木氏は、日本初のインターネットプロバイダー(ネット接続業者)であるIIJの創業者。08年のリーマン・ショック前後を除くと、ほぼ2ケタ成長を続け、13年3月期の売上高は前年同期比10.0%増の1070億円、営業利益は18.0%増の75億円を見込んでいる。
98年にはIIJとトヨタ自動車、ソニーの3社で、日本初のデータ通信会社、クロスウェイブコミュニケーションズ(CWC)を設立、自ら社長に就任した。CWCは00年に米ナスダックに上場。
「債権者集会で謝らない経営者を初めて見たと銀行関係者を驚かせたほど、鈴木氏は鼻っ柱が強い。あの時、トヨタとソニーが支援を継続してくれていたら、今頃、CWCは世界的な超優良企業になっていたのにと悔しがっていました」(IT業界の首脳)
IIJはCWCの破綻で窮地に陥ったが、NTTグループが支援に乗り出した。NTTが24.4%の株式を保有する筆頭株主だ。
勝氏は埼玉県の出身。75年東京大学法学部卒業、大蔵省(現財務省)に入省。主計局長を経て10年財務次官。12年退官した。稼いでナンボの実業の世界に飛び込んだ大物官僚OBがどうやって実績を上げるかに業界の関心が集まる。
【製造業】
キッコーマンは染谷光男社長(72)が6月下旬に相談役に退き、堀切功章(ほりきり・のりあき)代表取締役専務執行役員(61)が社長に昇格する。茂木友三郎名誉会長(78)は留任する。
キッコーマンは茂木・高梨・堀切の8家が合同で設立した複合的同族経営として知られる。8家は経営に当たって「入社できるのは各家の男子1人だけ」と申し合わせた。社長の後継者にはナンバー2がなるというルールも決められた。10代目の社長まで一族から出していたが、11代・牛久崇司氏、12代・染谷氏と2代続けて非同族系の社長が続いた。
堀切氏は千葉県出身。74年慶應大学経済学部を卒業、キッコーマン醤油(現キッコーマン)に入社。08年取締役、11年から代表取締役専務執行役員だ。
米国進出50周年を迎えた07年に、キッコーマンは「グローバルビジョン2020」を打ち出したが、堀切氏はその長期ビジョンの策定に携わった。同氏は「キッコーマンのしょうゆをグローバルスタンダードにする」と抱負を語っている。
日清紡ホールディングス(HD)は河田正也取締役専務執行役員(60)が6月下旬の株主総会後に社長に昇格する。鵜沢静社長(67)は代表権のある会長に就く。
高機能化学品など新規事業の開発を担当しているほか、メカトロニクス事業のトップとして自動車用のブレーキ(売り上げの13%)の強化に取り組む。
三井造船は、田中孝雄常務(62)が6月27日に社長に昇格する。加藤泰彦社長(65)は代表権のある会長に就く。田中氏は福島県出身。73年東北大学工学部を卒業、三井造船に入社。07年取締役、09年から常務。これまで過去4代の社長は造船部門出身だったが、田中氏は船舶用エンジン畑が長く、機械・システム事業本部ディーゼル工場技術部長、同事業本部長を歴任した。造船部門以外からの社長就任は20年ぶりのことだ。
三井造船は売り上げの5割強を造船部門が占めるが、船腹過剰による受注の冷え込みで、12年4~12月の船舶の受注は2隻にとどまった。
【小売業】
J.フロントリテイリングは4月1日付で、前大丸松坂屋百貨店社長の山本良一氏(61)が社長に就任した。会長兼最高経営責任者(CEO)だった奥田務氏(73)は相談役に退き、後任の会長にはJ.フロント社長の茶村俊一氏(67)が就いた。山本氏のJ.フロント社長就任に伴い、大丸松坂屋社長には、大丸出身の好本達也氏(56)が昇格した。CEOは廃止になった。
奥田氏は97年に大丸社長に就任以来、16年にわたり経営改革を進めてきた。07年には松坂屋ホールディングスとの統合でJ.フロントを誕生させ、本格的な百貨店再編の口火を切った。「脱・百貨店」への構造改革に一定のメドがついたと判断し、秘蔵っ子の山本にバトンタッチした。
10年以上の間、「夫婦のようなあうんの呼吸で百貨店改革」を進めてきたという奥田会長から社長就任を打診された時、山本氏は「時期が来たか」と即座に覚悟を決めた。
山本氏は家庭用品売り場からスタート。自社やライバル社の売り場を徹底的に歩き回り、改善点を見つけて売り場改革を提案し、頭角を現した。今も自社やライバル社の店舗を見て回る。
山本氏は神奈川県出身。73年明治大学商学部を卒業、大丸(現大丸松坂屋百貨店)に入社。03年大丸社長。07年J.フロント取締役。10年大丸松坂屋百貨店社長。今後も奥田路線を継承し、脱・百貨店の経営モデルの完成を目指す。
【保険業】
東京海上ホールディングスは永野毅副社長(60)が6月末に社長に昇格する。傘下の東京海上日動火災保険の社長も兼ねる。隅修三社長(65)は会長に就く。
永野氏は高知県出身。75年慶應大学商学部を卒業、東京海上火災保険(現東京海上日動火災保険)に入社。
大学時代は慶應水泳部の遠泳チームで主将を務め、伊豆の下田から大島までの40キロを泳いだ。古式泳法「水府流」の師範でもある。自分の長所を「遠泳で30キロも40キロも泳ぐので、諦めないで一歩一歩ゴールに進んでいく粘り強さがある」と評する。
【不動産業】
住友不動産は仁島浩順(にしま・こうじゅん)代表取締役資産開発事業本部長(52)が6月末の株主総会後の取締役会で社長に昇格する。小野寺研一社長(66)は代表権のある副会長に就く。高島準司会長(83)は続投する。
仁島氏は島根県出身。84年東京大学法学部を卒業、住友不動産に入社。常務執行役員などを経て10年から代表取締役。まだ52歳という若さだが、最高実力者の高島会長から「かめばかむほど味がある男」といわれ、社長に抜擢された。
一番心に残る仕事は、東京・六本木1丁目の泉ガーデンタワーの再開発事業。「100人近い地権者を説得し、理解を得て事業を進めるのは苦しい仕事だったが、大きな経験になった」と振り返る。
【ホテル業】
帝国ホテルは定保英弥(さだやす・ひでや)氏(51)が4月1日付で社長に就任した。前社長の小林哲也氏(67)は代表権のある会長に就いた。定保氏は東京都出身。84年学習院大学経済学部を卒業、帝国ホテルに入社。営業部門を歩き、09年取締役兼常務執行役員兼帝国ホテル東京総支配人、12年から専務兼帝国ホテル東京支配人を務めていた。
「昨年10月に開催された国際通貨基金(IMF)・世界銀行年次総会のメーン会場としての大役を果した」ことで、小林氏は定保氏にバトンタッチすることを決めた。定保・新社長は「日本の迎賓館として開業した帝国ホテルの原点に立ち返り、サービスをより高めたい」と意気込みを語る。
【総括】
今年は人事の当たり年だった。4月に入ってからも社長交代の発表が相次ぐ。
浮かぶ人もあれば沈む人もある。悲喜こもごもの人生模様が繰り広げられる。経営者に人を得るかどうかは企業の盛衰に直結する。トップ交代を機に蘇える企業もあれば、逆に、衰退を早める企業もある。
これまで数回にわたり新社長の顔ぶれを取り上げてきた。そこに一つの特徴が浮び上がる。これまで社長を出したことのない部門の出身者が目立つことだ。
三井造船は過去4代の社長は造船部門出身者だったが、新社長に就く田中孝雄氏は船舶エンジン部門の出身。
三菱重工業も同様。歴代社長は技術畑出身だったが、新社長となる宮永俊一氏は事務系出身。技術系以外の社長の誕生は42年ぶりである。
東芝も新社長に就く田中久雄氏は調達部門出身。東芝の長い歴史の中で調達部門から社長が出るのは初めてだ。
これは何を意味するのか。企業が変革期を迎えているということだ。これまで成功をもたらしたビジネスモデルでは環境の激変に対応できなくなり、従来のビジネスモデルは、まともに機能しなくなった。本流である事業部や本社の経営企画などの中枢部門を経験すれば、後継者になれる時代ではなくなったということだ。
経済学にマージナル・マン(周辺的な人々)が変革の主体になるという仮説がある。マージナル(周辺的)な位置にいる人ほど既存の秩序や社会的価値に異議を申し立てることができるからだ。
これまで社長を出してこなかった部門から社長が登場してきたのは、マージナル・マンとして変革の主体を担うことを期待されているからにほかならない。
(文=編集部)