まずは、金銭の授受を中心に、時系列で事件を振り返る。
2010年、東京都内在住の佐藤幸子さん(70代後半・仮名)は、三菱東京UFJ銀行浜松町支店(現在は新橋支店に統合)を訪れた。夫の他界で多額の遺産を相続し、それを安全運用するため、投資信託購入の相談に行ったのである。同行を選んだのは「日本一の三菱だから大丈夫」(佐藤さん)というのが理由だ。そのとき担当になったのが行員Y(当時30歳)で、直後からYの営業攻勢はすさまじかったという。こうして、佐藤さんは11年1月に投資を開始した。
1年後の12年1月までに投資総額は3億円を超えたが、元本ベースで約8000万円の損失が出た。佐藤さんは損失額の大きさに愕然とし、安全な投資に切り替えるようYに頼んだ。
安全な商品に切り替えて安心していたのも束の間、Yは「これまでの損を取り戻しましょう」と、後任のKとその友人でコンサルタントを名乗るSを連れてきた。YとKは法政大学の同窓生で、KとSは同郷(福島県白河市)の幼なじみという関係である。
3人は「1カ月で3%の金利」を謳い文句に、大阪のマルチ会社スピーシーへの投資を勧誘した。
11年3月に入るとスピーシーから最初の配当として193万円の振り込みがあった。佐藤さんは、お礼に3人を東京タワー近くの高級料理店に招待した。Yはこのときすでに神奈川県の店舗に異動しており、佐藤さんとの付き合いは、KとSがメインになっていた。
配当のあった2日後、Kたちの勧めで佐藤さんは三菱東京UFJで安全運用していた投資信託を解約して1億4000万円をスピーシーに送金、さらに1週間後にも1億6000万円を送金した。この3億円については、Kに一任するかたちで実行された。
11月、スピーシーから2回目の振り込み470万円があったが、結局配当はこの2回で終わった。スピーシーが破たんしたためである。不信感が募る佐藤さんに対して、彼らは「配当は再開する」と弁明し続けた。佐藤さんも、しばらく我慢して様子を見ることに決めた。
この頃、Sは1人でも佐藤さん宅を訪れるようになり、「インドネシアで事業を始めるので出資してほしい」と泣きついてきた。
6月末、スピーシーから2万円の振り込みがあったが、佐藤さんの不信感は頂点に達し、知人に相談した。その知人は「騙されているので法的措置を取るように」と勧め、行員ら3人の所業が発覚するところとなったのである。
●被害者女性の資産状況を把握素朴な疑問がいくつか湧いてくる。まず、どうしてYは佐藤さんの資産状況を知ったのか。佐藤さんと三菱東京UFJとの取引は今回が始めてで、それまでは10以上もの金融機関に分散して貯蓄・投資していた。マンションに1人暮らしで子どものいない佐藤さんに対し、Yは正式な遺言書を公証人役場に届け出るよう勧めた。佐藤さんは分散させていた資産を三菱東京UFJに集めることを決め、公証人役場への提出書類として資産一覧表を作成したのである。これによってYは佐藤さんの資産状況を把握したものと考えられる。しかも、それまで預金していた銀行口座を解約する際、Yは車で佐藤さんを送迎することもあったという。
次に、どうして佐藤さんは3人をそこまで信用してしまったのか。
取材で何回かこの問いを投げかけてみたが、そのたびに佐藤さんから返ってくるのは「あの三菱だから…」という言葉だった。11年3月にあったスピーシーからの振り込み193万円も、佐藤さんを安心させる材料になったのは間違いない。だが、この振り込みの実態は配当などではなく、佐藤さんがそれまでに投じた資金の一部を取り崩したものにすぎない。
そして、3人を信用した理由として大きかったのは、彼らが超一流の“人たらし”だったことである。YもKも「近くまで来ているから」と頻繁に佐藤さん宅を訪れ、外で一緒に食事をすることもしょっちゅうあった。Yは転勤後ほとんど来なくなったが、Kは佐藤さん宅に来ると「ただいま」と言うようになったという。
KとSは12年7月、佐藤さんを一泊旅行に招待した。その際、誕生日だった佐藤さんに「いつまでも元気で」というメッセージ付きのピンクの大きな花束を贈ったという。さらに、3人で旅行中に撮った写真はアルバムにして後日届けたそうだ。
「今年1月には新年会もやりましたし、これまでいろいろなところに食事に出かけました。KとSは、外では楽しい話しかしませんでした。ただ、Sはいつも『お金がない』と言っていました」(佐藤さん)
食事代などはほとんど佐藤さんが出していたそうだが、嫌々支払っていた様子はない。
三菱東京UFJのチェック体制にははなはだ疑問が残る。11年3月、わずか10日間で、70代後半の高齢者が3億円もの大金を引き出しているわけだが、銀行はこれを不自然だと思わなかったのだろうか? また、Kの上司は見過ごしていたのだろうか?
佐藤さんは刑事告訴を準備中で、担当の桃谷一秀弁護士はこう語る。
「三菱東京UFJに対し内容証明付きの質問状を送っており、ポイントは4つです。まず、YとKは銀行員として知り得た個人情報を外部に漏らしており、次に3人で共謀して詐欺的商法のスピーシーで3億8000万円の被害を生じさせました。3つ目は、YとKがスピーシーを勧めた行為は、出資法3条『金融機関の役職員による浮き貸し等の禁止』に抵触する行為に当たります。最後は、YとKを雇った銀行の使用者責任です」
KとSの代理人である川戸淳一郎弁護士にも話を聞いた。
「Sがインドネシア事業の名目で詐取した2300万円については全額返却する用意があります。また、Kが佐藤さん宅から持ち出したとされる1000万円について、本人は『もらったもの』と弁明しています」
そもそも3人はなぜマルチ商品への投資を勧めたのかといえば、スピーシーからの紹介料のためだろう。川戸弁護士は「佐藤さんを紹介したことで、KとSは計1200万円もらっている」と認めた。Kは銀行員でありながら、マルチ商法に加担していたわけだ。一方、Yについては「スピーシーの会員名簿にYの名前は出てこないので、わからない」としている。
桃谷弁護士から4つの責任を問われた三菱東京UFJは、今後どう対応するつもりなのか。桃谷弁護士が設定した当初の回答期限は9月12日だったが、銀行側は「調査中につき、今月いっぱい待ってほしいと」と申し出をしてきた。現在、回答を待っているところではあるが、今後の動向が気になるところである。
(文=編集部)