フリマアプリ大手のメルカリがサッカーJ1の鹿島アントラーズの経営権を16億円で得た。

 アントラーズはJリーグ優勝8回の強豪。

1947年、住友金属工業のチームとして創設以来、旧住金社員はアントラーズに強い愛着を持ってきた。2012年、住金と新日本製鐵が経営統合した後も、新日鐵住金はスポンサー契約を続け、合併後の社内融和に一役買った。

 だが、今年4月、新日鐵住金から日本製鉄に社名を変更。社名から住金の名前が消えたように、旧住金出身者は経営中枢から外れた。日本製鉄にとって、アントラーズは旧住金の遺産のひとつでしかなくなった。日本製鉄が旧住金色をとどめるアントラーズの経営権を手放したのは、自然な流れである。アントラーズは今、アジアの王者である。日本製鉄に「売り時」との判断が働いた可能性は高い。

 一方のメルカリは2013年創業。ユーザーの中心は20~30代の女性。アントラーズを手に入れたことで、若い男子や40代以上の階層の開拓を狙う。

 Jリーグの草創期は、住金のような重工長大な名門企業がクラブの経営を担ったが、急成長したベンチャー企業に取って代わられた。

メルカリがJ1最強のアントラーズを手に入れた意味は大きい。次はどこを、どのITベンチャーが狙うのか。

キャッシュレス決済サービスをカシマスタジアムで展開

 7月30日、東京都内で記者会見したメルカリの小泉文明社長は「私たちとアントラーズ、地域の三位一体でチームを強化したい」と抱負を述べた。アントラーズの庄野洋社長は「クラブの伝統やフィロソフィーはしっかりと継承しながら、変えるべきものはしっかり変えていく」とした。

 日本製鉄が、住友金属工業時代から70年以上にわたって持ち続けてきたクラブの経営権をメルカリに譲渡したのは、いわば時代の流れである。

 18年のアントラーズの営業収益は73億3000万円。J1ではヴィッセル神戸(96億6600万円)、浦和レッドダイヤモンズ(75億4900万円)に次いで第3位の規模だ。それでも、クラブワールドカップに常に出場するチームを目指すには「(営業収益)100億円が必須。100億円ないと世界では戦えない」(Jリーグ関係者)といわれている。

 アントラーズは、17年からスポンサーになったメルカリと、クラブをどうやって成長させていくかを議論しているなかで、経営権をメルカリに移すことになったとされる。成長戦略を描いた時、経営環境の変化に即応できるIT企業を囲い込むのは有効な選択肢だ。

 メルカリにとっては知名度アップによる顧客層の拡大やブランド力の向上を図れる。

新しいビジネス機会の創出にもチャレンジできる。まず、メルカリが展開するキャッシュレス決済サービス「メルペイ」をカシマスタジアム内で展開することになる。

 メルカリがオーナーになれば、日本製鉄本社から来る“天下り”社長の時代とは様変わりするだろう。これまでのアントラーズのフロントは強力だったが、今後は、メルカリがクラブ活力を削ぐようなことにならないのかと懸念する声がある。アントラーズに脈々と引き継がれている“ジーコ・スピリット”を殺さないでほしい、というのがファンの願いだろう。

 楽天とヴィッセルの関係を見てもわかるように、負けが続いたりしたら、オーナーは口を出したくなるものだ。アントラーズにメルカリという新しい血が入り、チームは強化されるのだろうか。スポーツの世界は「一寸先は闇」ともいわれる。メルカリとアントラーズの相乗効果を期待する声はいつまで続くのか。

「16億円は安すぎる」との声

 日本製鉄の橋本英二社長は「製鉄会社がノウハウのないサッカーのプロリーグに人や資金を出して企業価値を高め続けていくのは難しい」と述べていた。

 運営会社の株式は一部を保有し続けるが、旧住金の鹿島製鉄所(茨城県鹿嶋市)と地域が一体となったチームの運営は、名実ともに終わりを告げる。

 アントラーズの19年の純利益は4億2500万円と黒字である。

チームの実績や知名度を勘案すると「16億円(という売却価格)は安すぎる」との声が関係者から出ている。

 旧新日鐵も住金も、野球やラグビーなどの社会人スポーツに力を入れてきた時期もあったが、経営合理化のなかで社会人チームは姿を消した。その流れからいって、アントラーズはプロリーグだが、例外扱いできなかったのかもしれない。

 メルカリの経営トップに「地域一体の運営」という意識があるのかは不透明だ。メルカリは新規事業に次々に進出してきたが、ダメだと判断すれば躊躇なく撤退する。アントラーズも、メルカリ得意の“転売”の対象にならないという保証は、どこにもない。
(文=編集部)

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