※本稿は、水瀬ケンイチ『彼はそれを「賢者の投資術」と言った 水瀬ケンイチのインデックス投資25年間の道のり全公開』(Gakken)の一部を再編集したものです。
■たしかに米国株は急成長しているが…
多くの日本人投資家が米国株式に強い関心を寄せているのは理解できる。2010年から2023年の約13年間、S&P500は年平均約12.8%という驚異的なリターンを記録した。
一方、日経平均株価の同期間の年平均リターンは約8.5%、MSCIエマージング市場指数は約3.5%だった。Appleの株価は同期間で約1800%上昇し、Amazonは約1000%、マイクロソフト社は約900%と目を見張る成長を遂げた。このような数字を目の当たりにすれば、「米国株だけでいい」と考えたくなる気持ちも自然だ。
しかし、投資においては過去のパフォーマンスが将来の結果を保証するものではない。株式市場がプラスの期待リターンを生み出すしくみは米国だけでなく、世界中の資本主義経済で働いている。
ここで考えるべき重要な問いは次のとおりだ。「将来にわたって最も良いリターンを生み出す市場は、必ずしも現在最も強い市場とは限らないのではないか?」
■覇権はオランダからイギリス、アメリカへ
歴史を振り返ると、経済覇権国は常に移り変わってきた。
17世紀にはオランダが世界経済の中心だった。オランダ東インド会社は当時、世界初の株式会社として時価総額が現在の約7.9兆ドル(約1200兆円)相当とも言われ、現代の巨大企業を遥かに上回る規模だった。
18世紀から19世紀にかけてはイギリスが産業革命を牽引し、1900年ごろのロンドン株式市場は世界の時価総額の約25%を占めていた。そして20世紀以降、アメリカが世界経済の主導権を握り、現在に至る。
もし1700年代にオランダの投資家が「オランダ株だけに投資すれば良い」と考えていたら、イギリスの産業革命による成長機会を逃していただろう。同様に、1900年ごろのイギリスの投資家が「イギリス株だけが最良」と信じていたら、20世紀のアメリカの驚異的な成長に乗り遅れていたかもしれない。
■数字が語る分散投資のリスク低減効果
この歴史に目を向けると、長期的な投資戦略として、単一国に集中するリスクが見えてくる。実際、1989年に日本の株式市場は世界の株式時価総額の約45%を占め、「日本株こそ最強」という見方もあった。しかし、その後の30年間で日本の世界シェアは約7%程度に低下した。
米国の地位が近い将来に急激に低下するとは限らないが、世界経済のバランスは徐々に変化している。中国の経済規模はGDPベースで米国の約70%に達し、インドは世界第5位の経済大国へと成長した。過去10年間でベトナムのGDPは約2.5倍に拡大し、インドネシアも約1.8倍になるなど、アジア諸国の経済成長は目覚ましい。
実際のデータを見ると、全世界株式に分散投資することで、リスク(ボラティリティ)が顕著に低減することがわかった。過去20年間(2003~2023年)のデータでは、米国株(S&P500)の年間標準偏差は約15.7%だったが、全世界株式(MSCIワールド)では約14.2%だった。
具体的な例として、2008年の金融危機時には、S&P500が約37%下落したのに対し、MSCIワールドは約34%の下落にとどまった。また、2022年の世界的な株安局面では、米国のテクノロジー株主導のNASDAQが約33%下落した一方、全世界株式は約18%の下落で済んだ。これらの数字は、異なる国や地域の市場間の不完全な相関性がリスク軽減に寄与していることを示している。
■全世界株は自動的に通貨分散になる
米国株1本でいくということは、リスク資産のすべてを米ドルで保有することと同義だ。「え? 円で保有しているのでは?」という反応をされることが時々ある。たとえ、証券口座の保有資産の金額や損益が円ベースで表示されていたとしても、裏では米国株を保有している金額と全く同じドルを保有しているのだ。当然、米ドルの為替リスクを100%取っていることにもなる。
逆に、全世界株1本でいくということは、リスク資産のすべてを米ドル、ユーロ、円、元、ルピーなどの全世界の通貨に分散して保有しているのと同義だ。為替リスクも複数の通貨に分散されていることになる。
為替レートは2国間の通貨の交換レートに過ぎず、片方が上がればもう片方は下がる。膨大な組み合わせがあり、為替の予測は株価の予測よりも困難と言われている。
リターンの多寡のみで投資対象を選び、投資先の通貨の分散を考えないのはバランスを欠いていると言えよう。
■成長ポテンシャルが高いインド、東南アジア
全世界株式投資の魅力は、異なる成長ステージにある市場を組み合わせられる点にある。たとえば、2000年代のBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)ブームでは、これらの国々の株式市場が急成長した。2003年から2007年の間に、MSCIエマージング市場指数は約370%上昇し、同期間のS&P500の約83%を大きく上回った。
また、2000年代前半のITバブル崩壊後の調整期間には、米国株が低迷する一方で、資源国オーストラリアの株式市場は資源ブームに支えられて堅調だった。2000年から2003年の間、S&P500が約40%下落する中、オーストラリアのASX200は約5%の下落にとどまった。
新興国市場の成長ポテンシャルは人口動態からも裏付けられる。インドは2023年に中国を抜いて世界最大の人口を持つ国となり、今後数十年にわたって労働人口の増加が続く見込みだ。
また、東南アジア諸国連合(ASEAN)の人口は約6.7億人で、その平均年齢は約30歳と若く、中間層の拡大が続いている。これらの人口動態の変化は、長期的な経済成長と株式市場のパフォーマンスに影響を与える重要な要素だ。
■「期待」と「現実」のギャップに注目
投資においては、「期待」と「現実」のギャップがリターンを左右する。2024年の米国株式のPER(株価収益率)は約22倍、PBR(株価純資産倍率)は約4.5倍と、歴史的にも国際的にも非常に高い水準にある。
一方、日本を除くアジア太平洋地域のPERは約15倍、PBRは約1.8倍、新興国市場全体ではPERが約14倍、PBRが約1.6倍と、相対的に割安な水準にある。
過去の事例として、2000年代初頭のITバブル崩壊後、米国株のPERは約30倍から一時15倍程度まで急落し、その後10年以上にわたってパフォーマンスが低迷した。同時期、当時バリュエーションが割安だった新興国市場は大きく上昇した。これは、高いバリュエーションが将来のリターンを制限する可能性を示唆している。
バリュエーションが低い市場では、わずかな改善でも株価に大きなインパクトを与える可能性がある。たとえば、PERが10倍の市場で企業利益が10%増加し、同時にPERが11倍に拡大すると、株価は21%上昇することになる。一方、すでにPERが25倍の市場では、同じ10%の利益増加でもPERの拡大余地が限られるため、株価上昇も抑制される傾向がある。
■「国際分散投資は選択肢ではなく必須」
投資の世界的なバイブルとされる名著の中でも、全世界への分散投資は強く推奨されている。『ウォール街のランダム・ウォーカー』(バートン・マルキール著)では、「国際分散投資は、リスクを最小化しながらリターンを最大化する最も効果的な方法の一つ」と明言されている。同書では、アメリカ人投資家であっても、ポートフォリオの30~40%を米国外の株式に配分することを推奨している。
『敗者のゲーム』(チャールズ・エリス著)でも、「グローバル経済の相互依存性が高まる中、国際分散投資はもはや選択肢ではなく必須」との見解が示されている。
ノーベル経済学賞受賞者のハリー・マーコウィッツが開発した現代ポートフォリオ理論も、異なる値動きをする資産に分散投資することでリスク調整後リターンを向上させることができるという科学的根拠を提供している。
注目すべきは、これらの著者がアメリカ人であり、アメリカ人読者を想定して書かれた本であっても、米国株だけでなく国際分散投資を推奨している点だ。世界最大の経済大国の投資家でさえ国際分散が推奨されているのなら、日本の投資家にとっては、なおさらその必要性が高いのではないだろうか。
■世界経済の変化に対応できる賢明な選択
過去のパフォーマンスに目を奪われるのではなく、将来の可能性に目を向けることが重要だ。
全世界株式への分散投資は、「卵を一つのカゴに盛らない」という格言を一歩進めて、「さまざまな国のさまざまなカゴに卵を分散させる」戦略である。
米国株式が魅力的な投資先であることは間違いない。しかし、それだけに集中するのではなく、全世界株式の一部として米国株に投資することで、より安定した長期的リターンを期待できるだろう。資本主義経済の拡大再生産というメカニズムは世界中で働いており、それを最大限に活用するためには、地理的にも分散した投資戦略が理にかなっている。
将来どの国や地域が最も高いリターンを生み出すかを正確に予測することは誰にもできない。だからこそ、全世界に分散投資することで、どこで成長が起きても、その恩恵を受けられる態勢を整えておくのだ。
かつてのオランダ、イギリス、そして現在のアメリカという覇権の移り変わりが示すように、世界経済の主役は常に変化する。
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水瀬 ケンイチ(みなせ・けんいち)
投資ブロガー
1973年、東京都生まれ。都内IT企業会社員にして下町の個人投資家。2005年より投資ブログ「梅屋敷商店街のランダム・ウォーカー」を執筆、インデックス投資のバイブル的ブログに。インデックス投資の代名詞となった『ほったらかし投資術』(朝日新書)では、経済評論家の山崎元氏(故人)と共著、ベストセラーに。著書に『お金は寝かせて増やしなさい』(フォレスト出版)など。著書の累計部数は55万部突破(電子含む、2025年6月時点)。
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(投資ブロガー 水瀬 ケンイチ)