日本の電力政策が大きな転換点を迎えようとしている。東日本大震災以降、日本では原子力発電所の運転がほぼ一貫して停止している。
火力発電と一口にいっても、石炭・石油・天然ガスなど多岐にわたる。日本では、従来から石炭火力が圧倒的なシェアを占める。今でも政府は石炭火力をコスト面から推進。経済界も、そうした方針を支持してきた。
産油国ではない日本では、石油の輸入を諸外国に頼らざるを得ない。そのため、石油価格は常に輸入国の政情や為替相場に左右される。電気は生活に欠かせないエネルギーだから、安定供給が望ましい。環境にやさしいとされる天然ガスによる火力発電もあるが、天然ガス火力発電は輸送コスト・貯蔵コストが高くつく。
政府が原発・石炭火力を推進してきた理由も、安価で安定供給が見込めることに起因している。そうした事情から、原発忌避の世論が高まると電力会社は石炭火力に傾注するしかなかった。
また、電力会社のみならず大規模工場を抱える企業は独自に発電プラントを建設しているところもある。
これまでの石炭火力に対する批判は、社会常識・環境意識に照らし合わせたものにすぎなかった。そのため、日本の経済界はそうした批判に耳を貸さなかった。環境省の職員はいう。
「欧米では環境問題への意識が日本とは比べものにならないぐらい強いため、銀行や保険会社といった機関投資家が、石炭火力などの環境負荷の高いプロジェクトに融資や投資をしない傾向にあります。しかし、日本ではそうした動きが見られません。日本の機関投資家は『石炭火力は社会の要請であり、経済界の事情を勘案したものだ』との理由で投融資を続けてきたのです。しかし、銀行や保険会社も国内だけで事業を展開する時代ではなくなり、海外の顧客も取り込まなければなりません。そうなると、投資や融資を決める基準を世界に合わせなければなりません。そうしたことから、急速に石炭火力から機関投資家が資金を引き揚げているのです」
三井住友フィナンシャルグループ(FG)やみずほFGが相次いで石炭火力発電への投融資を縮小させることを表明。
そして、これまで態度を鮮明にしていなかった三菱UFJFGも石炭火力からの撤退を表明。石炭火力への投融資を2030年までに半減させるという具体的な目標を打ち出した。同FGは石炭火力に対して1兆円規模の投融資をしている。これらの資金が消えれば、実質的に石炭火力は縮小するだろう。
地方自治体の奮起諸外国から見れば、日本の脱石炭火力の動きは遅い。それでも、日本の3メガが石炭火力から手を引くことを表明し、石炭火力の将来性は潰えた。こうした状況に内心面白くないのが、原発推進・石炭火力推進の旗を振ってきた政府および経済産業省だ。原発忌避の世論が高まると、政府は「電力の安定供給」「エネルギーミックス」と響きのいい言葉で、なんとか原発再稼働や石炭火力推進の機運を高めようと努めてきた。
しかし、政府の思惑以上に国際的な圧力がそれを阻む。だが、原発や石炭火力を代替できる発電ができなければ、脱原発や脱石炭火力は進まない。
実は脱原発や脱石炭火力を裏で支えているのは、地方自治体の奮起だ。東京都世田谷区は高度経済成長期に神奈川県三浦市に購入していた三浦健康学園用地が遊休地化していた。そこを活用するかたちで、太陽光発電所に転換。福岡県北九州市は風力発電を積極的に推進して「エコタウン」を全面的にPRしている。自治体が率先して再生可能エネルギーに取り組む姿勢に対して、総務省職員はこう話す。
「2009年に民主党政権が誕生した際、総務省は“緑の分権改革”に取り組みました。これは地方自治体ごとにエネルギー、つまり電気を自給自足できる体制を整えることを目指した政策です。率直に言って、市町村単位で電力を100パーセント自給自足することは不可能でしょう。しかし、現在の電力供給は地域の偏在性が強いのが特徴です。少しずつでもいいから各地域で電力供給に取り組めば、地震などの災害発生時のリスクヘッジにもなります。そうしたことも含めて、各地域で電気を自給自足する。それが、緑の分権改革が目指したところです」
民主党政権は2012年に幕を下ろしたが、その後も総務省は“緑の分権改革”を推進。
過疎化が進む市町村にとって、再生可能エネルギーによる発電事業への参入は多方面にわたって波及効果がある。市町村による再生可能エネルギーはまだ小さな規模にとどまっているが、確実に芽は育ちつつある。経済産業省や内閣府からは、「原発もダメ、石炭火力もダメでは、日本経済は立ち行かなくなる」と電力の安定供給やコスト面で心配する声もある。
その一方、環境省や総務省では次のような意見も強まっている。
「東日本大震災以降に省エネ意識が進み、電力需要そのものが減っている。原発のような電気を大量生産する時代ではなくなっている。また、電化製品でも省エネ化が驚くスピードで進んでいる。これ以上、原発や石炭火力を推進する必要性はない」
省庁間でも意見は食い違っているが、いずれにしても3メガは石炭火力から手を引こうとしている。
(文=小川裕夫/フリーランスライター)