Hey!Say!JUMP!の山田涼介主演で、「ファン向けのアイドルドラマか」と侮った人もいるだろう。あるいは、『セミオトコ』というタイトルを聞いて「奇をてらったイロモノドラマか」と見切りをつけた人もいるだろう。

 そのせいか、ここまで3話が放送されながら、いまいち盛り上がっていない印象のある『セミオトコ』(テレビ朝日系)。ネット上のコメントも山田がらみのものが圧倒的に多いのだが、なかには山田ファン以外からの「久々に深いドラマ」「この夏一番の傑作!」という称賛も見られる。

 実際、当作には批判と称賛を集める、それぞれの理由があった。

山田ファンの願望を叶えるセミオ

 まずは批判の理由を挙げていこう。冒頭に書いた通り、「ファン向けのアイドルドラマ」とバッサリ斬り捨てられる要素は、残念ながらかなり色濃いものがある。

 山田演じるセミオのキャラクターは、どこまでも純粋無垢で、明るく前向き。

どんな些細なことにも「なんて素晴らしい!」と感動し、地味なアラサーの大川由香(木南晴夏)に「おはよう」「いってらっしゃい」「おやすみ」と笑顔であいさつ。仕事から帰ってくると、「おかえりなさい。お仕事お疲れさまでした。よくがんばったね。偉い」と頭をなでて抱きしめる。由香の帰宅に備えて夕食とビールを準備しておき、手をつなぎながら就寝。

 さらに、由香の住むアパートの大家姉妹がセミオを見て「天からの贈り物?」「2人で育てましょうよ」と囲い込もうとし、由香が「彼は私の王子様ですから(ダメです)」と奪い返すシーンもあった。

 そのほかにもセミオは、キョトン顔で「チューってなんですか?」と尋ねたり、好物のメープルシロップをがぶ飲みしたり、「会いたくなった」と言って由香の職場を見学したり、まるで「山田ファンの願望を叶える」「金曜夜にOLたちの仕事疲れを癒やす」ようなシーンが詰め込まれている。

 相手役に美人の印象が強い女優ではなく、演技派バイプレーヤーの木南晴夏を据えたことも含め、ここまで女性層、なかでも山田ファンに向けた脚本・演出にすると、それ以外の人々が白けてしまうのは当然。

 作品テーマを伝える前のキャラクター造形で拒絶してしまった人は少なくないだろう。その作品テーマは後述するが、実に奥深く考えさせられるものだけにもったいない。

セミオとヒロインを見守る優しい人々

 次に、称賛を集めている理由について。

 由香はつらい過去が原因でコミュニケーションに難があり、扱いにくいタイプであるにもかかわらず、彼女を見る周囲の人々は優しい。

 由香の住むアパート「うつせみ荘」の住人には、口ゲンカが絶えない庄野くぎこ・ねじこ姉妹(檀ふみ、阿川佐和子)、偏屈で余命わずかだと思い込んでいる小川邦夫(北村有起哉)、悲しい過去を持つ岩本春・マサ夫妻(山崎静代、やついいちろう)、セミ嫌いで思ったことはなんでも口に出す熊田美奈子(今田美桜)がいるが、いずれも屈折したところがあり根は純粋。

 由香とセミオの恋を温かい目で見守っているし、由香のニックネームである「おかゆ」を食べることになったときも、小川は「病人にとっておかゆは主食みたいなものですからね。おかゆは神だ」、春は「おかゆはすごいよね。赤ちゃんのときからお年寄りになっても食べる」と純粋に感動していた。

 また、由香の勤める「国分寺中央食品」の先輩社員・桜木翔子(佐藤仁美)も、時に厳しい言葉を浴びせながら、結局はいい人。

由香が仮病でズル休みしたとき、祥子は「昨日、私がひどいこと言ったからだよね。嫌になっちゃった? 休みはわかったけど、辞めたりしないでね。あなた地味だけど、手を抜かずに一生懸命働いていること、私……いや、みんなちゃんとわかってるから。一度も休んでないのに、ヘタな芝居してズル休みさせてごめんね」と、わざわざ電話をかけて謝っていた。

 これを聞いた由香がすぐに会社へ向かい、「さっきのは仮病でした。すみませんでした」と正直に謝るシーンも含めて、『セミオトコ』には人間の良心が随所に散りばめられている。

ファンタジーに潜む普遍的なテーマ

 そんな人間の良心を散りばめた物語を手がけたのは、脚本家・岡田惠和。

『セミオトコ』の公式ホームページに「国民的脚本家」と紹介されているように、これまで朝ドラの『ちゅらさん』『おひさま』『ひよっこ』(NHK)のほか、『南くんの恋人』(テレビ朝日系)、『ビーチボーイズ』(フジテレビ系)、『アンティーク~西洋骨董洋菓子店~』(同)、『銭ゲバ』(日本テレビ系)、『最後から二番目の恋』(フジテレビ系)、『この世界の片隅に』(TBS系)らを手がけてきた大御所だ。

 そんな大御所が、視聴率の責任を問われにくい深夜帯で原作への配慮が不要なオリジナルを手がけるのだから、おもしろくないはずがない。岡田が『セミオトコ』を手がけると聞いたとき、『イグアナの娘』(テレビ朝日系)と『泣くな、はらちゃん』(日本テレビ系)の2作がパッと頭に浮かんだ。

 どちらも表向きはファンタジックなラブストーリーで、「メルヘン風味を漂わせながら、現代社会と現代人の問題点をそっと、でも鋭く突いてくる」という共通点がある。

 たとえば『セミオトコ』でも、由香が人生初のズル休みをしたときにセミオから「お仕事ってなんですか?」と問いかけられた小川が、「仕事とは生きることだ。

生きることそのものが人間にとっての仕事とも言える」と返すシーンがあった。岡田の手がける脚本は、大事件や極悪人に頼ることなく、普遍的なテーマをそっと忍ばせて人間心理を突くことに長けている。

 今後も、残り数日間しか生きられないセミオ、余命わずかだと思い込む小川、わが子を失った(であろう)岩本夫妻をめぐる“命”。ひどい振る舞いで由香を傷つけた父・ヒロシ(高杉亘)、母・サチコ(田中美奈子)、兄・健太(三宅健)をめぐる“家族”などの普遍的なテーマがあり、老若男女問わず考えさせられるシーンがあるだろう。

「一緒にいたい」「死にたくない」切ない結末へ

 ひとつハッキリしているのは、セミオが7日間の命であり、「あとわずかしか由香といられず、死んでしまう」こと。

 当初、セミオは「セミは『この世界はなんて素晴らしいんだろう』と幸せを感じて歌いながら生をまっとうするんです。7日しか生きられないわけじゃない。地下で何年も生きてきたし、『7日しか』じゃなくて『7日も』なんです」と言っていたが、由香への恋心が芽生えたことで、その気持ちが揺らぎ始める。「ずっと一緒にいたい」「死にたくない」という切ない展開の末に“愛”について考えさせられる……そんな号泣必至のクライマックスが待っているのではないか。

 かつて連ドラでは「ひと夏の出会いと別れを描いた儚い恋」が定番テーマのひとつだっただけに、当作は“セミ”というトリッキーなモチーフではあるものの、久々の夏ドラマらしいラブストーリーと言える。

 最後に書いておきたいのは、「当作は木南晴夏の存在なくして成立しなかった」ということ。もし、木南ではなく人気やビジュアル先行の女優がキャスティングされていたら、ただの山田ファン向けドラマで終わっていた可能性が高い。「玉木宏と夫婦」という現実世界での幸せムードを一切感じさせないところも含め、「やはり木南晴夏はすごい」ことを実証した作品でもある。

(文=木村隆志/テレビ・ドラマ解説者、コラムニスト)

●木村隆志(きむら・たかし)
コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。雑誌やウェブに月20~25本のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』(フジテレビ系)、『TBSレビュー』(TBS系)などに出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』(TAC出版)など。