ドリンクを手軽に買うことができる“自販機”こと飲料自動販売機。日本全国には約250万台の自販機があるといい、日本の人口、約1億3000万人から1人当たりの自販機数を割り出すと、その数は世界一といわれている。

アメリカは3億人強の人口に対して約300万台、ヨーロッパ(EU)は5億人強の人口に対してこちらも約300万台とされ、狭い国土に自販機がひしめき合っている状況といえる。

 日本では街中だけでなく駅構内や登山道にまで、多くの場で広く普及し、我々の生活に深く根付いているが、トラックでドリンクを運び自販機に補充する仕事、いわゆるルートドライバー職の労働環境はかなりブラックだと話題になっている。多くの企業が、厳しいノルマや長時間拘束でルートドライバーの過労死を起こしたケースもあるほど。

 例えば、早朝5時始業、21時終業という1日16時間労働という日も多くあり、過労死ラインとされている月80時間残業を大幅に上回る月150時間残業を超えても、月給が残業代込みで30万円に満たないというケースもあるのだという。これは稀な例かもしれないが、1日12時間労働を強いられるのは一般的だという。

 実際、今年2月には、サントリーグループの業界大手企業、ジャパンビバレッジ東京と、中堅の大蔵屋商事社員計10名が、長時間労働の是正など待遇改善を求めストライキを行ったことも話題になった。

 そこで今回は、自販機業界の実態や問題点、改善策などを、労働条件維持・改善の交渉や抗議活動などを行っている、労働組合「自販機産業ユニオン」に詳しく話を聞いた。そこには、長年業界がため込み続けてきた多くの問題が存在しているようだ。

長時間残業が恒常化し、それでも低賃金のまま

 まず、ルートドライバーには厳しいノルマがあると自販機産業ユニオンの池田一慶氏は語る。

「ルートドライバーごとに担当の自販機を割り当てられるのが一般的ですが、ひとりで受け持つのがだいたい数十台から百数十台なので、それだけでかなりの過密労働になってしまいます。さらに、繁華街の自販機には週に何度も赴いたり、賞味期限を気にしたりと、細かいところまで気を遣わなければいけない業務でもあるのです」(池田氏)

 担当しているエリアにより異なるが、一例を挙げるとルートドライバーは1日20台程度の自販機をまわり、手作業で3000本ものドリンクを補充してまわるという。大変な仕事であることがわかるが、にもかかわらず低賃金と長時間労働という厳しい条件が加わってくる。

「業界の給与形態の特徴として、固定残業代制や歩合制などがあります。固定残業代制は一定の残業代をあらかじめ制定するものですが、これを定めているのをいいことに、企業側が労働時間管理をわざとあいまいにするといった問題が生まれています。つまり一定の残業代を支払うことを先に取り決めておくことで、その上限までドライバーたちに残業をさせるのは当たり前で、その上限の残業時間を超えて残業をしていても、追加の残業代が支払われていないというケースも多々あるのです。

 一方、歩合制の場合、基本給にこなした業務の分を上乗せするかたちになるため一見良心的に思えますが、そもそも基本給が月十数万円と低く設定されているため、ドライバーたちは最低限の生活費を稼ぐために、結果的に長時間働くことを余儀なくされているケースがほとんどなのです」(同)

 池田氏の話によれば最低賃金での雇用などが一般化し、さらに月100時間を超える残業も恒常化しているそうだ。これではブラック業界といわれても仕方ないだろう。

働き方改革によって中小企業ではさらに環境悪化?

 だが当然、今の日本でそのようなブラックな運営が黙認され続ける状態はあってはならない。

実際、働き方改革も相まって、各社は大きな転換期を迎えているようだ。

「働き方改革により、残業時間が原則月45時間、上限100時間となりました。これは長時間労働がデフォルトのルートドライバーを抱える企業にとっては、かなり大きな影響があります。そしてこの制度は、飲料メーカー系の業界大手企業は今年4月から、それ以外の中小企業は来年の4月から導入することになっています。大手企業ではすでに施行されており、その対策としてドライバーの労働時間軽減のため不採算の自販機を手放し、下請けの中小企業にまわすといった動きが見られています」(同)

 設置場所が悪く利用者が少ないなど、相対的に売上が少ない自販機もあり、そういった不採算自販機の存在が、ルートドライバーの作業効率の悪化を招いているという事実があるのだという。

 業界の大手企業では、そんな自社で抱えている不採算の自販機数を減らすことで、各ドライバーの負担を減らし、労働時間改善に努めているということか。

しかし、それでは単に中小企業へしわ寄せがいくだけのような気もするが――。

「その通りです。中小企業側からすると大手企業は最大のクライアントとなるため、不採算の自販機とわかっていても断れないのが現状です。つまり、押し付けられて受け入れざるを得ないのです。ただでさえ近年は、量販店で安く飲み物を購入する人が増えたり、職場や学校に水筒を持参する人が増えたりしている影響で、自販機業界全体の売上が減少傾向にあるため、かなり多くの中小企業が悲鳴を上げています」(同)

 要するに、力のある大手企業は事業規模を縮小することで働き方改革を進めることができるが、それは業界の問題を根本的に解決する施策ではなく、やはり下請けの中小企業にしわ寄せがいっているだけということのようだ。大手企業に所属できているルートドライバーは業界内のほんの一部で、大半は中小企業に所属するルートドライバーであることを考えれば、大手企業の施策は“臭い物に蓋をした”だけのように思えてしまう。

高利益を支えるドライバーたちへの負担減が急務

 かなり根深いブラックな問題を抱えているように感じる自販機業界だが、改善の余地は残されているのか。池田氏は次のように考えている。

「どこか1社の力で、業界の改革を行うことはほぼ不可能でしょう。会社ごとの競争が激しい業界であるため、こういった改革に踏み切ると、企業としての屋台骨を揺るがす事態になりかねないからです。特に、大きな資本がある大手企業と違い、中小企業には余裕がない場合が多い。ですから本気で業界の労働環境を健全化したいのであれば、大手企業が仕事を振っている各中小企業に適正な料金で依頼するなどし、余裕のある労働条件で働けるようにしていく必要があるでしょう。

 そもそも、すでに日本の自販機の数は飽和状態です。そのため今後も企業同士が競争を続けていけば、それは市場の取り合い……つまり、潰し合いになってしまうのは目に見えています。そういった状況に陥れば、またそのしわ寄せが中小企業のドライバーに向かい、低賃金・長時間労働に拍車がかかることもあるでしょう。今後は企業同士が競争するのではなく、協力していくことが求められているのです」(同)

 大手企業は不採算自販機を下請けの中小企業にまわすのではなく、撤去していき、日本全体の自販機の数を減らしていけばいいという考えもあるだろう。しかし、飲料メーカーからすると、自販機は売上の約4割をメーカー側の取り分とできるため、仕入れ時点で買い叩かれるスーパーやコンビニなどその他の販路と比べて、利益率が非常に高いのだという。

 だが逆に考えれば、そんな高利益率の自販機という販路を支えているルートドライバーに、給与アップというかたちで還元することや、人員増で各ドライバーの負担を減らすということも、可能のようにも思える。自販機は我々に便利な生活を提供してくれる身近な存在だけに、それに従事するルートドライバーたちの労働環境が改革されることを願うばかりだ。

(文=A4studio)