前回記事『親が認知症になった途端に銀行口座が凍結!親が元気なうちに絶対にしておくべき行動リスト』では、親が認知症になると銀行からお金を下ろせなくなるといった注意点を紹介しました。

 介護だけでも大変なのに、その費用も介護する人が負担するとなると、非常に大変です。

そして、成年後見人をつけると、さらに大変なことが起きることもあります。成年後見人は、専門家である私でさえ、絶対に避けたい制度です。

 成年後見は認知症などで判断力がなくなった人のために、代わりに事務手続きをする人をつける制度です。いわば「代わりにハンコを押す人」をつける制度です。

 多くの場合は、第三者が選任され、その人への報酬が年間20~60万円、被成年後見人(認知症などになった方)が生きている限り発生します。いったん成年後見人がつけられると、歯ブラシ1本買うのも成年後見人の許可が必要だったりと、何かと不自由です。

 これを避けるためには、判断力がなくなる前の“事前対策”が必要です。認知症になってからでは遅いのです。あくまでも、認知症になる前に対策をとらなければなりません。自動車保険や医療保険と同じで、事故や病気になってしまったときに慌てないようにするための備えです。

 では、具体的にはどうしたらいいのでしょうか。それは2つあります。

ひとつは「任意後見」、もうひとつは「家族信託」です。

「任意後見」とは、自分で決める後見人

 もし、なんの備えもなくあなたのお母さんが認知症になってしまった場合、銀行でお母さんの口座からお金が下ろせなくなり、窓口で「成年後見人をつけてください」と言われます。成年後見人は、10人中7人くらいの割合で第三者が選ばれます。

 すると、びっくりするようなことが起こります。いきなり赤の他人があなたの家に来て、「私が成年後見人になりました。つきましては、お母さんの通帳を全部預からせていただきます」と言われ、通帳を全部持って行かれます。

 これを避けるためのひとつの方法が、任意後見人です。任意後見とは、「私が認知症になったら、財産の管理を頼みます」という契約です。

 公正証書で、契約をします。もちろん、判断力がなくなる前に行う必要があります。とても大事なので、繰り返します。判断力がなくなる前にする必要があります。

 そうすれば、お母さんが認知症になっても、あなたが後見人として、お金の出し入れができます。第三者に通帳を持って行かれることもありません。

 ただし、任意後見は少しややこしい部分があります。自分が選んだ人が後見人として動けるようになるには、2段階の手続きが必要なのです。

・第1段階:(元気なうちに)公証役場で任意後見契約を締結
・第2段階:(認知症になったら)家庭裁判所に任意後見開始の手続き、監督人がつく

 実は、公証役場で任意後見の契約をしただけでは何も起きません。たとえば、任意後見人(正確には「受任者」)である娘が公正証書を持って銀行に行っても、お母さんの口座からお金を下ろすことはできません。なぜなら、お母さんはまだ元気で自分で手続きできるはずだからです。

 ところが、お母さんが認知症になって自分でお金の出し入れできなくなると、任意後見人が必要になります。そこで、任意後見を「発効」させる手続きが必要になります。

 家庭裁判所に申し立てを行い発効させる手続きをすると、娘がお母さんのお金の出し入れをするのをチェックする人がつきます。これを「任意後見監督人」といい、通常は弁護士や司法書士が選ばれています。この監督人がつくと、任意後見が発効します。

任意後見人がついていることの証明書も取得できます。これで娘さんがお母さんのお金の出し入れができるようになるのです。

 任意後見は、お母さんが亡くなるまで続きます。亡くなると、お母さんの財産は、子供たちに相続されます。

任意後見監督人とは

 任意後見監督人は、任意後見人(事例では娘)を監督する人です。娘は、お母さんのお金の出し入れの状況や、ほかの財産の状況を、監督人に報告しなければいけません。

 また、不動産の売却といった大きな財産の処分などを行う場合、この監督人に相談する必要があります。任意後見の内容で認められている内容か、チェックしてもらうためです。

 このように、任意後見では、お金の出し入れをできるようにすると、監督人が必ずつくのです。

任意後見は、できることにも制限がある

 任意後見人は、お母さんのためであれば、お金を使うことができます。生活費や医療費、介護費などです。しかし、お母さんが元気なときに、「孫が大学に入ったら500万円出してあげるからね」と約束していたら、どうでしょう。

 これは、“家族のためのお金”です。お母さんのためのお金ではありません。任意後見の契約書にその旨が書いてあれば、出せる可能性はあります。「可能性がある」と書いたのは、監督人との協議次第だからです。監督人の判断によっては、「No」と言われる可能性もあります。

 また、お母さんがアパートを持っていたとしましょう。アパートが古くなり、空室も目立ってきた。外壁工事など大規模な修繕をしたい。この修繕を、任意後見人である娘ができるか、という問題もあります。これも監督人と協議が必要でしょう。大規模な修繕は、ある意味、投資的な行為です。多額のお金を使って修繕しても、空室が埋まるかはわからないからです。

 このように、家族のための支出や投資的な行為は、できないかもしれません。

後見制度は“現状維持”が基本

 成年後見はもちろん、任意後見でも基本は現状維持です。お母さんのためには、お金は使えます。しかし、家族のためや投資的な行為は、監督人との協議次第です。「亡くなるまで待ちましょう」と判断することもあり得ます。

 お母さんが元気だったら、孫への教育資金の提供やアパートの修繕は行っていたでしょう。しかし、認知症になってしまうと、家族が任意後見人になっていたとしても、これらの行為ができるかどうかはわからなくなります。また、監督人も弁護士や司法書士などの第三者なので、年に12~30万円くらいの費用も継続的に発生します。

 何かほかに良い方法はないのでしょうか。実は、あります。それが、家族信託です。次回は、この家族信託について、お話しします。


(文=川嵜一夫/司法書士、家族信託コンサルタント)

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