東京オリンピック・パラリンピック組織委員会は、韓国が求めていた旭日旗の持ち込み禁止を行わない方針を示した。韓国政府は国際オリンピック委員会(IOC)にも旭日旗禁止を要請。
旭日旗をめぐる声
旭日旗をめぐっては、それぞれの立場から次のような意見が表明されている。
(1) 韓国側は、旭日旗を「周辺国家に過去の軍国主義と帝国主義の象徴と認識されている。ナチスのハーケンクロイツ(かぎ十字)と同じ戦犯旗」と主張。旭日旗そのものだけでなく、「旭日旗をイメージさせる」デザインに対しても過敏に反応する。「扇」をモチーフにしたパラリンピックのメダルが、「旭日旗をイメージさせる」として、変更を求めた。
(2) 日本政府は韓国側のこうした見方をずっと否定してきた。たとえば、菅義偉官房長官は2013年9月26日の記者会見で、次のように述べている。
「皆さんご承知のとおり、旭日旗のデザインはですね、大漁旗や出産、節句の祝い旗、あるいは海上自衛隊の艦船の旗など、日本国内ではですね、広く使用されておりですね、これが政治的主張だとか軍国主義の象徴であるという指摘はまったく当たらない。大きな誤解があるのではないかというふうに思っております」
今回も、菅氏は「旭日旗掲示は政治的宣伝とはならず、持ち込み禁止品とすることは(東京五輪組織委は)想定していないと承知している」と述べている。
さらに、内閣改造で就任したばかりの橋本聖子五輪担当相も、「旭日旗が政治的な宣伝になるかということに関しては、決してそういうものではないと認識している」として、問題ないとの認識を示した。
(3) ネット上では、韓国が旭日旗を問題視するのは、2011年にサッカーの日韓戦の後、韓国選手の1人が日本人を侮辱する差別パフォーマンスを行って批判された弁明として「観覧席の旭日旗」を持ち出したのがきっかけで、旭日旗非難はそれに韓国世論が便乗したものにすぎないとして、今回の問題も、韓国が日本に嫌がらせをしているだけだ、との主張が飛び交っている。「旭日旗に因縁をつけているのは、世界でも韓国だけ」といった声も少なくない。
こうしたネット民は、(2)の日本政府の立場を強く支持する。さらに、積極的に旭日旗の持ち込みを推奨しようという声もあり、「東京五輪には旭日旗を持って応援に行こう」と煽った高須クリニック院長の高須克弥氏のツイートには、2万9000もの「いいね」がついた。
旭日旗の使用を禁止したFIFAただ、いずれの見解も、自身の立場に都合の悪い事実には触れずに済ませたり、曲解している。
(1)について言えば、日本政府の見解にもあるように、旭日旗のデザインは、大漁旗など民間で広く使われていたもので、朝日新聞の社旗やビールのラベルなど商業利用もされてきた。この事実を伏せて、ナチス党のシンボルに採用され、ヒトラーが政治的権力を握ってから国旗にも使われるようになったハーケンクロイツと同一視するのは、無理がある。
ただ、(2)の日本政府の見解も、日本帝国陸軍の軍旗、同海軍の軍艦旗として使われたことで、アジアの国々にとっては過去の軍国主義の象徴として見られていることを、意図的に省いているのは問題だろう。また、旭日旗は、右翼の街宣やヘイトスピーチの現場で日の丸とともに掲げられ、ナショナリズムや排外主義を強調する印としても使われている。都市部の町中で旭日旗を目にするのは、そうした政治的、あるいは排外的な主張の場ばかり、と言ってもいいくらいだ。
また、(3)で指摘されているように、韓国が旭日旗をことさらに非難するようになったのは2011年の出来事がきっかけだったとはいえ、それ以前にはまったく問題視していなかったわけではなく、日本による植民地支配に関する“恨”は根強い。
たとえば、1999年8月17日付産経新聞は、韓国の新聞各紙が、終戦記念日の8月15日に、靖国神社で旧軍人らが軍服姿に旭日旗を掲げている写真を掲載し、閣僚・政治家の参拝を批判した、と報じた。
また、旭日旗が日本の軍国主義の象徴として扱われるのは、韓国だけでもない。日中戦争で多くの犠牲者を出した中国でも、旭日旗は侵略の象徴として受け止められている。
2001年に、人気女優の趙薇(ヴィッキー・チャオ)が、黒地に旭日旗をあしらった服を着た写真がファッション誌に掲載された時には、その情報がネットで瞬く間に広がった。彼女は「国賊」などと激しい非難にさらされ、女優生命の危機に瀕して謝罪。それでもなお、リサイタルの最中に暴漢に襲われる事件まで起きている。
また、2006年の終戦記念日に小泉純一郎首相(当時)が靖国神社に参拝した時には、中国で激しい抗議運動が起こり、そこでは小泉首相の写真と共に旭日旗が燃やされた。
2008年の北京オリンピックの際には、現地の日本大使館は、日本人の観客に旭日旗を持ち込まないよう呼びかけた。これは、旭日旗が中国の人たちの感情を害し、トラブルを招く可能性があると、日本の当局も認識していたからだろう。
サッカーと旭日旗をめぐる問題を取材した、ルポライター清義明さんの『サッカーと愛国』(イースト・プレス)は、中国・広州の年長サポーターのこんな発言を紹介している。
「日本は嫌いではない。
清さんは、「この話を聞いても、日本サポーターはアジアで旭日旗を出せるだろうか」と問いかけている。今、東京オリンピック・パラリンピックで旭日旗を掲げるべしと主張する人たちにも、同じ問いかけをしたい。
しかし、残念ながらこうした問いかけが心に響かない人たちもいる。となると、なんらかのルールが必要だ。
それを考える時、サッカー界の対応が参考になると思う。
国際サッカー連盟(FIFA)は「攻撃的、挑発的な内容の横断幕や旗」を掲げることを禁止。2017年に川崎フロンターレのサポーターが韓国のチームとの試合で旭日旗を掲げた問題では、FIFAの下部組織であるアジアサッカー連盟(AFC)が、旭日旗を「国家の起源や政治的意見を表明する差別的なシンボルを伴う旗」であると認定し、フロンターレに罰金などの制裁を課した。フロンターレ側は「旭日旗に政治的、差別的な意図はない」として上訴したが、退けられている。
AFCは東アジアから中東まで、さらにはオセアニアを含む広い地域の47の国と地域のサッカー協会で構成されている。そこで出されたのが、この結論だ。
日本帝国が掲げた大東亜共栄圏の構想は、日本がアジア諸民族の「家長」としてアジアの国々を率い統治するというもので、差別的な構造を持っていた。この構想を実現すべく活動した日本軍の象徴たる旭日旗が、侵略と支配を受けた国々の人たちから、差別と屈辱のシンボルと受け止められる。
日本側の「意図」がどうであろうと、これがアジアの受け止めであると認識しなければならないだろう。人々は他の国々が、韓国のように声高に主張するわけではないからといって、彼らも過去を忘れていると高をくくってはいけないと思う。
なぜ旭日旗をオリンピック会場で掲げたいのかさて、オリンピックである。
安倍晋三首相も出席した、IOC総会のオリンピック招致プレゼンテーションで、滝川クリステルさんが日本の「おもてなし」の心を強く印象づけるスピーチを行った。
<見返りを求めないホスピタリティの精神。それは先祖代々受け継がれながら、現代の日本の文化にも深く根付いています。「おもてなし」という言葉は、いかに日本人が互いに助けあい、お迎えするお客様のことを大切にするかを示しています>
先の中国人サポーターのように、声高に日本を非難せず、むしろ日本に好感を抱いてくれている人たちに、旭日旗を見せつけ、過去の苦難の歴史を思い起こさせ、わざわざ嫌な思いをさせるのが、日本流の「おもてなし」ではあるまい。
東京オリンピックの会場で旭日旗が翻って、欧米のメディアがそれを大きく報じ、日本が過去の帝国主義や軍国主義を肯定しているかのように見られる、という事態になるのも不本意だ。
そのような意見や懸念を聞いても、どうしても旭日旗をオリンピック会場で掲げたい、という人たちがいるとすれば、その主たる動機は、「日本が韓国の要求に屈するわけにはいかない」という、意地やナショナリズムだろう。
町中のデモやネット上の表現活動で旭日旗を掲げ、そうした思いや主張を訴えるのは自由だ(私自身は、日本の対外イメージを大切にしたい愛国者なら、せめてオリンピック・パラリンピックの期間は、町中で旭日旗を振り回すのはやめてほしいと願うが、それを強制するわけにはいかない)。
ただ、オリンピックの会場は、自身の思いや考えをなんでも自由に表明し、展開できる場ではない。オリンピック憲章に、はっきりこう書かれている。
<オリンピックの用地、競技会場、またはその他の区域では、いかなる種類のデモンストレーションも、あるいは政治的、宗教的、人種的プロパガンダも許可されない>
2012年のロンドン五輪では、男子サッカー日韓戦の終了後、韓国選手が竹島の韓国領有を主張するメッセージを観客から受け取ってピッチ上で掲げ、処分された。
18年の平昌冬季五輪の際には、南北合同チームの「統一旗」に竹島が描かれていることに日本側が抗議したところ、IOCはこれを「政治的行為」とみなし、竹島が含まれていない旗を使用するよう勧告した。韓国側はそれに応じた。
今回、旭日旗について、ここまで問題になったのに(というより、問題にされているからこそ)、あえて日の丸ではなく旭日旗を持ち込もうとするのは、政治的なメッセージ、あるいはなんらかのデモンストレーションを行おうとするものと見なしてよいのではないか。
それを放置し、トラブルが発生すれば、日本オリンピック委員会(JOC)は不作為を責められるだろう。
パラリンピックのメダルのように、扇をデザインしたものにまで、無限に連想を広げ、「旭日旗をイメージ」するという独自の解釈で禁止を求めるなどの要求まで受け入れる必要は、もちろんない。そうしたものは毅然と(かつ丁寧に)断りつつ、常識的になんらかのデモンストレーションになりうるものについては、オリンピックの会場に限って持ち込み不可とするという対応が望ましいのではないか。
旗がダメなら、衣服の柄ならどうか、ハンカチやタオルなどの小物はどうか、顔などへのペインティングはどうか、という話も出て来るだろう。
なお、こうした話をすると、「だったら、朝日新聞の社旗も取り締まるべきだ」「韓国はなぜ朝日に文句を言わないのか」などと茶々を入れる人がいる。同紙の社旗が旭日デザインだからだが、同紙の記者が「おそ松くん」のハタ坊よろしく、頭上に社旗をなびかせてオリンピックスタジアムで取材をするわけではあるまい。
ネットで持論を展開する人たちは、しばしばこんなふうに、関係ない話題を混同させて話を混乱させようとする。悪いクセだ。今回、話題にしたのは、あくまでオリンピック会場で旭日旗をどうするか、という話であることを、念のため付け加えておく。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)
●江川紹子(えがわ・しょうこ)
東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か – 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。
江川紹子ジャーナル www.egawashoko.com、twitter:amneris84、Facebook:shokoeg