先日の台風15号は、日本各地に甚大な被害をもたらしました。特に、千葉県では今もなお電力の全面復旧はできておらず、東京電力のみならず、日本全国からやって来た電力会社のエンジニアによって、必死の作業が行われているというニュースが流れています。
そんななか、自衛隊員も連日連夜の作業にあたっています。台風、地震、火山活動、津波と、日本は世界の中でも極端に天災が多い国であり、緊急事態に対処してくださる自衛隊の方々の存在は不可欠です。ちなみに、僕の留学先だったオーストリア、9年間生活した英国、第二の音楽の故郷・フィンランドでは、先に挙げた天災はひとつもありませんでした。
ところで、自衛隊が日本でも指折りの歴史を有する楽団を持っていることをご存じでしょうか。実は、皆様もテレビなどで何度も見たことがあるはずです。ドナルド・トランプ米大統領の来日の際や、オリンピック、大相撲、競馬のダービーレースのファンファーレ等で演奏をしているのが、自衛隊の音楽隊なのです。その歴史は明治時代にまでさかのぼります。
自衛隊の音楽隊は、陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊で、日本全国に合わせて30以上もあるそうです。メンバーのほとんどは、音楽大学等で専門教育を受けたプロの演奏家によって構成された吹奏楽団で、選考基準も大変厳しく、入隊は難関中の難関といわれ、エリート奏者ばかりです。
実は、世界のほとんどの国に軍所属の音楽隊、つまり「軍楽隊」があります。世界的にも高い評価を受けている、フランスのギャルド・レピュブリケーヌは、1848年に12名の金管グループとして始まり、1856年に吹奏楽団として正式に創設された軍楽隊です。
トルコは、アジアとヨーロッパの中間地点に位置しており、さまざまな文化が交差するエキゾチックな国です。最大都市イスタンブールは海峡によって2つに分けられていますが、西側は「ヨーロッパ地域」、東側は「アジア地域」と呼ばれています。つまり、ここで東と西の文化圏が変わるわけです。
そんなトルコのオスマン帝国では、アジアから入って来た、野外で演奏可能な管楽器と打楽器による軍楽が国力とともに発展しました。17世紀に入ると、隣国オーストリア帝国の首都・ウィーンは、軍楽隊の派手な音楽と共にトルコ軍に攻められることにもなりました。実は、軍楽隊には、音楽を楽しませるだけでなく、戦闘時に兵士の士気を高め、相手に恐れを抱かせる目的もあったのです。元寇の際に、蒙古軍が銅鑼を打ち鳴らして鎌倉武士たちを恐れさせたのも同じです。
そんな2度にわたる攻撃になんとか持ちこたえたウィーンですが、その後、18世紀を迎えて皮肉なことに、一大トルコ音楽ブームが訪れました。これまで、教会や宮廷の中で優雅に演奏されていた音楽とまったく違う、大きな音を出す管楽器演奏と、見たことがない、多くの種類の打楽器の響きに夢中になったウィーン市民のなかには、大作曲家・モーツァルトがいました。
一方、日本が誇る自衛隊音楽隊はどうでしょう。日本の自衛隊は「専守防衛」を旨としているので、音楽も攻撃に使われることはありません。また、世界的にも第一次世界大戦以降は空中戦が増え、音楽が実際の攻撃に使われることはなくなりましたが、任務に従事する隊員への激励のために、音楽は重要な役割を持っています。
自衛隊の行動は、任務と命令に基づいて実施されるそうです。このたびの千葉県の台風被害のような災害派遣は、知事等の要請により、自衛隊司令官が命令を発することはよく知られている通りです。音楽隊も同様に命令と任務により、たとえば、東北の被災地に出かけ、慰問演奏をして被災者の方々を励ましたり、海外においてもPKO活動の一環として、まだまだ治安が不安定なイラクで演奏をしてきました。
もちろん、音楽隊員も自衛官なので、射撃や体力検定の訓練を受けていますが、大変な任務です。任務といえども、自衛隊員が紛争地や被災地で必死に任務に当たっているのと同様に、音楽隊も音楽の力で人々の心を救うために、懸命に演奏しているのです。
その自衛隊音楽隊の中で頂点として活躍しているのは、陸上自衛隊中央音楽隊です。彼らのプロフィールには、「日本を代表する吹奏楽団として歴史を積み重ねてきた」と書かれていますが、実際に国内外で評価が高く、2017年には世界的に有名な英国の「ロイヤル・エディンバラ・ミリタリー・タトゥー」に出演し、最優秀出演団体賞を受賞しました。
僕の友人の、ある自衛隊音楽隊の方から聞いたのですが、この8月に音楽隊はロシアの音楽祭に招待され、国家間ではまだ緊張感がある北朝鮮と同じステージで演奏し、音楽を通じて国同士の理解を深めることに貢献できたそうです。武器の代わりに楽器を持っている音楽隊は、お互いの国々の理解を深める大きな役割を持っているのです。ちなみに、この音楽隊は、先述したように各国元首が来日した際の歓迎式典での両国の国歌演奏も任されています。自国は当然のこと、相手国の国歌の演奏では間違いが許されないので、とても神経を使うそうです。
陸上自衛隊中央音楽隊は、コンサートホールでの定期演奏会も開催しており、プロの指揮者を客演指揮者として招聘し、チャイコフスキーや現代作曲家の作品などを高いレベルで演奏し、全席無料で一般の方々に開放しています。抽選をしなくてはいけないくらい大人気だそうで、僕も再来年に指揮をすることになっています。ぜひ、全国にある自衛隊音楽隊の活動に注目してみてください。
(文=篠崎靖男/指揮者)
●篠﨑靖男
桐朋学園大学卒業。1993年アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで最高位を受賞。その後ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクール第2位受賞。
2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後、英ロンドンに本拠を移してヨーロッパを中心に活躍。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、BBCフィルハーモニック、ボーンマス交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、フィンランド放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団など、各国の主要オーケストラを指揮。
2007年にフィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者に就任。7年半にわたり意欲的な活動でオーケストラの目覚ましい発展に尽力し、2014年7月に勇退。
国内でも主要なオーケストラに登場。なかでも2014年9月よりミュージック・アドバイザー、2015年9月から常任指揮者を務めた静岡交響楽団では、2018年3月に退任するまで正統的なスタイルとダイナミックな指揮で観客を魅了、「新しい静響」の発展に大きな足跡を残した。
現在は、日本はもちろん、世界中で活躍している。ジャパン・アーツ所属
オフィシャル・ホームページ http://www.yasuoshinozaki.com/